【夫婦財産契約(婚前契約)で決めることができる内容(条項)と有効性】
1 夫婦財産契約で決めることができる条項
2 夫婦財産契約で決める事項と具体例
3 無効となる夫婦財産契約の条項
4 夫婦の財産の帰属(所有)に関する条項
5 夫婦共有として帰属する条項の解釈
6 財産の管理や処分に関する条項
7 責任の負担に関する条項
8 財産の清算に関する条項
9 法定財産制とは関係ない条項
10 自由に離婚ができる条項は無効である
11 相続に関する条項
12 祭祀財産の承継に関する条項
1 夫婦財産契約で決めることができる条項
夫婦財産契約(婚前契約)によって,当事者(夫婦)が結婚前に話し合って財産に関するルールを決めることができます。
詳しくはこちら|夫婦財産契約(婚前契約)によって夫婦間のルールを設定できる
夫婦財産契約として決めることができる内容は民法で決められています。
本記事では,夫婦財産契約で定めることができる条項の内容について説明します。
2 夫婦財産契約で決める事項と具体例
夫婦財産契約の内容(事項)は,文字どおり財産に関するものです。
正確には法定財産制に関する事項です。
<夫婦財産契約で決める事項と具体例>
あ 夫婦財産契約の内容(項目)
法定財産制(第2款=760条~762条)に関する事項
※民法755条
い 法定財産制の内容
ア 婚姻費用分担金(民法760条)イ 日常家事債務の連帯責任(民法761条)ウ 夫婦間の財産の帰属(民法762条)
う 法定財産制以外の内容
付随的に法定財産制以外の内容も取り決めることが多い
3 無効となる夫婦財産契約の条項
契約(約束や合意)は一般的に,当事者の間で自由に締結することができます(私的自治の原則)。
夫婦間で,法定財産制やその他の事項について約束することも自由です。
しかし例外的に,非常識なものは,公序良俗違反として無効となります。
逆に,公序良俗違反でない限りはどのような約束でも有効となるのです。
<無効となる夫婦財産契約の条項>
あ 婚姻の本質に関わる規定に反する
同居・扶助の義務を否定する条項
著しく男女不平等を是認する条項
→公序良俗違反などとして無効となる
い 第三者保護を目的とする規定に反する
日常家事債務の連帯責任を否定する条項
→無効となる
※内田貴著『民法Ⅳ』東京大学出版会p42
※『注解判例民法 親族法・相続法』青林書院
※『新版注釈民法(21)親族1』有斐閣
う 自由に離婚することを認める条項
一方の申出により離婚を認める方向性の条項について
→公序良俗違反により無効となる(後記※1)
ただし,夫婦財産契約の対象ではない
4 夫婦の財産の帰属(所有)に関する条項
夫婦財産契約の条項のうち代表的なものは財産の帰属に関するものです。
つまり,夫婦の一方が得た財産を夫婦のどちらが(どのような割合で)所有するのか,ということです。
結婚前から夫婦の一方が保有していた財産は,特有財産であり,夫婦財産契約で帰属を決めるものではありません。
しかし,夫婦財産契約の中に一緒に明記(記録)しておくと,その後のトラブルを予防できます。
<夫婦の財産の帰属(所有)に関する条項>
あ 特有財産の認定に関するトラブル(前提事情)
実務における離婚や相続の際に
財産の帰属に関して意見の対立(トラブル)が生じることが多い
例=ある財産が特有財産にあたるか否か
※山本拓『清算的財産分与に関する実務上の諸問題』/『家庭裁判月報62(3)』2010年5項
※『THINK 司法書士論業115号』日本司法書士会連合会2017年p145
い 帰属(所有者)を明示するメリット
特有財産を確認的に明確化する(明示する)
→将来,特有財産の範囲に関する意見の対立(トラブル)が発生することを予防できる
※『月報司法書士2016年10月』日本司法書士会連合会p34
う 条項の内容の例
婚姻前から有する財産を明示する
退職金の帰属の内容を決めておく
婚姻費用を管理する預金口座を特定し,共有であると定めておく
※『月報司法書士2016年10月』日本司法書士会連合会p34
5 夫婦共有として帰属する条項の解釈
財産の帰属のルールとしては夫婦2分の1ずつで共有するとすれば均等・平等に帰属します。
この帰属の内容ですが,正確には最初から(原始的に)夫婦の共有となるわけではありません。
第三者と対立(対抗関係)が生じた時は,登記がないと結果的に権利を得られないことになります。
<夫婦共有として帰属する条項の解釈>
あ 条項の内容(前提)
『夫及び妻が婚姻届出の日以後に得る財産は,夫及び妻の共有持分2分の1の共有財産とする』
い 財産の帰属の状態
夫が得た財産はいったん夫の所有となる
そして,夫婦間では,夫と妻が2分の1ずつの割合で帰属する
※最高裁平成3年12月3日
う 対抗関係
不動産であれば共有持分登記を得ない限り第三者には対抗できない
(参考)対抗関係における対抗要件の制度を説明している記事
詳しくはこちら|対抗要件の制度(対抗関係における登記による優劣)の基本
※『月報司法書士2016年10月』日本司法書士会連合会p36
え 税務上の解釈(参考)
税務上も夫婦間の財産の移転として解釈する方向である
詳しくはこちら|夫婦財産契約によって余分な所得税・贈与税がかかることがある
6 財産の管理や処分に関する条項
夫婦財産契約の条項として代表的なものの1つに夫婦共有の財産の管理や処分に関するものがあります。
<財産の管理や処分に関する条項>
あ 条項の内容
夫婦の共有財産の管理や処分の方法を定める
い 条項の内容の例
大切な財産について
処分のためには夫婦の協議(同意)が必要である
