【清算的財産分与における債務(マイナス財産)の扱い】
1 清算的財産分与における債務(マイナス財産)の扱い
清算的財産分与の対象財産は、夫婦が協力して得た財産です。夫婦共有財産ともいいます。
詳しくはこちら|財産分与の対象財産=夫婦共有財産(基本・典型的な内容・特有財産)
その中に、マイナス財産、つまり債務も含まれるかどうか、という問題があります。本記事では、清算的財産分与において債務をどのように扱うか、ということを説明します。
2 清算的財産分与における債務の扱いの方向性
大きな考え方の方向性として、清算的財産分与は、プラス財産を分けるものであるからマイナス財産は対象外である、というものと、公平を維持するためにはマイナス財産も含めないといけない、という2種類があります。
なお、夫婦の両方が納得した場合は、和解としてマイナス財産を含めた清算的財産分与、具体的には債務引受を取り決めるということも可能です。
以下、あくまでも裁判所が判断することを前提として、マイナス財産の扱いを説明します。
清算的財産分与における債務の扱いの方向性
あ 除外する見解
清算的財産分与は、 婚姻中に夫婦の協力によって形成した積極的財産の清算であり、『債務』を分与対象財産とすることは本来予定されていないとの見解がある
い 対象とする見解
しかし、清算的財産分与の趣旨が公平な財産の清算にあるならば、婚姻生活のために負担した債務(後記※1)も、その名義にかかわらず、清算の対象とされうる
※二宮周平ほか著『離婚判例ガイド 第3版』有斐閣2015年p124
う 和解(合意)による履行引受や債務引受(参考)
和解であれば、債務の履行引受や債務引受をすることは可能であり、実際に行われることもよくある
(ただし和解の効力は債権者が承諾しない限り債権者には及ばない)
詳しくはこちら|マイホームの財産分与の方法(選択肢)は裁判(審判・訴訟)と和解で異なる
3 トータルでプラスの場合の処理
財産分与の対象財産の全体について、マイナスよりもプラスの方が大きい場合、つまりトータルでプラスという場合の扱いは比較的単純です。プラス財産からマイナス財産(債務)を差し引いた残りを清算対象とすることになります。
トータルでプラスの場合の処理
あ 方針
債務を上回る積極財産がある場合、婚姻生活のために負担した債務(後記※1)は清算対象とする
い 具体的計算方法
積極資産総額から債務総額を差し引いた残額に分与割合を乗じて各自の取得額を算出する
すでに各自が自己名義としている積極財産および債務を差し引く
その結果が分与額となる
※東京地裁平成5年2月26日
※名古屋家裁平成10年6月26日
このような計算方法を用いることが多い
※秋武憲一著『離婚調停 第3版』日本加除出版2018年p322
※野田愛子ほか編『新家族法実務大系 第1巻 親族Ⅰ−婚姻・離婚−』新日本法規出版2008年p490
※二宮周平ほか著『離婚判例ガイド 第3版』有斐閣2015年p124
4 婚姻生活のために負担した債務の内容
ところで、夫婦共有財産の中の債務(マイナス財産)とは、当然ですが、婚姻生活のために負担したものに限られます。夫婦の一方だけにしか関係しないものは含みません。
婚姻生活のために負担した債務の内容(※1)
あ 婚姻生活のための負担に該当する債務
ア 日常家事債務(民法761条)にあたる債務
例=教育費や医療費のためのローン
イ 実質共有財産を購入するための債務
例=住宅ローン
ウ 生活費の補墳のための債務
生活費にあてるための借入
い 婚姻生活のための負担に該当しない債務
ア 遊興費、ギャンブルのための債務イ 個人的な連帯債務ウ 事業のための債務 ※二宮周平ほか著『離婚判例ガイド 第3版』有斐閣2015年p124、125
5 婚姻生活のための負担かどうかの中間的判断の裁判例
前述のように、婚姻生活のための負担(債務)だけが財産分与の対象となります。しかし実際には、婚姻生活のためといえるかどうかをはっきり判定できないものもあります。
債務ができた原因が中間的な性質である場合には、中間的に扱う、つまり、割合的に財産分与に反映するということもあります。
