【協議離婚の予約(離婚する合意)は無効である】
1 協議離婚の予約の基本(意味・種類・法的効力)
2 協議離婚の予約の意味
3 婚姻前の離婚の予約の効力
4 婚姻中の離婚の予約の種類
5 協議離婚に必要な離婚意思(前提)
6 婚姻中の離婚の予約の効力
7 婚姻中の離婚の予約の破棄
8 離婚の予約と離婚原因
9 離婚条件の合意と不履行時の責任
10 離婚の予約の中の金銭交付部分の効力が生じる例
11 破綻時の離婚届提出の予約
12 調停・訴訟上の和解における協議離婚条項(概要)
1 協議離婚の予約の基本(意味・種類・法的効力)
夫婦が協議離婚をすることを約束するということがあります。これを協議離婚の予約と呼びます。
ところで,協議離婚の予約は基本的には法的効力を持ちません。しかし,実務ではいろいろな状況で協議離婚の予約が活用されています。
本記事では,協議離婚の予約の基本的な内容を説明します。
2 協議離婚の予約の意味
(主に)夫婦が,後日離婚することを約束することを(協議)離婚の予約と呼んでいます。これ自体は素朴な発想ですし,実際に使われることも多いです。
<協議離婚の予約の意味>
あ 協議離婚の予約の意味
夫婦が将来において協議上の離婚をすることを約する合意
将来における離婚の予約とも呼ぶ
い 具体例
将来,一定の期日にor一定の条件成就の時に離婚届をするという合意
※島津一郎ほか編『新版 注釈民法(22)親族(2)』有斐閣2008年p16
3 婚姻前の離婚の予約の効力
協議離婚の予約を婚姻前に合意することについて考えます。
根本的に,婚姻には条件や期限などの制限を付けることはできません。婚姻前から将来離婚することを約束するのは,婚姻に制限を設けたといえます。そこで離婚の予約の部分は無効となります。
さらに考えると,この状況は,ダミーで夫婦となるようなものです。そうすると,婚姻しようという意識が足りないということになり,婚姻自体が無効となることもあります。
<婚姻前の離婚の予約の効力>
あ 期限・条件付きの婚姻(前提)
婚姻は終生の関係を目的とする
→婚姻に期限や条件をつけることはできない
=婚姻に制限をつけることはできない
い 婚姻前の離婚の予約の効力(原則)
婚姻の際に離婚の予約を合意することは婚姻への制限になる
→離婚の予約の部分は無効である
婚姻は成立する
※島津一郎ほか編『新版 注釈民法(22)親族(2)』有斐閣2008年p16
う 婚姻前の離婚の予約の効力(例外)
離婚の予約がなければ婚姻しないということが認められる場合には
婚姻意思を欠く
→婚姻自体が無効となる
※島津一郎ほか編『新版 注釈民法(22)親族(2)』有斐閣2008年p16,17
4 婚姻中の離婚の予約の種類
実際に婚姻の予約が約束されるのは,婚姻中であることが多いです。
婚姻中に離婚の予約(約束)をする現実の状況は,大きく2つに分けられます。円満な状況で約束するパターンと,破綻している状況で約束するパターンです。なお,法的な扱い(前記)としては違いはありません。
<婚姻中の離婚の予約の種類>
あ 円満な状況での予約
婚姻関係が円満で破綻的事実もない時に将来協議離婚をすることを約する
い 破綻状況での予約
婚姻関係が破綻し離婚の合意が成立して夫婦共同生活を廃絶した上で離婚の届出を約する(後記※2)
※島津一郎ほか編『新版 注釈民法(22)親族(2)』有斐閣2008年p17
5 協議離婚に必要な離婚意思(前提)
次に離婚の予約の法的効力を説明します。この法的効力を考える上では,協議離婚に必要な離婚意思の理解が必要になります。
まず,協議離婚が成立するには,届出がなされるのは当然として,夫婦の両方に離婚する意思が存在することが必要です。
例えば離婚届への署名・押印をする時には離婚する意思があったとしても,その後,役所に提出されるまでの間に,気持ちが変わって離婚したくないと思っていた場合には,仮に離婚届が提出されても理論的に離婚は無効となります。
<協議離婚に必要な離婚意思(前提・※1)>
