【高額所得者の養育費の金額(基準の不存在・上限の有無・実例の傾向)】
1 高額所得者の養育費の金額
養育費を計算する標準的算定方式(を元にした簡易算定表)が前提とする(義務者の)年収には一定の上限があります。
詳しくはこちら|高額所得者の婚姻費用の金額計算の全体像(4つの算定方式と選択基準)
そこで、標準的算定方式の上限年収を超える高額所得者が支払う養育費の金額はどのように計算するのか、ということが問題になります。
本記事ではこれについて説明します。
2 高額所得者が支払う養育費の金額の基準(不存在)
もともと、標準的算定方式は平成15年に提唱(公表)されました。この時点で、高額所得者の養育費の金額については基準として示さないと明言されていました。
高額所得者が支払う養育費の金額の基準(不存在)
先に紹介したドイツやアメリカにおいては、一定限度を超える高額所得者については養育費の額は基準化されておらず各事案の事情によって定められている。
また、わが国では、過去五年間の家庭裁判所の審判例を見ると、殆どが子一人当たり月額二〇万円以内に収まっているようである(資料5参照)。
この養育費の上限設定については、今後の議論に委ねることとした。
※東京・大阪養育費等研究会稿『簡易迅速な養育費等の算定を目指して〜養育費・婚姻費用の算定を目指して〜』/『判例タイムズ1111号』2003年4月1日p292
3 養育費の金額の上限の指摘
高額所得者が支払う養育費の考え方の1つは、標準的算定方式(を元にした簡易算定表)の上限の金額を用いるというものです。高額所得者の婚姻費用の計算方法の中の上限頭打ち方式と同じ扱いです。
詳しくはこちら|高額所得者の婚姻費用の計算方法の中の上限頭打ち方式
養育費の金額の上限の指摘
あ 岡氏見解
養育費の性格を考えると、子1人の養育費については、基本的には、算定表の上限額を上限とすることで足りるのではないかと考えられる。
事案によっては、4(2)において述べる方法により学費等の不足額を加算することを考えるべき場合もあろう。
また、子が2人以上の場合には、子1人の養育費についての考え方を参考に、各事案の個別的事情を考慮して養育費の額を検討することになるであろう。
※岡健太郎稿『養育費婚姻費用算定表の運用上の諸問題』/『判例タイムズ1209号』2006年7月p8
い 松谷氏見解(岡氏見解の紹介)
もっとも、養育費の場合については、養育費の性格から算定表の上限値を上限とし、必要に応じて教育費を加算するといった考え方が有力である(岡・後記参考文献②8頁参照)。
※松谷佳樹稿『婚姻費用養育費の調停・審判事件の実務』/『法曹時報66巻6号』法曹会1994年p56
う 松本氏見解
生活費としての養育費、監護費用については、義務者が高額所得者であるからといってその収入に対応して無制限に増加するというものではないから、基本的に、算定表の上限額を上限とすることになろう。
特別の事情がある場合には、これを考慮すれば足りる。
例えば、子を海外留学させることが両親の地位、経歴、子の意思等から妥当なもので、義務者もこれに応じて然るべき場合には、海外留学費用を加算することは可能である。
※松本哲泓著『婚姻費用・養育費の算定−裁判官の視点にみる算定の実務−』新日本法規出版2018年p146
4 養育費の金額の上限を否定する見解
前記のような養育費の金額の上限頭打ちの考え方とは別の考え方もあります。
そもそも上限を設定する(上限頭打ち)ことの合理的な根拠がないという批判です。
民法の条文上の子の利益を最優先するという明文規定や標準的算定方式の算定方法の内容、また、社会的な実情(統計的なデータ)との整合性からは、上限を設定すべきではないと考えられるのです。
養育費の金額の上限を否定する見解
あ 養育費上限設定への批判
・・・「養育費の性格」の内容は必ずしも明らかではなく、
「子の監護に要する費用の分担その他の子の監護について必要な事項は、その協議で定める。この場合においては、子の利益を最も優先して考慮しなければならない。」(民法766条1項)
との定めに照らし、どの程度の根拠を示せているかは疑問があるように思われる。
い 子の利益の優先
子の利益を最優先して考慮すれば、離婚を契機とする子の経済的環境の変動を最小化すべきであって、上限を設けることには慎重であるべきとも考えられる。
う 統計上の実態との整合性
平成19年7月に野村證券株式会社が実施した「第10回家計と子育て費用調査」によれば、エンジェル係数(家計支出に占める子どものための支出額の割合)は、年収が増加するほど増加する(比例)傾向にあり、年収の多寡に応じて二極化しているとも指摘されていて、養育費に上限を設けることは、実態にも適合していないように思われる。
え 標準算定方式における教育費の中身
生活費指数における教育費は、学校教育費に限られ、学習塾や習い事の費用等の校外活動費などは含まれておらず、人格形成や将来への投資費用をも考慮すれば、この点でも養育費に上限を設けることには慎重であるべきと考えられる。
※日本弁護士連合会両性の平等に関する委員会編著『養育費・婚姻費用の新算定表マニュアル』日本加除出版2017年p56
養育費の上限を否定する場合には、婚姻費用と同じように、複数の計算方法が考えられます。
詳しくはこちら|高額所得者の婚姻費用の金額計算の全体像(4つの算定方式と選択基準)
5 個別的な事情の反映(教育費など)
以上のように、高額所得者の養育費の金額の計算では、上限を設定するかしないかという部分で統一的な見解がないのです。
しかし、(標準的な世帯とは違う)特殊な事情を養育費の金額に反映させる、というところについては一致していると思います。たとえば、収入や社会的地位から子供を海外留学させることが妥当といえるケースでは、海外留学費用を養育費に加算するというものです。
これについては、高額所得者の婚姻費用においても同じような考慮(調整)がなされているので参考になります。
詳しくはこちら|高額所得者の婚姻費用の金額の計算における特有の考慮事項
本記事では、高額所得者の養育費の問題について説明しました。
実際には、個別的な事情や主張・立証のやり方次第で結論が違ってきます。
実際に高額所得者が支払う養育費に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。
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