婚姻生活のための負担かどうかの中間的判断の裁判例
あ 事案
妻が生活費の足しに夫に無断で消費者金融業者から多額の債務を負った
い 判断の方向性
生活費の補填のための債務ではあるが、高利であったために借金が増えることとなった
実際に借入れをした配偶者の責任割合を高くする
う 具体的判断
膨大となった借金の責任は夫3割、妻7割とし、これを考慮に入れて財産分与額を決定した
※東京家裁昭和61年6月13日
6 財産分与としての債務負担を否定する見解
夫婦共有財産の全体について、プラスよりもマイナスが大きい、つまり債務超過である場合には、清算的財産分与のやり方が難しくなります。
というのは、マイナス(債務)を夫婦のどちらかに負担させることにしたとしても、債権者には効果が及ばないのです。とはいっても、少なくとも夫婦の間ではその取り決めは有効なので無意味というわけではありません。
学説としては債務の負担を決める(命じる)内容の財産分与を否定するものと肯定するものがあります。また実務でも裁判所はどちらの見解をとることもあります。
財産分与としての債務負担を否定する見解
あ 条文の文言
民法768条3項の『協力によって得た』という文言は、婚姻後に積極的に形成された財産の額を念頭に置いていることは間違いなく、この点を強調すると、積極的な形成財産が存在しない場合には、清算的財産分与を認めない考え方につながる
※秋武憲一ほか編著『離婚調停・離婚訴訟 3訂版』青林書院2019年p191
い 立法過程
民法768条の起草の段階でも、債務を分担するかどうかが議論になり、GHQ側から債務も負担させるべきであるとの意見が表明されたことがあるようであるが、結局、現行の文言に落ち着いたようである
起草に関与した委員らにおいて、『夫の借金を妻に背負わせたら財産分与の意味がない』という意見が強かったことが窺われる
※我妻榮『戦後における民法改正の経過』日本評論社1956年p143
う 対債権者の効果(法技術・実益)
ア 新注釈民法
債務が積極財産を上回る債務超過の場合、財産分与において債務の負担を命じることができるかについて議論があるが、審判・判決において債務についての負担割合を定めても、債権者に対して効力を生じさせることはできず、あるいは、併存的債務引受または履行引受を命じても、結局は当事者間での将来の求償割合を決する以外の意味はないとして、否定的見解が一般的であり(渡邊雅道「財産分与の対象財産の範囲と判断の基準時」判タ1100号〔2002]51頁、松谷・前掲論文117-120頁)、債務超過の場合は清算対象財産はゼロと考えられる。
※犬伏由子稿/二宮周平編『新注釈民法(17)親族(1)』有斐閣2017年p417
イ 他の見解(要点)
財産分与(判決や審判)の効力は第三者(債権者)には及ばない
できるのは重畳的債務引受または履行引受に限られる
従前の債務者ではない配偶者に対して判決が債務の返済を命じても、債権者はこれを無視して契約上の債務者に請求することができる
※松谷佳樹『家事法研究(2)財産分与−財産分与と債務』/『判例タイムズ1269号』2008年p5参照
※秋武憲一ほか編著『離婚調停・離婚訴訟 3訂版』青林書院2019年p191、192
※渡邊雅道『財産分与の対象財産の範囲と判断の基準時』/『判例タイムズ1100号』p51
※惣脇美奈子『離婚と債務の清算』/『判例タイムズ1100号』p54
7 財産分与としての債務負担を肯定する見解
前記のように、財産分与として債務の負担を命じることを否定する傾向がありますが、これを認める見解や実例もあります。
財産分与としての債務負担を肯定する見解
婚姻住居の保護という政策的観点を考慮して、扶養的財産分与の観点をも併せ考えると、先行き、過払い債務の求償の問題が再燃するとしても、その際の解決基準を事前に用意して、段階的な解決を促すことで対応するという行き方も十分に考えられることではないかと思われる
夫婦債務は、対外的には分割できないが、対内的には、履行の引受を命じるという形で債務の清算分割をすることができる
