【養育費・婚姻費用分担金請求の支払の始期(いつまでさかのぼるか)】
1 養育費や婚姻費用分担金の支払の始期
2 過去の養育費・婚姻費用の請求の可否
3 養育費・婚姻費用分担金請求の支払の始期の見解の種類
4 実務における始期の選択の傾向
5 請求の時点(請求時)の具体例
6 請求時よりも遡る基準と調整
7 認知した子供の養育費の始期(概要)
8 一般的な扶養料請求の始期の傾向(参考)
9 婚姻費用の空白期間は財産分与で清算される(概要)
1 養育費や婚姻費用分担金の支払の始期
養育費や婚姻費用分担金を決める際は,金額(月額)について意見が対立することが多いです。
金額とは別に,いつの分から支払うかという点についても対立しやすいです。
これを,支払の始期と呼びます。
本記事では,養育費や婚姻費用分担金の支払の始期について説明します。
2 過去の養育費・婚姻費用の請求の可否
まず,養育費や婚姻費用分担金の請求では過去の分も含めて認められます。
<過去の養育費・婚姻費用の請求の可否>
あ 過去分の請求の可否(可能)
婚姻費用分担金の支払の始期について
過去にさかのぼってその額を形成決定することができる
※最高裁昭和40年6月30日(婚姻費用)
い 支払の始期の選択
支払の始期(どの時点までさかのぼるのか)について
統一的な見解,全事例に当てはまる明確な原則はない
請求がなされなかった理由,経過した期間の長短,権利者の要扶養状態の程度,義務者の支払能力などを勘案して,個別的に裁判所が裁量で判断(選択)する
※東京高裁昭和58年4月28日(養育費)
※森公任編著『簡易算定表だけでは解決できない養育費・婚姻費用算定事例集』新日本法規出版2015年p170
※高橋朋子稿『婚姻費用分担額算定における収入の認定と専従者給与』/『民商法雑誌135巻6号』2007年3月p1139
※松本哲泓著『婚姻費用・養育費の算定』新日本法規出版2018年p14(養育費)
3 養育費・婚姻費用分担金請求の支払の始期の見解の種類
いつの分から支払うか(支払の始期)の選択肢には多くのものがあります。
<養育費・婚姻費用分担金請求の支払の始期の見解の種類>
あ 扶養要件具備の時点(必要発生時)
離婚or別居をした時点のことである
※東京高裁昭和42年9月12日;婚姻費用
※大阪高裁昭和59年12月10日;婚姻費用,別居時
※宮崎家裁平成4年9月1日;養育費
い 扶養要件具備を知りえた時点
※広島高裁昭和50年7月17日
※大阪高裁昭和58年5月26日
う 請求の時点
(裁判外の)請求をした時点(後記※1)
※大判明治34年10月3日
※東京高裁平成28年9月14日;婚姻費用
※東京家裁平成27年8月13日;婚姻費用
※東京家裁平成27年6月17日;婚姻費用
※大阪高裁昭和43年10月28日;婚姻費用
え 申立の5年前の時点
定期給付債権の消滅時効の期間に合わせた
※東京高裁昭和61年9月10日;一般的扶養義務
お 調停(審判)申立の時点
調停or審判の申立の時点
※東京高裁昭和60年12月26日
※広島家裁平成17年8月19日
※那覇家裁平成16年9月21日
か 審判の時点
き 審判確定の時点
※高橋朋子稿『婚姻費用分担額算定における収入の認定と専従者給与』/『民商法雑誌135巻6号』2007年3月p1139
4 実務における始期の選択の傾向
前記のように,養育費・婚姻費用の支払の始期については,家裁が個別的な事案によって適切な時期を選択します。とはいっても,実際の傾向としては,少し前は調停や審判の申立時でしたが,最近では請求時が選択されることが多いです。例外的に,請求時よりも前の時点とすることもあります。
<実務における始期の選択の傾向>
あ 実務の主流(請求時)
請求時以降とするものが多数である
※松本哲泓著『婚姻費用・養育費の算定−裁判官の視点にみる算定の実務−』新日本法規出版2018年p10;婚姻費用
い 請求時よりも遡る判断
請求時よりも前の時点を始期とする(遡る)判断もある(後記※2)
→扶養要件具備時点やそれを知り得た時点など
5 請求の時点(請求時)の具体例
