【医師・弁護士などの専門職資格(所得能力)の財産分与】

1 医師・弁護士などの専門職資格(所得能力)の財産分与
2 大津千明氏見解・限定傾向
3 本沢巳代子氏見解・条件関係の指摘
4 鈴木眞次氏見解・広範肯定傾向
5 経済的評価の困難性
6 資格の価値の評価と分与の計算方法
7 家計投下実費ベースの評価方法への批判
8 開業医・医学博士を抽象的に配慮した裁判例
9 公務員の収入の安定性を抽象的に考慮した審判例
10 専門職の資格の財産分与(まとめ)
11 高額所得者の離婚における財産分与割合(参考・概要)

1 医師・弁護士などの専門職資格(所得能力)の財産分与

離婚の際の清算的財産分与では,預貯金や不動産の財産を分けることになります。
詳しくはこちら|財産分与の対象財産=夫婦共有財産(基本・典型的な内容・特有財産)
分ける財産の中に,医師や弁護士などの専門職の資格やスキルの価値を含めるかどうか,という問題があります。
本記事ではこれについて説明します。

2 大津千明氏見解・限定傾向

専門職の資格は無形の財産という性質があるので,他の財産(有形財産)と同じように捉える発想があります。
妻が働いて夫が無職の状態で受験勉強をして資格を取得したというような状況を例として挙げて,この場合には資格の価値を妻にも渡す(清算する)という見解を紹介します。

<大津千明氏見解・限定傾向>

また,夫が妻の労働収入に支えられて勉学にいそしみ,医師・弁護士等の有力な資格を取得した場合等,いわゆる無形財産の形成に寄与した場合,有形の財産がないとして清算をしないのも不合理である。
※大津千明著『離婚給付に関する実証的研究』日本評論社1990年p119

3 本沢巳代子氏見解・条件関係の指摘

夫婦の協力がなければ資格の取得ができなかったという状況を,資格の価値の清算が必要な典型ケースとして指摘する見解もあります。

<本沢巳代子氏見解・条件関係の指摘>

建築事務所や開業医・弁護士事務所などの個人営業の場合には,一定の資格が事業それ自体の基礎をなしており,こうした資格の取得保有は事業の資産価値および収益価値に直接結びつくものであるから,これらの資格も財産的価値あるものとして清算の対象とすることが考えられてよかろう。
とくに,それらの資格の取得が,夫婦の協力によって初めて可能となった事情の存する場合には,仮に営業がまだ開始されていないときでも,その営業を擬制して,事業の資産価値および収益価値を算定し,離婚のさいに夫婦間で清算するべきであろう。
※本沢巳代子著『離婚給付の研究』一粒社1998年p245

4 鈴木眞次氏見解・広範肯定傾向

前述のような状況の限定をせず,夫婦の一方が資格を有する専門職である場合には,婚姻中に資格を取得したわけではない場合にも,婚姻中にスキルや評価が高まったことに着目して,資格の価値の清算が必要であるという見解もあります。

<鈴木眞次氏見解・広範肯定傾向>

あ 問題提起

婚姻中に夫が専門職の資格を得て大きな所得能力を備えた場合や,専門職としての技量や評価を高め所得能力を大きく伸ばした場合には,所得能力の清算を行うべきではないか。
※鈴木眞次著『離婚給付の決定基準 民法研究双書1』弘文堂1992年p264

い 広範に肯定する見解

婚姻中に夫が専門職の資格を得た場合や,専門職としての技量や評価を高めた場合には,その専門職の資格の表す所得能力や,高まった技量や評価のもたらす所得能力は,清算の対象と解するべきである。
なぜならこれらの所得能力は,婚姻中に夫婦の協力により取得された資力だからである。
夫が学習や実務に専念しこれらの所得能力を取得することができたのは,妻が家事労働を担当したためであることが多かろう。
※鈴木眞次著『離婚給付の決定基準 民法研究双書1』弘文堂1992年p265

う 妻側の属性との関係

職業労働に従事した妻のみならず,家事労働に専念していた妻にも,夫の専門職の資格の清算を認めるべきである。
※鈴木眞次著『離婚給付の決定基準 民法研究双書1』弘文堂1992年p271

え 夫婦の共同運営・役割分担論

このような考え方に対しては,専門職に関する所得能力の獲得や増加は,個人の才能や努力の結果であり,夫婦の役割分担の成果ではないという批判があろう。
しかし役割分担とは,夫は職業に関する労働や努力や才能を,妻は家事に関する労働や努力や才能を,それぞれ持ちよって家計を維持する営みである。
妻は家事につきいかに才能があり努力しようと特有財産を蓄積できないのだから,夫の専門職に関する所得能力の獲得や増加を役割分担の成果と見なして清算することが公平にかなおう。
※鈴木眞次著『離婚給付の決定基準 民法研究双書1』弘文堂1992年p265

5 経済的評価の困難性

以上のような考え方によって,財産分与の中で資格の価値の清算をするとした場合に,次に,資格を経済的(金銭的)にどのように評価するのか,という問題が出てきます。
マーケットでの取引がなされている財産であれば,取引価格を参照すれば評価額を出しやすいです。しかし,資格の売買マーケットはないので,適正な評価額を出すこと自体が難しいといえます。

<経済的評価の困難性>

問題は妻の貢献をどのように評価するかである。
特有財産の維持については,維持された範囲の認定が困難であり,無形財産についてはその経済的評価が極めて困難である。
裁判例をみても妻によって財産が維持された事実だけを認定し,裁量的に分与額を定めているだけでその算定根拠を示している例は見当たらない。
※大津千明著『離婚給付に関する実証的研究』日本評論社1990年p119

