【虚偽の認知をした父からの認知の撤回(無効確認)を認めた平成26年判例】
1 虚偽の認知をした父からの認知の撤回(無効確認)を認めた平成26年判例
認知は役所に届出書を提出すれば受理され、戸籍に記録が載ります。役所では血液型やDNA型などの資料をチェックするということはありません。実際に、血縁関係はないのに認知の記録が戸籍に載ることがあります。
この場合に、父(として戸籍に載った者)は認知無効確認という手続で誤った戸籍を是正すること(実質的な認知の撤回)ができるかどうかについて、以前は統一的見解がありませんでした。平成26年の最高裁判例で、認知の撤回ができる、ということになりました。本記事ではこのことを説明します。
2 虚偽の認知がなされる状況の例
最初に、一体どんな状況で虚偽の認知がなされるのか、ということをまとめておきます。「父」が虚偽とは分からなかった(自分の子だと思っていた)ケースもあれば、虚偽だと知っていた(自分の子ではないと知っていた)ケースもあります。虚偽だと知っていて認知するというのは異常ですが、これについても、「母」との結婚のため、あるいは、「子(や母)」への同情があったから、というようにいろいろな経緯があります。
虚偽の認知がなされる状況の例
あ 過失パターン
そして、血縁関係がないにもかかわらず認知者が認知をした場合としていかなる場合があるかについてみると、子の母に認知者の子であると偽られて認知した場合や、種々の状況から自らの子であると誤解して認知した場合もあると思われる。
い 故意パターン
また、認知者が血縁関係がないことを知っていた場合についてみても、子の母と婚姻するに際して請われてその子を認知したが後にその母と離婚した場合や、子の置かれた境遇に同情して認知したが後に事情が変わった場合などもあると思われるところであり、血縁関係がないことを知りながら認知をした場合も含めて、認知をするに至る経緯や動機などの事情には様々なものがあると考えられる。
※谷村武則稿『認知者が血縁上の父子関係がないことを理由に認知の無効を主張することの可否』/『最高裁判所判例解説 民事篇 平成26年度』法曹会2017年p11
3 血縁関係のない認知の効力(前提)
まず、一般論として、血縁関係がなのに認知した(戸籍に載った)としても、これは無効とされています。単純ですが重要なので最初に押さえておきます。
4 虚偽の認知を父が撤回することの不合理性
血縁関係がない認知なので無効ではあっても、「父」が認知を撤回することは認めない、という見解がありました(平成26年判例が否定した見解です)。この見解の理由は、「父」は不正な認知届をした張本人なので、救済を与えない、という考えや、嫡出否認とのバランスです。
嫡出否認は、(婚姻中の夫について)血縁関係がないのに戸籍上「父」となってしまった場合にこれを否定する(是正する)手段です。この手段(嫡出否認の手続)は、子の出生後1年という期間制限があり、この期間をオーバーすると、血縁関係はなくても父とする結果に確定します。「父」が血縁関係がないことを知らない場合でもこのとおり(救済なし)です。ここで、「父」が「認知を撤回する」ことを期間無制限で認めるのはアンバランスだ、という考えが出てきます。
虚偽の認知を父が撤回することの不合理性
あ 不正行為者への救済を認める
不正な届出をした者に解消・救済を認めるべきではない
い 嫡出否認の期間制限とのアンバランス
ア 嫡出否認=比較
嫡出否認の手続には申立期間制限がある
→血縁関係がないことを後から知った場合でも救済されない(後記)
イ 認知の撤回
認知無効確認の手続には申立期間制限がない
→血縁関係がないことを知っていて認知した場合にも救済される
ウ アンバランス
『ア・イ』の2つはバランスとして不合理である
5 虚偽の認知の撤回を認める合理性
血縁関係がないのになされた認知の撤回を認める合理性もあります。
特に子供の立場になってみると分かります。撤回できないとすれば、虚偽の父子関係が戸籍に載合ったままになります。別の言い方をすると、真実の父が隠された状態が続くことになります。
虚偽の認知の撤回を認める合理性
あ 子供の保護(不正を押し付けない)
(父による認知の撤回を認めないと)
虚偽の父子関係が解消(是正)されないことになる
→子供も不正を受け入れざるを得ない状態となってしまう
い 父を知る権利の侵害
子供がもっている父母を知りその父母によって養育される権利が侵害されることになる
※児童の権利に関する条約7条1文
※『月報司法書士14年7月号』日本司法書士会連合会p63〜
6 平成26年判例(父からの認知の撤回→肯定)
以上のように、血縁関係がないのになされた認知を「父」が撤回することを認めるかどうかについては肯定、否定の見解があり、裁判例も分かれていたのですが、平成26年の最高裁判例は、撤回を認める判断を示しました。これで実務では扱いが統一されました。