あ 創設的届出
協議離婚は届出によって成立する
い 離婚意思が必要な時点
離婚の意思の合致は,届出の時に存在しなければならない
(届出書の作成時にも存在しなければならない)
届出書作成後に自由に翻意することができる
う 離婚意思を欠く離婚届の効力
離婚意思を欠く状況で届出が受理された場合には
→離婚の無効を主張することができる
※最高裁昭和34年8月7日
詳しくはこちら|離婚意思の内容(形式的意思)と離婚意思が必要な時点(離婚届の作成・提出時)
6 婚姻中の離婚の予約の効力
婚姻中の離婚の予約を認めた場合,離婚届の時点で離婚意思がないと離婚は無効となることと矛盾します。そこで,離婚の予約は基本的に無効となります。
離婚の予約を内容とする公正証書を作った場合でも,無効となる結論に変わりはありません。
<婚姻中の離婚の予約の効力>
あ 基本的な効力(否定)
婚姻中における離婚の予約を認めると前記※1の理論に矛盾する
→離婚の予約は無効である
※島津一郎ほか編『新版 注釈民法(22)親族(2)』有斐閣2008年p17
い 離婚届の提出義務(否定)
離婚の予約によって離婚届の届出をすべき法律上の義務は生じない
※東京地裁昭和6年7月24日
う 離婚届の提出請求権(否定)
離婚の予約に基づいて相手方に対し離婚の届出手続をすべきことを請求することはできない
※東京控判明治35年3月12日
※東京地裁明治40年2月13日
※東京控判明治40年10月7日
え 公正証書による離婚の合意の効力(否定)
公正証書によって離婚の合意をした
これは離婚の予約にすぎない
→離婚の効力も離婚手続の履行を求めることも認められない
※宮崎地裁昭和58年11月29日
7 婚姻中の離婚の予約の破棄
婚姻中に離婚の予約を約束した場合,これは無効ですから,破棄する(履行しない)ことが違法となることはありません。つまり,離婚の予約の破棄によって賠償責任が生じることもないのです。
<婚姻中の離婚の予約の破棄>
あ 離婚の予約の破棄
離婚の予約を破棄することはできる
婚姻が継続することになる
破棄による法的責任は生じない
(婚姻予約の破棄(い)とは異なる)
い 婚姻予約(婚約)の破棄(参考)
婚約に基づいて婚姻(手続)の履行を請求することはできない
婚約の破棄による損害賠償請求は認められる
詳しくはこちら|婚約(婚姻予約)の基礎的な理論と解釈の歴史(法的責任の種類・内容)
※島津一郎ほか編『新版 注釈民法(22)親族(2)』有斐閣2008年p17
8 離婚の予約と離婚原因
以上のように,離婚の予約があってもこれにより離婚が成立するわけではありません。
ただし,間接的に離婚の成立の方向に働くことはあります。夫婦の両方に離婚するという気持ちがあったことが夫婦関係の破綻を認める1つの材料となることがあります。また,裁量棄却をしない方向に働くこともあります。
<離婚の予約と離婚原因>
あ 基本
離婚の予約は,裁判上の離婚原因に該当しない
詳しくはこちら|離婚原因の意味・法的位置付け
※東京地裁昭和6年7月24日
い 離婚請求への影響
ア 離婚原因への影響
(婚姻関係の破綻状態が続く状況であれば)
離婚の予約やその不遵守が
『婚姻を継続し難い重大な事由』(民法770条1項5号)を認める1つの事情となることがある
イ 裁量棄却への影響
裁量棄却(民法770条2項)の適用を排除する事情として斟酌されることになる
※島津一郎ほか編『新版 注釈民法(22)親族(2)』有斐閣2008年p17,18
9 離婚条件の合意と不履行時の責任
実際の夫婦間の離婚に向けた協議の中で離婚の条件を合意することはよくあります。財産分与や慰謝料などの金銭の支払とか,親権者をどちらとするか,などです。これらの取り決めも離婚をするという約束に付随するので,離婚の予約の一環といえます。そこで取り決め内容の履行を強制することはできません。
