【財産分与と詐害行為取消権(詐害性の判断基準と取消の範囲・対象)】
1 財産分与と詐害行為取消権(判断基準と取消の範囲・対象)
2 財産分与と債権者の間の実質的な対立
3 清算的財産分与と詐害行為
4 慰謝料的財産分与と詐害行為
5 扶養的財産分与と詐害行為
6 扶養的財産分与による住居確保の見解
7 詐害行為にあたる財産分与の取消の範囲
8 不相当部分の取消の具体的内容
1 財産分与と詐害行為取消権(判断基準と取消の範囲・対象)
多額の債務を負った人が,差押を回避するために離婚して財産分与として財産を配偶者に移転することがよくあります。
詳しくはこちら|財産分与と詐害行為取消権(理論的な背景・実情・具体的事例)
このような財産分与は詐害行為のように思えますが,実はそうとは限りません。
本記事では,財産分与が詐害行為と判断される判断基準と,詐害行為となった場合に返さなくてはならない範囲(金額)について説明します。
2 財産分与と債権者の間の実質的な対立
財産分与が詐害行為となるかどうかの判定を考える際には,根底にある利害の対立の状況を理解しておくと分かりやすくなります。
債務超過の状況で財産を配偶者に渡すことは債権者を害する(不当だ)ということがいえますが,一方,配偶者としては潜在的に他方配偶者の財産を所有しているので正式に自身に移転することは本来の姿だともいえます。財産分与はもともと,何の貢献もなく無償で財産をもらうわけではないのです。
<財産分与と債権者の間の実質的な対立>
あ 利害の対立
資力が乏しい者が財産分与として他方配偶者に財産を移転した場合
→『い・う』の者の保護の要請(利害)が対立する
この2つをどのように調整していくかという問題である
い 債権者の利益
夫婦一方の債権者の利益の保護
う 配偶者の利益
財産分与制度により他方配偶者に保障される経済的利益の保護
※島津一郎ほか編『新版 注釈民法(22)親族(2)』有斐閣2008年p234
3 清算的財産分与と詐害行為
財産分与のうちもっとも一般的なものは夫婦の財産を貢献度に応じて分けるというものです。清算的財産分与と呼びます。
詳しくはこちら|財産分与の基本(3つの分類・典型的な対立の要因)
清算的財産分与が詐害行為となるか(詐害性の有無)が問題となり,これについて判断基準を立てた最高裁判例があります。
要するに相当である範囲では詐害行為にならない,というものです。
<清算的財産分与と詐害行為>
あ 昭和58年最高裁判例(引用)
離婚に伴う財産分与は,分与者が既に債務超過の状態にあって当該財産分与によっ て一般債権者に対する共同担保を減少させる結果になるとしても,それが民法768条3項の規定の趣旨に反して不相当に過大であり,財産分与に仮託してされた財産処分であると認めるに足りるような特段の事情がない限り,詐害行為として債権者による取消の対象とはなりえない
※最高裁昭和58年12月19日
い 相当性基準
財産分与が相当である場合
→詐害行為取消の対象ではない
相当な範囲の清算的財産分与がどのような内容か,ということについては,一般的な(詐害行為とは関係ない)清算的財産分与の算定方法がベースとなります。
詳しくはこちら|財産分与の基本(3つの分類・典型的な対立の要因)
4 慰謝料的財産分与と詐害行為
財産分与の分類の2つ目として慰謝料的財産分与があります。
これも前記と同様に,相当な範囲内については詐害行為にはなりません。
<慰謝料的財産分与と詐害行為>
あ 平成12年最高裁判例(引用)
当該配偶者が負担すべき損害賠償債務の額を超えた金額の慰謝料を支払う旨の合意がされたときは,その合意のうち右損害賠償債務の額を超えた部分については,慰謝料支払の名を借りた金銭の贈与契約ないし対価を欠いた新たな債務負担行為というべきであるから,詐害行為取消権行使の対象となる
※最高裁平成12年3月9日
い 相当性基準
離婚慰謝料の趣旨の財産分与について
相当額の範囲で正当な弁済である
詐害行為とならない
※最高裁平成12年3月9日
う 相当額の傾向
一般的に慰謝料としての相当額は,それほど高額とはならない
ただし,婚姻中に一般不法行為となるような有責行為(暴力や精神的虐待)が行われた場合は高額になる
※島津一郎ほか編『新版 注釈民法(22)親族(2)』有斐閣2008年p237
相当な慰謝料(慰謝料的財産分与)は,一般的な相場がベースとなります。
詳しくはこちら|離婚の慰謝料相場は200〜500万円,事情によってはもっと高額化
5 扶養的財産分与と詐害行為
財産分与の分類には扶養的財産分与もあります。
