【結婚・恋愛に関するフランス文化と法的判断への影響】
1 結婚・恋愛に関するフランス文化と法的判断への影響
2 不倫慰謝料の判例解説におけるフランス文化の指摘
3 結婚に詐欺はつきものというフランス文化
4 フランス文化の離婚請求の判断への影響(概要)
5 フランスにおける恋愛の起源(騎士道恋愛=不倫)
6 フランスにおける結婚と恋愛の分別
7 フランスに恋愛スキャンダルがない主な理由
8 文化・価値観の尊重と法律の適用
1 結婚・恋愛に関するフランス文化と法的判断への影響
日本の裁判の判断(日本の法律の解釈)の中で,結婚や恋愛に関するフランスの文化・価値観が考慮されるシーンがあります。
具体的には,いわゆる不倫の慰謝料の判断や,離婚を認めるかどうか(離婚原因)の判断です。
本記事では,このことについて説明します。
2 不倫慰謝料の判例解説におけるフランス文化の指摘
(日本の判例の)判例解説の中で,結婚や恋愛に関するフランス文化は日本とは異なるため,いわゆる不倫(不貞)の慰謝料の訴訟・判例自体がないということが指摘されています。
そもそも不倫の不法行為責任に関しては,日本でも,価値観の違いが,法解釈の違いとして現れています。日本でも,フランス文化同様に,不法行為責任を否定する見解もあります。
<不倫慰謝料の判例解説におけるフランス文化の指摘>
あ 判例解説の引用
棚沢直子=草野いづみ・「フランスにはなぜ恋愛スキャンダルがないのか?」p87〜97,233〜240は,フランスにおいて不貞が社会的なスキャンダルにならない理由として,恋愛は一七世紀のフランスの宮廷文化の中心に位置していたのであるが,その恋愛の原型は「騎士道恋愛」(領主の妻など騎士よりも身分の高い既婚の女性である貴婦人に対して騎士の捧げる女性崇拝の愛)にあり,もともと不貞は貴族文化としての恋愛の原型であったこと,このような宮廷における貴族文化の柱が,現代においては,ジャーナリスト等の知識人によって受け継がれていることなどを指摘していて,興味深い。
不貞の相手方に対する損害賠償請求訴訟が提起されることがなく,判例もないのは,このような社会的背景にもよるのであろう。
※田中豊稿/『最高裁判所判例解説 民事篇 平成8年度』法曹会1999年p255,256
い 判例解説の対象の判例に関する記事(参考)
詳しくはこちら|夫婦の一方との性交渉が不法行為になる理論と破綻後の責任否定(平成8年判例)
う 不倫の不法行為責任に関する4つの見解
日本でも不倫の不法行為責任については見解が分かれている
結婚や恋愛に関する価値観の分布が法解釈に現れている
詳しくはこちら|不倫の責任に関する見解は分かれている(4つの学説と判例や実務の傾向)
3 結婚に詐欺はつきものというフランス文化
不倫とは別に,結婚(婚姻)についても,フランスは,日本との文化の違いが法律に現れています。それは,詐欺による婚姻取消の制度がないというところです。結婚に詐欺はつきものだという背景(文化)が指摘されています。
<結婚に詐欺はつきものというフランス文化>
あ フランス文化
フランスでは結婚にいくらかの詐欺はつきものといわれており,そのためフランス法では強迫による婚姻の取消は認めているが,詐欺による婚姻の取消を認めていない。
※青山道夫編『新版 注釈民法(21)親族(1)』有斐閣2004年p330
い 日本の法律(参考)
日本の民法では,詐欺による婚姻の取消の規定がある
※民法747条
詳しくはこちら|詐欺による婚姻の取消(基本)
4 フランス文化の離婚請求の判断への影響(概要)
結婚や恋愛に関するフランスの文化が,日本の法解釈に影響を与える(ことがある)もうひとつのシーンは離婚原因の解釈,つまり,離婚請求を認めるかどうかの判断です。
大雑把(乱暴)にいえば,フランス人の不倫は許容すべきだ,という考え方をとったように読める裁判例があるのです。これについては,国籍による差別として批判する指摘(見解)もあります。
詳しくはこちら|フランス人の有責配偶者からの離婚請求を認めた裁判例
5 フランスにおける恋愛の起源(騎士道恋愛=不倫)