6 資格の価値の評価と分与の計算方法

資格の価値の計算方法として提唱されているものがあります。要するに資格の有無による生涯年収の差をベースにするというものです。

<資格の価値の評価と分与の計算方法>

あ 計算(評価)方法

取得された専門職の資格の価値はたとえば,専門職の資格を有する人の平均的な生涯所得と有しない人の平均的な生涯所得との差により,推定することができよう。
婚姻中に高まった専門職の技量や評価は,平均的な専門職の所得と技量や評価の高い専門職の所得との差などにより,推定することができよう。

い 対象期間

専門職の資格に関する所得能力のうち,清算の対象となるのは,婚姻(同居)中に取得された部分のみである。
婚姻前の教育に基づく部分や,別居後の実務経験に由来する部分は対象ではない。

う 分与割合

婚姻中に取得された所得能力のうち,公正な割合(原則として二分の一)が分与額となる。
※鈴木眞次著『離婚給付の決定基準 民法研究双書1』弘文堂1992年p265

7 家計投下実費ベースの評価方法への批判

なお,資格の価値を清算対象とはせず,専門職ではない側が行っていた家事労働や職業労働を金銭的に評価して家計への貢献度の夫婦の比率を求め,これをベースとして財産分与を行う,という見解もあります。これについては,家計に投じた実費を貢献度(分与割合)とするもので,経済的成果を無視しているという反論がなされています。

<家計投下実費ベースの評価方法への批判>

なお,専門職の資格の価値の一定割合を分与するのではなく,妻の家事労働や職業労働を金銭的に評価する方法が学説により説かれているけれども,賛成できない。
なぜなら,妻の家事労働を簡易かつ適切に金銭に換算することは困難であるし,そもそも妻に清算されるべきは役割分担の経済的成果であって,家計に投じた実費のみではなかろうからである。
※鈴木眞次著『離婚給付の決定基準 民法研究双書1』弘文堂1992年p266

8 開業医・医学博士を抽象的に配慮した裁判例

以上のように,清算的財産分与における専門職の資格の扱いについて,統一的な見解はない状態です。
実際に,裁判例として,資格の価値を考慮したというものはありますが,評価方法や計算方法を示したものはみあたりません。
まず,夫が開業医で,婚姻中に医学博士を取得したというケースについて,このことを配慮した(と判決文に記載された)裁判例を紹介します。

<開業医・医学博士を抽象的に配慮した裁判例>

あ 前提事情

夫は婚姻前(交際前)に医師資格を取得し,婚姻後(中)に医学博士を取得した

い 裁判所の判断(引用)

次に,離婚に伴う財産分与の請求について判断する。
二郎とすれば自己の責任ある選択によつて梅子を妻とした。
梅子の九年間の二郎との同棲生活中その後半は精神病にかかり,退院後も二郎との同居を許されず,今二郎より離婚されても齢すでに四五才に達し,今から再婚する可能性にも乏しい
まことに不幸な人生という外ない
二郎が梅子を妻とする選択を行なわなかつたならば梅子のこの不幸な人生がまた別の姿になつていたであろうことを思うとき,離婚はやむを得ないとしても,梅子の今後の人生につき経済的に困らないような配慮を払つてしかるべきである。
ことに昭和四一年以後梅子に対する扶養の義務(梅子の就職中の期間を除く)を果していないことをも勘案し,二郎の梅子に対する財産分与の額を一五〇〇万円と定める。
二郎は現に開業医として医院を経営中であり,医学博士の学位も梅子との同棲中に取得し得たことも配慮して然るべきである
※大阪高判昭和52年12月28日

9 公務員の収入の安定性を抽象的に考慮した審判例

専門職の資格から少し離れますが,公務員の収入の安定性考慮した審判例もあります。

<公務員の収入の安定性を抽象的に考慮した審判例>

而して上記認定のように,申立人と相手方との婚姻の期間が一五年以上(内縁関係を含めれば一六年七箇月)にも及ぶこと,申立人が湯所町の家屋を建築し得たことについては申立人の父が敷地を提供し,申立人の妹が資金の一部を貸与すを等申立人の親族の尽力があつたこと,上記家屋中店舗の部分(五坪五合位)の建増は申立人の出捐によつたものであること,相手方は公務員として生活が安定し未だ壮年で将来の財産取得能力があるに反し,申立人は現在の営業を維持するほか格別の財産取得を望み得ないこと,申立人は三人の子について監護教育の義務を負担しており,調停で定められた月額三,〇〇〇円程度の学資援助費では到底充分な監護養育の実を挙げ得ないこと,将来の再婚も相当困難であること等の事情を考えると,申立人は相手方に対し,相当多額の財産分与を求め得ること明かである。
※鳥取家審昭和39年3月25日

10 専門職の資格の財産分与(まとめ)

以上のように,清算的財産分与の中で,専門職の資格をどのように扱うか,ということについては統一的な見解はなく,実際の裁判例としても計算方法を指摘したものはみあたりません。
結局,総合的な判断の中で考慮する(反映する)1つの事情となることがある,というにとどまります。逆にいえば,主張・立証のやり方次第で,大きく反映させることができることもある,といえます。

11 高額所得者の離婚における財産分与割合(参考・概要)

資格の価値とは別の問題として,夫婦の一方の収入が大きい場合には,財産分与割合として通常の2分の1を使うのは不合理となるので,別の割合を用いるということもあります。このことについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|財産分与割合は原則として2分の1だが貢献度に偏りがあると割合は異なる

本記事では,専門職の資格が,清算的財産分与の中でどのように扱われるか,ということを説明しました。
実際には,個別的事情によって,法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に夫婦の一方(両方)が専門職を有しているケースで夫婦の対立に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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