【養育費を請求しない合意は無効となることもある(子供からの扶養請求との関係)】

1 養育費を請求しない合意の効力

離婚が成立した時に、夫婦の間で通常、子供の養育費の金額を決めます。状況によっては、将来養育費を請求しないという約束(合意)をすることがあります。具体的には、離婚協議書にこのような条項を記載するようなケースです。
これを(養育費の)不請求の合意と呼んでいます。養育費の不請求の合意は原則的に有効です。それでは子供の生活に支障が出るでしょうけど、子供からの扶養料請求は可能です。
本記事では、養育費の不請求の合意の法的扱いの基本的な部分を説明します。

2 養育費不請求の合意は原則有効だが無効ともなる

養育費を請求しないという合意は、原則として有効です。しかし、特殊な個別的事情があると無効となります。
実際には、離婚の時の交渉の駆け引きで、他の条件と引き換えに無理やり合意させられたというケースもあるのです。

養育費の不請求の合意の有効性

あ 基本=有効

離婚に際して夫婦間で養育費を請求しない旨の合意をした
→原則として父母間では有効である

い 例外=無効

子の利益に反するなどの特段の事情があれば無効となることもある
※冨永忠祐編『改訂版 子の監護をめぐる法律実務』新日本法規出版2014年p175

なお、請求しない合意が公正証書になっていてもあまり変わりません。
ただし請求しない合意が調停調書である場合は、裁判所が合理性をチェックしているはずなので、後から無効になることはほぼありません。

3 養育費不請求の合意があっても子供からの扶養請求はできる

養育費の不請求の合意は父と母の間の合意です。前述のようにこの合意は原則として有効です。そうすると、子にとっては、生活費に困る結果に直結するので、不都合です。
この点、養育費扶養料(請求権)は理論的に別個のものですし、当事者も違います。
父と母がどのような約束をしたとしても、子供自身が生活費を扶養料として請求することが否定されることにはならないのです。
ここで、一般論として(養育費不払いの合意がない通常のケースを前提として)、養育費と扶養料がまったく別だという形式だけで考えると、父は、母に養育費を支払い、子供に扶養料を支払う、という2重の支払が認められることになってしまいます。
そこで、父から母に十分な養育費の支払がなされている状況では、子供から父への扶養料請求は(重複しているので)認めないことになります。
逆にいえば、養育費の支払がまったくない、あるいは金額が不十分である、というケースでは、子供からの扶養料の請求の請求が認められます。
たとえば養育費の金額が不十分である場合、不足額部分を扶養料として認めるので、実質的に、養育費の金額を増額したのと同じような状況になります。このようなケースでは養育費の増額についての考え方がそのまま使えます。
詳しくはこちら|養育費や婚姻費用の増減額請求の基礎的理論(法的根拠)

養育費の不請求の合意と子からの扶養請求

あ 形式論

ア 形式論の内容 ところで、前記養育費負担の条項は扶養義務者である申立人母と相手方間の合意であり、形式的には申立人の相手方に対する扶養請求権の存否およびその額にかかわるところがないといえる。
このことは、そもそも扶養請求権の処分は無効であることからもいえるところである。
イ 不合理性 しかしながら、扶養義務者である父母間の子の養育費負担についての合意が子の父母に対する扶養請求権に全くかかわるところがないとすることも相当でない

い 実質論(原則)=養育費と扶養料の連動

即ち、養育費といつても扶養料といつても、結局は親の子に対する扶養義務の履行であることに変りはなく
養育費によつて子の扶養が充足されているかぎり、子の扶養請求権は問題にする余地はなく、その具体的請求権は発生しないといえるのである。
さらにまた、父母が養育費の負担について合意する場合の父母の意思は、実質的には子の扶養料請求についても合意しているものと解せられるのであり、父母の合意が子の扶養請求権に何らかかわるところがないとすることは、父母の意思に反するとともに、合意を無に帰する結果になるからである。

う 実質論(例外)=養育費と扶養料の連動排除

ただ、父母間の養育費負担の合意の内容が著しく子に不利益で、子の福祉を害する結果にいたるときは、子の扶養請求権はその合意に拘束されることなく、行使できるというべきである。
そのほか、合意後事情の変更があり、合意の内容を維持することが実情に添わず、公平に反するにいたつたときは、扶養料として増額の請求は認められる
(このことは父母間の養育費の負担としても同様である。)。
※宇都宮家審昭和50年8月29日

なお、このように、父母の間の養育費子供自身からの扶養料請求を別に扱うことは、不請求の合意がない一般的なケースでも問題となります。
詳しくはこちら|父母間の養育費とは別に子自身による扶養料の請求ができる

4 養育費不請求の合意が扶養料請求に与える影響

前述のように、父と母の間の、養育費を支払わない(請求しない)という合意は原則として有効である一方、子供自身から父に対する扶養料請求は可能です。
この点、子供の扶養義務者は両親です。そこで、子供は、父と母の両方に対して扶養料を請求できます。つまり、扶養義務を父と母が分担するのです。
この分担の方法(割合や金額)については、話し合いで決められない場合は、最終的に家庭裁判所が決めます。家庭裁判所が実際に支払う金額を決める際には、父と母の間でなされた合意が考慮されます。たとえば母は父に養育費を請求しないという合意がある場合は、(標準的な状況よりは)母の負担を大きめにする、という方向性となります。あくまでも判断材料の1つですので、状況次第で、まったく考慮されない、ということも十分にありえます。

養育費不請求の合意が扶養料請求に与える影響

あ 昭和54年大阪高決

ア 形式論 ・・・子の養育費の負担につき、養育義務者である父母の間で、母から父に子の養育費を請求しないとの合意が成立していると認められるのであるが、しかしながら右合意は養育義務者間でのみの合意であつて、これによつて子に対する扶養の義務を免れさせる効果をもつものではない
すなわち右合意により父たる抗告人の事件本人未成年者両名に対する扶養議務が消滅するわけではなく、母である相手方が両名を扶養する能力を欠くときは、父である抗告人から未成年者両名に対する扶養義務が果されなければならない
イ 実質論=連動(影響) もとより右合意の存在は本審判における扶養料の額を定めるについて有力な斟酌事由となるにとどまるというべきである。
※大阪高決昭和54年6月18日

い 昭和56年仙台高決(概要)

昭和54年大阪高決と同様の解釈を前提として、養育費では不足している金額について扶養料請求を認めた
詳しくはこちら|養育費の合意とは別の子自身からの扶養料請求(肯定裁判例)

5 養育費不請求の合意の有効性を判断した裁判例(概要)

以上の説明のように、養育費の不請求の合意は、個別的な事情によって有効となることも無効となることもあります。
どのような事情が有効性に影響するのか、については、実際の裁判所の判断(裁判例)がとても参考になります。
多くの裁判例については別の記事で紹介しています。
詳しくはこちら|養育費を請求しない合意をした後の養育費請求の裁判例(事情変更の判断)

本記事では、養育費の不請求の合意の効力に関する基本的な内容を説明しました。
実際には、前記のように、個別的事情によって法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に養育費に関する合意(取り決め)の問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士の法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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