養育費・婚姻費用の支払の始期として請求時が選択されることが多いです(前記)。この請求時とは,裁判所の手続とは関係ない請求する意思を表明した時点のことです。
内容証明郵便による通知であれば,意思表明の時点がしっかりと記録(証拠)になっています。実務では通知の時点を始期とすることがよくあります。
<請求の時点(請求時)の具体例(※1)>
(調停・審判の申立ではない)事実上の請求も含む
例=内容証明郵便によって婚姻費用の分担を求める意思を表明した時点
※東京家裁平成27年8月13日
6 請求時よりも遡る基準と調整
支払の始期を請求時とすることが実務では多いですが,これよりも古い時点とすることもあります(前記)。
請求時よりも古い時点とすることになるのは,権利者の妨害といえるようなケースや,遡らないと不公平となる(ために公平を図る)ケースです。
<請求時よりも遡る基準と調整(※2)>
あ 判断基準
『ア・イ』のいずれかに該当する場合
→請求時以前に遡って分担させることが必要である
ア 権利者による妨害
義務者が,権利者が扶養を要する状態にあることを知りながら,その婚姻費用分担請求を妨げた
イ 非過酷・公平
別居に至る事情や義務者の収入あるいは資力からみて
請求以前に遡って分担しても過酷といえず,その分担を免れることが著しく公平を害する
い 具体例
無職の妻が別居して,その少し後に婚姻費用を請求したケース
う 認める金額の調整
(過去に遡って分担を認める場合)
分担義務の定期義務的な側面及び一時に支払うことの負担を考慮して,理論的に算定できる額から減額するのが一般である
※松本哲泓著『婚姻費用・養育費の算定−裁判官の視点にみる算定の実務−』新日本法規出版2018年p10,11;婚姻費用
7 認知した子供の養育費の始期(概要)
婚外子は認知することで初めて父と子の法律上の親子関係が発生します。つまり,養育費(扶養)の請求ができるようになるのです。
そして,認知の効果は出生の時にさかのぼることになっています。そこで,養育費は出生の時以降の分を請求できるのです。請求の時までしかさかのぼらないという一般的な判断(前記)は当てはまりません。
ただし,状況によっては例外的に出生の時までさかのぼらないという判断になることもあります。
詳しくはこちら|認知による扶養義務・請求権の発生(遡及効・時間制限・相続・家裁の手続)
8 一般的な扶養料請求の始期の傾向(参考)
養育費や婚姻費用分担金ではなく,純粋な(一般的な)扶養料請求についての支払の始期は,扶養要件具備の時点が選択される傾向があります。
養育費では離婚の時,婚姻費用では別居の時に相当します。
<一般的な扶養料請求の始期の傾向(参考)>
あ 扶養料支払の始期
一般的な扶養料請求の支払の始期について
未成熟子・夫婦の扶養の場合
→扶養要件具備の時点が選択される傾向がある
い 扶養要件具備の時点の内容
離婚or別居の時点に相当する
詳しくはこちら|複数の扶養義務者間の立替扶養料の求償(始期の判断の傾向)
しかし,前記のように,養育費・婚姻費用では調停(審判)申立の時点がよく選ばれます。
一般的な扶養請求と養育費・婚姻費用で違うところです。
9 婚姻費用の空白期間は財産分与で清算される(概要)
婚姻費用分担金の請求で,調停申立時以降の分の支払だけが認められることがあります(前記)。
そうすると,調停申立時よりも前の分は未払い,つまり空白期間となります。
この部分は,最終的に離婚が成立した場合は,現測定に,財産分与の1つとして清算されます。
未払いのままで放置されるというわけではないのです。
詳しくはこちら|財産分与における過去の生活費負担の過不足(未払い婚姻費用)の清算
本記事では,養育費・婚姻費用分担金の支払の始期を説明しました。
この点,始期の選択については裁判所の裁量が大きいです。
つまり,個別的事情の主張や立証のしかたによって判断が大きく変わるといえるのです。
現実に養育費や婚姻費用分担金の問題に直面している方は,本記事の内容だけで判断せず,弁護士の法律相談をご利用くださることをお勧めします。
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