【職場の性的言動(セクハラ)の違法性判断基準と被害者の従属的態度】
1 職場の性的言動の違法性判断基準(基本)
2 性的行為の被害者の従属的態度と自由意思
3 職場における性的侵害と従属的態度
4 職場における性的侵害と無抵抗態度
5 職場における性的侵害と違法性判断
6 一般的な性的侵害と従属的・無抵抗態度
7 性的侵害と合意の認定に関する典型的な誤解
8 セクハラに関する裁判例のリンク
1 職場の性的言動の違法性判断基準(基本)
本記事では職場のセクハラの違法性判断の基本的事項を説明します。
まずは職場での性的な言動に関する違法性判断の基本的な基準をまとめます。
<職場の性的言動の違法性判断基準(基本)>
あ 前提事情
加害者=男性・上司
被害者=女性・部下
職場において加害者が被害者に対し性的言動に出た
加害者は上司の地位を利用した
被害者の意に反する
い 違法性の判断
すべて違法と評価されるものではない
社会的見地から不相当とされる程度のものである場合
→人格権を侵害する
人格権の内容=性的自由・性的自己決定権
→違法となる
※民法709条
う 社会的相当性の判断要素
次のような事情を総合的に判断する
ア 行為の態様イ 加害者の職務上の地位・年齢ウ 被害者の年齢・婚姻歴の有無エ 両者のそれまでの関係オ 言動の行われた場所カ 言動の反復・継続性キ 被害者の対応
※名古屋高裁金沢支部平成8年10月30日;金沢セクハラ事件
※最高裁平成11年7月16日(上告審;維持された)
2 性的行為の被害者の従属的態度と自由意思
上記の判断基準は抽象的なものです。この基準だけで具体的事案の違法性をハッキリと判断できるわけではありません。
この点,性的行為のあった実例では被害者が従属的な態度であったケースがとても多いです。この場合,自由意思があった,つまり合意の上での行為であったという発想も生じます。しかしこの判断は単純ではありません。
<性的行為の被害者の従属的態度と自由意思>
あ 自由意思の判断の特殊性
性的な行為の態様・状況について
『い』のような『自由意思』を思わせる事情があったとしても
『う』のような特殊な事情・心理がある
→結局『被害者の自由意思』が認められるわけではない
不本意であっても『い』の状況が生じることはある
い 架空の自由意思
性的な行為について次の事情があった
ア 加害者には有形力や脅迫的言辞はないイ 被害者の抵抗を抑圧したものではないウ 被害者に従属的な態度があった
う 被害者の特殊な状況・心理
ア 職場特有の特殊な状況がある(後記※1)イ 一般的な性的侵害の被害者の特殊性がある(後記※2) ※広島地裁平成15年1月16日;広島セクハラ事件
3 職場における性的侵害と従属的態度
職場には特有の状況があります。そのため,職場での性的侵害行為における被害者の従属的態度は一定の特徴を持ちます。これについてまとめます。
<職場における性的侵害と従属的態度(※1)>
あ 優越的な地位
職場の上司の行為は拒絶し難い
表面的に従属する態度を取ることはあり得る
い 職場環境
職場内は閉鎖的な状況である
上司から突然に性的行為を受けると困惑する
セクハラ行為を毅然として拒絶する態度をとり難い
不本意ながら従属的な態度となることは十分想定できる
う 社会的な認識(補足)
『い・う』のような事情は社会的に認識されている
=女性労働者は困難な境遇に陥るリスクが大きい
そのため近年は職場のセクハラ行為の防止が標榜されている
※広島地裁平成15年1月16日;広島セクハラ事件
4 職場における性的侵害と無抵抗態度
職場での性的侵害では被害者が抵抗しない状態があります。上記の広島セクハラ事件の判決でも示していることです。これについて,別の判決でも実質的に同様のことが示されています。横浜セクハラ事件の裁判例による判断についてまとめます。
<職場における性的侵害と無抵抗態度>
あ 被害者に生じる抑圧
職場における性的自由の侵害行為について
被害者には次のような抑圧が働く
ア 職場での上下関係(上司と部下の関係)イ 同僚との友好的関係を保つ
い 無抵抗態度
被害者は必ずしも身体的抵抗という手段を採らないことがある