そうすると,取り決めどおりに金銭が支払われた後に,受け取った側が離婚届の作成・提出を拒否するということが生じます。この場合は,(取り決めが無効だからこそ)支払い済の金銭は不当利得として返還する義務があることになります。
<離婚条件の合意と不履行時の責任>
あ 離婚の条件・期限(否定)
離婚の意思は,無条件・無期限のものでなければならない
い 現実的な各種合意(条件)
実際には離婚に伴ういろいろな取り決めが離婚の条件となることがある
内容の例=財産分与,慰謝料,子の親権者,監護に関する事項
う 離婚に伴う取り決めの効力(原則)
『い』の取り決め(離婚条件)について
→離婚の予約にすぎない
→当事者の不履行について法的責任は生じない
え 離婚に伴う取り決めの効力(例外)
財産分与としての財産の移転が完了した
財産を受領した配偶者が離婚に応じない場合
→不当利得の問題となる
※島津一郎ほか編『新版 注釈民法(22)親族(2)』有斐閣2008年p18
10 離婚の予約の中の金銭交付部分の効力が生じる例
前記のように,離婚をする合意によって離婚を強制することはできず,この延長として,離婚することに伴う金銭の交付も強制することはできません。
しかし,実際に自発的に離婚した(離婚届を提出した)後には,この金銭の交付(支払)の部分が有効となることがあります。つまりその場合,約束どおりの金銭の支払を請求できることになります。
<離婚の予約の中の金銭交付部分の効力が生じる例>
あ 離婚の予約の内容
夫婦関係係属中に夫婦が次のような合意をした
内容=『将来夫より不和を醸し,妻を離婚する際には夫から妻に対し一定の金銭を交付する』
い 裁判所の判断(基準)
公序良俗に反しない,かつ,不当に離婚の自由を妨げない限り有効である
※大判大正6年9月6日;公序良俗の判断
う 請求の可否
夫側の理由によって離婚が成立した場合には,妻はこの合意に基づいて金銭を請求できる
※島津一郎ほか編『新版 注釈民法(22)親族(2)』有斐閣2008年p18
11 破綻時の離婚届提出の予約
婚姻中に離婚を約束するパターンの1つに夫婦関係が破綻した時に約束するものがあります(前記)。
この場合は,身分関係の変動に条件や期限を付けるというニュアンスではありません。
夫婦の両方が確定的に離婚する気持ちを持っている状態で,単に離婚届を役所に提出するという作業レベルの内容を約束したということになります。
ただ,もともと離婚届に署名・押印した後ですら離婚する意思を撤回することは自由なのです。離婚届を作成して提出することを約束した場合にも,その後実際に離婚届の作成や提出をすることを強制できません。
<破綻時の離婚届提出の予約(※2)>
あ 状況
事実上離婚(夫婦関係が破綻)している状況において
夫婦で法律上の離婚届を提出することを約する
い 法的効力
離婚届(提出)だけの予約である
→離婚の届出を強制することはできない
※島津一郎ほか編『新版 注釈民法(22)親族(2)』有斐閣2008年p18
12 調停・訴訟上の和解における協議離婚条項(概要)
以上の説明は,夫婦の間で離婚することを約束した場合の法的な扱いでした。私文書や公正証書として約束を書面として調印するケースのことでした。
この点,調停や訴訟上の和解の中で,同じように離婚届を出すことを約束する方法もあります。協議離婚条項と呼びます。
基本的な法的扱いは私文書の場合と同じですが実務的な使い方や考え方があります。これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|調停・訴訟上の和解における協議離婚条項の効力や実用性
本記事では,離婚の予約(離婚するという約束)の意味や法的効力について説明しました。
実際には,個別的な事情によって法的扱い(解釈)が違ってきます。
実際に離婚の予約に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。
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