以上のように,日本の法解釈の中で,フランスの恋愛や結婚の文化が登場することがあります。では,そのフランスの文化とはどんなものなのでしょうか。それは,前述の判例解説が紹介している著書の中で説明されています。
なんと,恋愛は騎士道精神からきているのです。恋愛は不倫から始まったのです。むしろ,恋愛は結婚とは別のものであった(後述)のため,恋愛とは結婚以外の男女交際だったのです。ただし,権力のある男性が複数の女性を囲うという,多くの国の歴史上みられる男女交際とは違い,女性1対男性複数という関係なのです。
<フランスにおける恋愛の起源(騎士道恋愛=不倫)>
あ 騎士道恋愛の本質
このような恋愛は,のちに“騎士道恋愛”と名づけられた。
騎士は,意中の貴婦人を理想化する。
恋愛は,騎士にとって,試練を自分に課し,精神を高めていく行為だった。
貴婦人と騎士の関係は主人と下僕であり,恋のためには,命をも投げ出す純粋さを持つことが騎士の美徳とされた。
い 騎士道恋愛の節度
この献身的な愛に対する見返りは,意中の女性から与えられる何がしかの好意的な表現である。
女性は騎士にそうした表現で勇気を与える。
貴婦人から愛の言葉が返ってきたり,接吻や抱擁にまで至れば,それは至福とされた。
騎士道恋愛では,最後の一線を越えないことが節度とされたが,それが破られることもしばしばだった。
う 恋愛と結婚の違い
この騎士道恋愛が西欧的な恋愛の原型である。
つまり,フランスの恋愛とは,もともと「不倫」であり,結婚とは相入れないものだったというわけだ。
※棚沢直子ほか著『フランスには,なぜ恋愛スキャンダルがないのか?』はまの出版1996年p90,91
6 フランスにおける結婚と恋愛の分別
フランスは,文化レベルで,結婚と恋愛は別のものとされているようです。さらに,文化レベルを超えて,1174年の判決でも結婚と恋愛は別という見解が採用されています。
当時は,結婚制度の内容(目的)は,財産の承継であるという位置づけだったのです。
実は現在の日本の法律でも婚姻契約の法的効果は財産(収入)を分けるという単純なものであって,古いフランスの結婚制度と変わりはないと言えるのですが。
<フランスにおける結婚と恋愛の分別>
あ 世論
当時,結婚は,封建制の下で家と財産を継承するための取り決めであり,自分で決めることではなかった。
またキリスト教倫理の下では,一度結婚したら,やめることのできない義務だった。
だから,恋愛と結婚は別,ということになる以外はなかった。
※棚沢直子ほか著『フランスには,なぜ恋愛スキャンダルがないのか?』はまの出版1996年p91
い 裁判所の判断(判決)
法廷にかけられた問題は,たとえば,「真の恋愛は結婚したものの間にも存在しうるか?」。
これに対するマリ・ド・シャンパーニュ伯爵夫人の判決は,「結婚したふたりには恋愛の権利は失われる。なぜなら,恋する者は,無償に与え合うものであるが,夫婦は,何事も拒み得ないという義務により結ばれているから」(1174年5月3日)というものだった。
※棚沢直子ほか著『フランスには,なぜ恋愛スキャンダルがないのか?』はまの出版1996年p94
7 フランスに恋愛スキャンダルがない主な理由
以上のように,恋愛や結婚に関して,日本とフランスでは文化(社会全体が持つ価値観)が大きく違います。文化の違いが現れるのが,恋愛スキャンダルです。
日本では有名人の「不倫」は大きな話題 (スキャンダル)になりがちです。多くのニュースが流れるので,これが普通だと思ってしまいます。しかし世界共通の価値観ではないのです。
フランスでは「不倫」がスキャンダルにはならないということです。まさに社会全体の価値観(=文化)が違うのです。違いの理由はひとことでは言えませんが,あえて要約すると,崇高なものとして始まり,広まった宮廷の恋愛の一方が既婚者であり,その後の歴史でこの価値観が変わらず現在まで承継されているということになるかもしれません。
<フランスに恋愛スキャンダルがない主な理由>
あ 不倫起源の恋愛
③恋愛の起源は不倫だった
12世紀のフランスに忽然と起こった恋愛高揚のパターンは,女1男2の不倫だった。
結婚制度という越えられないハードルの向こう側にいる女性に憧れ,崇めることで精神修行をする騎士。