これも一般的に相当である範囲については詐害行為にならないと考えられています。
<扶養的財産分与と詐害行為>
あ 相当性による判断
扶養義務は一般債権者に優先して任意に弁済されるべきである
相当額であれば取消の対象にならない(多数説)
※中川淳稿『離婚に伴う財産分与と詐害行為』/『判例タイムズ539号』1985年1月p143
い 資力の反映の基準(不明確)
扶養的財産分与を決定する際には,義務者側の資力(扶養能力)が考慮事由となる
債務が存在する時に,義務者の扶養能力をどのように判断するかは明確ではない
う 婚姻費用・養育費算定における債務の反映(参考)
婚姻費用分担額や養育費の算定の際には,義務者側の収入から債務返済額を控除しない(特別経費としない)扱いとなっている
※島津一郎ほか編『新版 注釈民法(22)親族(2)』有斐閣2008年p237
扶養的財産分与は,これを認めるかどうかと,認めた場合の金額(支払方法)の判断基準はそれほど明確ではありません。つまり裁判所が詐害性を判定する際にはある程度ブレが大きいことになります。
詳しくはこちら|扶養的財産分与|離婚後の生活保障が認められることもある
6 扶養的財産分与による住居確保の見解
前記のように,もともと扶養的財産分与は柔軟に使われます。使われ方の1つとして高齢者が離婚する際に住居を確保する(債権者に取られない)というものがあります。
つまり,清算的財産分与では2分の1しか配偶者に渡せないので,残る2分の1を離婚後の生活のためにという趣旨,つまり扶養的財産分与として渡すというものです。
<扶養的財産分与による住居確保の見解>
真に住居を必要としている高齢者離婚のケースにおいては
居住不動産のうち清算的財産分与としてカバーされない部分について
扶養的財産分与として相当とされる可能性を広く認めてよいのではないかと考える
※山口純夫ほか稿『財産分与のうち不相当に過大な部分を詐害行為として取り消し,価格賠償を命じた事例』/『判例タイムズ1187号』2005年11月p120
7 詐害行為にあたる財産分与の取消の範囲
以上のように,詐害行為となるかどうかの判断の基準は要するに相当であるかどうかというものです。
では,不相当(過大)であって詐害行為に該当する場合,取り消される範囲(返還する範囲)はどのようなものでしょうか。
まず,基本的に不相当な部分だけが取り消されます。相当な範囲を超過した部分ということです。
<詐害行為にあたる財産分与の取消の範囲>
あ 詐害行為該当性(前提)
財産分与として金銭の給付をする合意が不相当に過大である場合
→詐害行為に該当する
い 取消の範囲(基本)
不相当に過大な部分について,その限度において詐害行為として取り消す
※最高裁平成12年3月9日
う 取消の範囲(少数説)
給付の全部を取り消す実例もある
※東京地裁平成16年10月25日
8 不相当部分の取消の具体的内容
詐害行為として財産分与のうち不相当な部分が取り消された場合,具体的に返還するもの(内容)はどのようなものでしょうか。
まず,金銭や個数(量)で分けられる物については,特に悩まずに一定割合を返還することになります。
不動産のように分けられない物(不可分)は,通常,返還すべき割合に相当する金銭で返還します。価格賠償といいます。
なお,共有持分で返す(移転する)という判断をしたマイナーな裁判例もあります。
<不相当部分の取消の具体的内容>
あ 可分・複数個
財産分与の対象が可分のものor対象物が複数個ある場合
例=金銭
→分与を受けた者は超過部分を返還する
※福岡高裁平成2年2月27日
※東京地裁平成7年5月16日
い 不可分
財産分与の対象が不可分である場合
→価額による賠償となる
※最高裁平成4年2月27日;1筆の土地について
※大阪高裁平成16年10月15日;1個の建物について
う 共有持分の取消(特殊事例)
分与された土地建物の2分の1(の共有持分)の範囲で取り消した
※福井地裁敦賀支部平成14年1月11日
本記事では,財産分与が詐害行為に該当するかどうかの判断基準と該当した場合に返還する範囲について説明しました。
実際には,個別的な事情により詐害行為がどうか(詐害性)や返還する範囲の判断は変わってきます。
実際に財産分与についての詐害行為取消の問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。
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