要するに、一律に撤回を否定すると、不合理な点が出てくる、仮に個別的事案で撤回を認める方が不合理であるケースでは権利の濫用として否定する道が残っている、という考えです。
平成26年判例(父からの認知の撤回→肯定)
あ 理由部分
血縁上の父子関係がないにもかかわらずされた認知は無効というべきであるところ、認知者が認知をするに至る事情は様々であり、自らの意思で認知したことを重視して認知者自身による無効の主張を一切許さないと解することは相当でない。また、血縁上の父子関係がないにもかかわらずされた認知については、利害関係人による無効の主張が認められる以上(民法786条)、認知を受けた子の保護の観点からみても、あえて”認知者自身による無効の主張を一律に制限すべき理由に乏しく、具体的な事案に応じてその必要がある場合には、権利濫用の法理などによりこの主張を制限することも可能である。そして、認知者が、当該認知の効力について強い利害関係を有することは明らかであるし、認知者による血縁上の父子関係がないことを理由とする認知の無効の主張が民法785条によって制限されると解することもできない。
い 結論部分
そうすると、認知者は、民法786条に規定する利害関係人に当たり、自らした認知の無効を主張することができるというべきである。この理は、認知者が血縁上の父子関係がないことを知りながら認知をした場合においても異なるところはない。
※最判平成26年1月14日
※最判平成26年3月28日(同内容)
7 認定の撤回の権利濫用の判断基準
以上のように、血縁関係がない認知は、後から「父」が撤回(無効主張)することは可能となりました。ただし、個別的な事情によって権利の濫用として、結果的に否定されることもあります。たとえば、「父」が血縁関係がないことを知っていた、ということは権利の濫用を肯定する方向に働きますが、母や子への同情で認知したという事情があれば権利の濫用とはならない方法に働きます。また、親子(父子)として生活していた期間が長いことは権利の濫用を肯定する方向に働きます。このように、多くの事情で権利の濫用にあたるかどうかは判断されます。
認定の撤回の権利濫用の判断基準
あ 権利濫用の判断要素
(1)本判(注・最判平成26年1月14日)決は、権利濫用の法理に言及しているとおり、認知者による認知の無効の主張が権利濫用に当たる場合があることを否定するものではない。
いかなる場合に認知者による認知の無効の主張が権利濫用に当たるかは個々の事案ごとの判断となるが、認知者側の事情、被認知者側の事情及び認知後の親子関係の状況等を総合的に考慮して判断することとなろう。
い 血縁関係がないことを知っていたことの影響
(2)なお、認知者が血縁上の父子関係がないことを知りながら認知をした場合において、その知っていたという事情をどの程度重視すべきかは問題となるところである。
この点について、血縁関係がないことを知りながら認知をしたのに、後に認知者が血縁上の父子関係がないことを理由に認知の無効を主張するというのは矛盾した態度であり、血縁関係がないことを知っていたという事情は、権利濫用を肯定する方向で作用する1つの事情になると思われる。
しかし、・・・、血縁関係がないことを知りながら認知をした場合も含めて、認知をするに至る経緯や動機などの事情には様々なものがあると考えられるのであり、認知者が血縁上の父子関係がないことを知っていたという事情を殊更に重視することは相当ではないように思われる。
認知者が認知をするに至る経緯や動機などの事情も考慮した上で、認知者による認知の無効の主張が権利濫用に当たるか否かを判断することになると考えられる。
※谷村武則稿『認知者が血縁上の父子関係がないことを理由に認知の無効を主張することの可否』/『最高裁判所判例解説 民事篇 平成26年度』法曹会2017年p12、13
8 嫡出否認の出訴期間制限(参考・概要)
認知の撤回(無効確認)とは似ているけど違う手続として、嫡出否認の手続があります(前述)。これは婚姻中の夫と、母が産んだ子の親子(父子)関係を否定する手続です。これについては子の出生後1年という期間制限があります。「父」が騙されてた事情があっても、例外的に期間を延長する、ということは認められていません(最判平成26年7月17日)。このことについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|嫡出否認・申立期間制限|DNA鑑定との関係・見解の対立・最高裁判例
本記事では、虚偽の認知をした「父」からの認知の撤回(無効確認)について説明しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に認知・親子関係の問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。
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