恋愛は,単なる性の結びつきを超えた,高い精神的営みとされた。
17世紀の宮廷社会では,さらに恋愛に趣味的,文化的な香りが加わった。
フランス文化の源流たらんとする宮廷では,文化を創造するために男女の恋愛が必要だった。
その恋愛もまた,騎士道パターンの既婚の女1男2。
宮廷はキリスト教道徳と無関係な世界であり,洗練された貴族文化の象徴として受け継がれていった。
「不倫」はまさに文化の主流にあり,スキャンダルどころではない。
い 恋愛文化の尊重
④恋愛文化・恋愛芸術は守らなければならない
フランスでは,恋愛は常に文化・芸術の源泉であった。フランスの恋愛は,ただするだけでなく,「ふたりで追いかける蝶々」のように,ふたりして観念的につくりあげるものである。
現代の恋人たちは,宮廷の庭園を散歩するように,都会を散歩し,ふたりの会話を楽しむ。
恋愛は,フランス文化の柱であり,現代においては,恋人たちだけでなく,知識人やジャーナリストなど「知的貴族」がこの伝統の守り手となっている。
「結婚」よりも「恋愛」の価値を守る彼らは,恋愛をスキャンダルにするはずがない。
う 結婚制度の欺瞞性
⑤「夫婦愛」の神話はたかだか200年
フランス革命以降,貴族にかわって権力を握ったブルジョワの恋愛・性愛倫理は,ルソーに代表されるような,一夫一婦制のもとの「夫婦愛」。
だがこの中身は,「妻は夫に従属する」というもので,同伴者とはいっても,女は男と対等ではない。
ブルジョワ道徳を守ろうとすると,女が不利益をこうむることが多い。
ところが,男たちへのブルジョワ道徳の適用は,はなはだ甘い。
だから,13世紀の政治家(男)たちは,不倫をスキャンダルにしないで,多く楽しんできたに違いない。
1968年5月革命とウーマン・リブが,結婚制度と「夫婦愛」の欺瞞性を告発した。
その結果,結婚制度は崩壊し始め,結婚の枠に収まらない恋愛は当たり前になった。
「夫婦愛」の神話は,たった200年しか続かなかった。
結婚制度が崩壊し始めた今,恋愛スキャンダルは,ますます起こらない。
え 結婚制度の衰退=恋愛至上主義
⑥結婚の衰退にともない,ますます恋愛が中心に
「結婚」が意味を持たなくなり,ユニオン・リーブルなどの脱結婚化が進んだ。
「ソロ」という新しいカップル形態もまた,さらに,広がるかもしれない。
男女がより対等になることにより,生活のために結婚を維持する必要がなくなり,恋愛の自由化が女主導で進んでいる。
結婚のための恋愛でなく,恋愛のための恋愛,一緒にいることに愛以外の理由はいらない,という新しい恋愛至上主義が生まれつつある。
とすれば,今後とも,フランスで恋愛スキャンダルは起こるはずがないことになる。
以上のような理由によって,フランスでは恋愛スキャンダルが成立しない。
今後もそうあり続けるだろうと結論できる。
※棚沢直子ほか著『フランスには,なぜ恋愛スキャンダルがないのか?』はまの出版1996年p236〜239
8 文化・価値観の尊重と法律の適用
もともと価値観というものは,正解,不正解ということを決められるものではありません。たとえば,「過去の悪しき慣習をひきずっている」と単純に否定できるわけではありません。
少なくとも,日本の法律,日本の裁判所では,日本の文化を基準として法律の解釈や適用をするのが基本です。
この点,日本の裁判で,当事者がフランス人であった場合は,フランス人が持つ価値観(文化)を,日本の裁判所が尊重するかどうか,ということが問題になります。この問題は理論的に正解を出せない悩ましい問題となります(前述)。
本記事では,結婚や恋愛に関する,フランスの文化と,それが(日本の)法律の解釈や適用にどのように影響するか,ということを説明しました。
実際には,個別的事情によっては,法律判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に夫婦や男女関係に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。
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