※野田愛子ほか編『新家族法実務大系 第1巻 親族Ⅰ−婚姻・離婚−』新日本法規出版2008年p491〜493
8 財産分与としての債務負担についての実務の実情
以上のように、債務超過の場合に、債務負担を命じる、いわば債務の帰属を変更する、という財産分与を否定する見解が強いですが、認める見解もあります。では実際の裁判所はどうかというと、見解の分布をそのまま反映しており、原則的には否定されますが、事案によってはこの方法を採用する実例も少ないですが存在します。
財産分与としての債務負担についての実務の実情
あ 実務の傾向
ア 傾向
一般的には、 裁判実務で債務の負担が命じられることはない
※松谷佳樹『財産分与と債務』/『判例タイムズ1269号』p7
※秋武憲一著『離婚調停 第3版』日本加除出版2018年p322
※二宮周平ほか著『離婚判例ガイド 第3版』有斐閣2015年p126
イ 手続→(審判申立を)却下
債務負担を命じることを否定する立場によると、債務超過の場合には清算的財産分与の申立は却下することになる
※野田愛子ほか編『新家族法実務大系 第1巻 親族Ⅰ−婚姻・離婚−』新日本法規出版2008年p490、491
い 実例の存在
・・・総債務額が総積極財産額より多い場合であっても、その全体を分与の対象とする例もあり、その中には、分与義務者が保有する積極財産額を上限とする考え方とそうでないものがある。
いずれも、公表例にはないようである。
※二宮周平ほか著『離婚判例ガイド 第3版』有斐閣2015年p126
9 財産分与として債務の負担を命じた裁判例(概要)
前述のように、実際に裁判所が財産分与の内容として債務の負担を命じることもあります。そのような裁判例については、別の記事で紹介しています。
詳しくはこちら|清算的財産分与として債務の負担を命じた裁判例(集約)
10 財産が複雑であるため財産分与を棄却した裁判例(概要)
以上のように、夫婦の財産にマイナス財産(債務)が含まれる場合の法的扱いにはいろいろな見解がありますが、財産の内容が複雑であることを理由に、財産分与自体を認めなかったという裁判例もあります。
これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|財産が複雑であるため財産分与請求を棄却した裁判例(消長見判決)
11 財産が複雑であるため財産分与を棄却した裁判例
変わっている裁判例として、財産分与の対象財産に含まれる財産、特に債務の状況が複雑であったため、財産分与自体をしない、という判断をしたものがあります。事後的に改めて財産分与をすればよい、という趣旨のものです。これに対する批判もあります。また、共有としたままとする内容の財産分与を行うという方法も提唱されています。
いずれにしても最終的な解決にはなりませんが、将来改めて共有物分割をすることは可能です。つまり、離婚の段階では意図的に解決を先送りにしたということになります。
逆に言えば、共有物分割の場合には共有のままとする分割はできないので、分割を実現するか、それが妥当でないなら分割請求自体を否定するという方法を取らざるを得ないということになるのです。
12 別居後の浪費(財産減少)の扱い(参考・概要)
以上の説明は、同居中の浪費などの財産減少があった場合の扱いでした。これと似ていますが、別居後に浪費(財産減少)があった場合には、理論的には別の問題となります。大雑把にいうと、基準時以降なので原則として清算的財産分与には影響しないところですが、例外的に影響することもある、ということになります。
詳しくはこちら|清算的財産分与の対象財産の範囲の基準時と評価の基準時
本記事では、清算的財産分与における債務の扱いについて説明しました。
実際には、個別的事情により、法的扱いや最適な対応は違ってきます。
実際に債務の関係する財産分与の問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。
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