※『月報司法書士2016年10月』日本司法書士会連合会p35
7 責任の負担に関する条項
夫婦財産契約の条項として,マイナスの財産,つまり責任の負担について決めておくこともできます。
<責任の負担に関する条項>
婚姻前or婚姻中に,夫or妻or夫婦共同で負担した債務について
夫or妻が単独で負担するか,共同で負担するかなど
8 財産の清算に関する条項
夫婦の財産に関して実際にトラブルになることが多いのは,離婚の際の清算(財産分与)です。
詳しくはこちら|財産分与の対象財産=夫婦共有財産(基本・典型的な内容・特有財産)
そこで,最初から離婚の際の(清算的)財産分与の方法を決めておくことがトラブル予防に役立ちます。
<財産の清算に関する条項>
あ 財産の清算に関する事項の例
婚姻解消の際に,夫婦の財産をどのように清算するか
家事所得をいかに評価するか
夫婦の共有財産の具体的な分割方法or分割方法を決定するルール
い 取り決める内容の具体例
清算的財産分与の算定の際には,妻の寄与度を30%とする
財産分与を制限するorなしにする
例=『婚姻から11年経過後のみ財産分与を行う』
欧米ではポピュラーな設定である
詳しくはこちら|夫婦財産契約が普及しない現状・原因・米国との比較や利用される典型的状況
9 法定財産制とは関係ない条項
法定財産制とは関係ない内容の約束は,理論的には夫婦財産契約とは呼べません。
しかし,夫婦間でこのような内容について約束することは自由です(前記)。
実際に円満な共同生活を送るために役立つ内容を約束しておくことは多いです。
理論的には夫婦財産契約ではないので,夫婦財産契約の登記の申請では法定財産制以外の内容は除外されるはずです。
しかし,実務では便宜的に,一緒に登記(記録)されているケースがよくあります。
<法定財産制とは関係ない条項>
あ 法定財産制とは関係ない条項の例
ア 離婚の際の慰謝料
金額や算定方法を決める
例=上限や下限を設定するなど
イ 離婚後の子の養育監護ウ 離婚後の生活費負担エ 家事・育児(作業)の分担オ 浮気が判明したときの対処法
い 登記との関係
『あ』の事項は夫婦財産契約には該当しない
→登記事項ではない
※夫婦財産契約登記規則別表参照
う 実務における登記の状況
実際には『あ』の事項が登記されている例も多い
※『THINK 司法書士論業115号』日本司法書士会連合会2017年p147
登記した事項は誰でも閲覧や証明書の取得ができる
→高度のプライバシーに関わる事項は避けるべきである
10 自由に離婚ができる条項は無効である
結婚の際に,夫婦の間でなされる約束は,財産に限らずいろいろなものがあります。
その1つに自由に離婚ができるような内容の約束もあり得ます。
しかし,さすがに公序良俗に違反するので無効と判断されています。
<自由に離婚ができる条項は無効である(※1)>
あ 宣誓書による約束
男女が婚姻前に誓約書に調印(約束)した
内容=夫婦の一方が離婚を申し入れた場合,他方は離婚の協議に応じる
い 有効性(無効)
公序良俗に反し無効である
う 判決文の引用(抜粋)
本件誓約書においては,本文冒頭である第1項に,『将来』原被告『お互いにいずれか一方が自由に申し出ることによって,いつでも離婚することが出来る。』との文言が記載されているところ,その文言の内容,わざわざ別項を設けていること,申出が原被告のいずれかで財産分与額を異にして規定していることからすると,本件誓約書は,定められた金員を支払えば,原被告のいずれからも離婚を申し出ることができ,他方,その申し出があれば,当然相手方が協議離婚に応じなければならないとする趣旨と解される。
そうだとすると,本件誓約書は,将来,離婚という身分関係を金員の支払によって決するものと解されるから,公序良俗に反し,無効と解すべきである。
※東京地裁平成15年9月26日
11 相続に関する条項
夫婦財産契約の中に,相続に関する条項を入れるアイデアもあります。
要するに本来遺言に書くべき内容のことです。
有効性についての統一的な見解はありません。
形式的な遺言の要件を満たさないと無効となるリスクがあります。
詳しくはこちら|自筆証書遺言の方式・要式性(全体・趣旨・有効性判断の方針)
<相続に関する条項>
相続契約に関する条項の有効性について
学説や判例が分かれている
※山田俊一『夫婦財産契約の理論と実務』ぎょうせい2012年p160〜164
12 祭祀財産の承継に関する条項
夫婦財産契約の中に,墓やその他の供養に関するものの承継を記載しておくアイデアもあります。
これは理論的には夫婦財産契約にはあたりません。
ただし,一般的な祭祀財産の承継者の指定としては有効です。
<祭祀財産の承継に関する条項>
あ 祭祀財産の承継者の指定(前提)
祭祀財産の承継者を誰にするのかについて
→被相続人の指定が最優先となる
指定の方法には制限はない
※民法897条
詳しくはこちら|被相続人による祭祀主宰者の指定(方式・判定・指定の拒否や辞退など)
い 夫婦財産契約への記載
祭祀財産の承継が夫婦財産契約(書)に記載されていた場合
夫婦財産契約の対象ではない
しかし,祭祀財産の承継者の指定として有効である
本記事では,夫婦財産契約として決められる内容や,夫婦財産契約と一緒に決めておく内容について説明しました。
前記のように,決められる内容はとても広い範囲に及びます。
実際に夫婦財産契約のご利用をお考えの方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。
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