強硬な抵抗(う)がなくても不自然と断定できない
う 強硬な抵抗の例
身体的な抵抗がなかった
その場から逃げ出さなかった
悲鳴を上げて助けを求めることがなかった
※東京高裁平成9年11月20日;横浜セクハラ事件
5 職場における性的侵害と違法性判断
職場における性的侵害行為では『合意』の判断に特徴があります(前記)。これについて,別の見解も紹介します。実質的に上記と同様の内容です。
<職場における性的侵害と違法性判断>
あ 違法性判断の傾向
職場の上司による性的な言動について
優越的地位を背景にしたことになる
違法性が肯定されやすくなる
※菅野和夫ほか『論点体系判例労働法3』第一法規p347
い 合意の有無の判断の傾向・留意点
『加害者や使用者は,安易に被害者の落ち度や無抵抗を問題視するべきではない。』
『仮に性的関係が長期間続いたとしても,加害者の意向に逆らえば不利益を受ける場合には『意に反する』といえる。』
※菅野和夫ほか『論点体系判例労働法3』第一法規p348
6 一般的な性的侵害と従属的・無抵抗態度
以上の説明は『職場』における性的侵害行為を前提としたものです。この点,場所に関係なく一般的な『性的な侵害行為』の特徴として検討されたものもあります。前記の広島セクハラ事件の判決で示されたものをまとめます。
<一般的な性的侵害と従属的・無抵抗態度(※2)>
あ 特殊な状況による影響
被害者は特殊な状況・心理状態にある
『しばしば一般人の通常時における合理的行動に関する経験則では律しがたい行動をとるものである』
い 行動の典型的な具体例
被害時に表面的には抵抗しない
被害後も複数回にわたり性的関係を繰り返す
う 認定における注意
『あ』の事情を前提として経験則を適用しなくてはならない
=『い』の事情があっても『自由意思』があったとは限らない
※広島地裁平成15年1月16日;広島セクハラ事件
7 性的侵害と合意の認定に関する典型的な誤解
前記の説明のように性的侵害行為の事例では,被害者の態度に特徴があります。被害者の態度から常識的に判断すると真相とかけ離れた認定・認識に至ってしまいます。
法律家でも判断に大きなぶれがあるところです。逆に言えば,主張する側が裁判例その他のより説得的な資料を揃え,適切な主張をすることで,結論を変える余地が大きいと言えます。
誤解が生じがちな経験則について整理します。
<性的侵害と合意の認定に関する典型的な誤解>
あ 長期間の関係継続
ア 誤解
長期間継続しているなら合意がある=違法性なし(←誤り)
イ 正しい理解
合意があるとは限らない
ウ 実例
・約半年の性交渉を伴うデートの継続(X社事件)
・2年数か月間の身体的接触(熊本セクハラ事件)
い 従属的・無抵抗の態度
ア 誤解
従属的な態度があれば合意がある=違法性なし(←誤り)
イ 正しい理解
合意があるとは限らない
ウ 実例
・被害者が加害者の自宅で宿泊・入浴していた(金沢セクハラ事件)
・性行為に対する被害者の従属的な態度があった(広島セクハラ事件)
・性的接触に対する被害者の身体的抵抗がなかった(横浜セクハラ事件)
う 行為後の勤務の継続
ア 誤解
性的行為・接触の後について
被害者が勤務を続けているなら合意がある=違法性なし(←誤り)
イ 正しい理解
合意があるとは限らない
ウ 実例
・性行為後約2週間の勤務継続(広島セクハラ事件)
・性行為未遂の事件後5か月間の勤務継続(金沢セクハラ事件)
上記の中の裁判例は次にまとめます。
8 セクハラに関する裁判例のリンク
セクハラに関する裁判例はそれぞれ別の記事で説明しています。各記事のリンクをまとめておきます。
詳しくはこちら|広島セクハラ事件(性行為あり・従属的態度)
詳しくはこちら|X社セクハラ事件(性行為あり・仲の良い不倫という主張の排斥)
詳しくはこちら|金沢セクハラ事件(身体接触・性行為未遂・被害者の落ち度)
詳しくはこちら|横浜セクハラ事件(身体接触・被害者の供述の重視)
詳しくはこちら|熊本セクハラ事件(身体接触)
詳しくはこちら|岡山セクハラ事件(交際要求・悪評拡散による被害)
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