【夫婦財産制の性質(別産制)と財産分与の関係(「特有財産」の2つの意味)】
1 夫婦財産制の性質(別産制)と財産分与の関係(「特有財産」の2つの意味)
民法762条が夫婦財産制を、民法768条が財産分与を定めています。このふたつの関係が少し複雑で、実務の中でも誤解が生じやすいところになっています。本記事では、夫婦財産制の性質と、夫婦財産制と財産分与の関係について説明します。
2 条文規定
最初に、民法のふたつの条文を押さえておきます。
民法762条では、夫が自己の名で取得した財産は特有財産とすることになっており、768条では、夫婦の協力で得た財産は財産分与の対象となるということが定められていることが分かります。
条文規定
あ 民法762条
(夫婦間における財産の帰属)
第七百六十二条 夫婦の一方が婚姻前から有する財産及び婚姻中自己の名で得た財産は、その特有財産(夫婦の一方が単独で有する財産をいう。)とする。
2 夫婦のいずれに属するか明らかでない財産は、その共有に属するものと推定する。
い 民法768条
(財産分与)
第七百六十八条 協議上の離婚をした者の一方は、相手方に対して財産の分与を請求することができる。
2 前項の規定による財産の分与について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、当事者は、家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができる。ただし、離婚の時から二年を経過したときは、この限りでない。
3 前項の場合には、家庭裁判所は、当事者双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮して、分与をさせるべきかどうか並びに分与の額及び方法を定める。
3 夫婦財産制の性質(別産制)
民法762条の規定を具体例を元に説明します。夫が給与として得た金銭は、夫婦の協力によって得たことになりますが(後述)、あくまでも夫個人として勤務先から得たものなので、夫の(特有)財産となるというのが、民法762条の一般的解釈です。これを別産制といいます。
夫婦財産制の性質(別産制)
あ 立法者見解
ア 立法者の説明
立法者は、共有財産制を採った場合、共有財産の管理者の問題や、夫の事業の債務について、妻にも責任が生じれば、妻の保護にはならないとして、別産制の採用が最も良い、夫婦の財産は2人の協力によってできたものであるとの趣旨は、婚姻解消時である離婚の際の財産分与の新設(768条)や配偶者相続権(890条・900条)により示されていると説明している
※最高裁判所事務総局編『民法改正に関する国会関係資料』/『家庭裁判資料34号』1953年p269、270
※犬伏由子『婚姻中取得財産の分配と夫婦財産制』/『法研88巻3号』2015年p11
イ 読み取り
立法経緯からは、婚姻中の夫婦の協力による取得財産の清算は、本条の夫婦財産制の枠外で、婚姻解消時に、財産分与あるいは配偶者相続権によって果たされることになる。
※二宮周平編『新注釈民法(17)親族(1)』有斐閣2017年p259
い 判例
法762条1項の規定をみると、夫婦の一方が婚姻中の自己の名で得た財産はその特有財産とすると定められ、この規定は夫と妻の双方に平等に適用されるものであるばかりでなく、所論のいうように夫婦は一心同体であり一の協力体であつて、配偶者の一方の財産取得に対しては他方が常に協力寄与するものであるとしても、民法には、別に財産分与請求権、相続権ないし扶養請求権等の権利が規定されており、右夫婦相互の協力、寄与に対しては、これらの権利を行使することにより、結局において夫婦間に実質上の不平等が生じないよう立法上の配慮がなされて(いる)
※最大判昭和36年9月6日
う 通説
通説(・判例)は、民法762条は別産制を採用したものと理解している
※二宮周平編『新注釈民法(17)親族(1)』有斐閣2017年p260
4 別産制説の内容
前述のように、判例も多くの学説も民法762条を別産制を定めたものとして解釈しています。夫名義で得た財産は夫に帰属する、という個人主義を元にする考え方です。
ところで民法762条2項は夫婦の共有と推定することが規定されています。この位置づけは、単に、証拠上夫名義か妻名義か判明しない場合に共有として扱うという証拠法レベルのルールということになります。
別産制説の内容
あ 民法762条の解釈(別産制の内容)
民法762条1項の特有財産に含まれる、婚姻中に「自己の名で得た財産」とは、一般財産法上の主体名義人として取得した財産を指し、積極財産だけではなく消極財産(債務)も含まれる。
夫や妻が契約あるいは不法行為等の当事者となって取得した権利義務が、夫あるいは妻の特有財産(個人所有財産)ということになる。
婚姻生活が経過する中では、このような取得の経緯が曖昧になり、いずれの特有財産であるかを明らかにできない場合に備えて、2項が、夫婦の共有財産と推定したものと理解する。
い 民法762条2項の意義
民法762条2項は、夫婦の財産ではあるが、夫または妻のいずれの特有財産かを証明できないという場合に、夫婦の共有財産と推定する証拠法上の規定ということになる。
別産制説によれば、2項は、実体法上の権利帰属の根拠規定となるとは考えられない。
※二宮周平編『新注釈民法(17)親族(1)』有斐閣2017年p260
5 清算的財産分与の意味と趣旨(参考)
民法762条の解釈では、夫婦の協力で得た財産であっても、形式的に夫名義であれば夫に帰属する(特有財産となる)ことになります。これだけを読むととても不公平です。もちろんこの不公平への手当はあります。そのひとつは離婚の時の(清算的)財産分与です。
夫婦の協力により得たといえる財産であればどちら名義であっても分与の対象となります。このような最終的な清算が用意されていることにより、別産制をとっても問題ない、という言い方もできます。
清算的財産分与の意味と趣旨(参考)
あ 清算的財産分与の意味
清算的財産分与とは、婚姻中に「夫婦の協力により得た財産」(民法768条3項)を離婚の際に清算すべきとするものである。
い 清算的財産分与の趣旨
清算的財産分与は、財産分与の中核的要素であり、婚姻中の夫婦が、経済的にも協力して婚姻共同生活を維持発展させてきたにもかかわらず、その共通の成果を、法定夫婦財産制である別産制のルールに従い、一方が独占することは、夫婦の平等・夫婦間の衡平に反することになるから、離婚の際にその分配を認めるものである。
※大伏由子稿/二宮周平編『新注釈民法(17)』有斐閣2017年p397、398
6 夫婦財産制と清算的財産分与の関係
前述のように、夫婦財産制として別産制をとることと、清算的財産分与の制度は密接に関係しています。
この両者の関係の説明のしかたはいろいろとあります。財産分与は夫婦財産制の枠外にあるという説明や、形式的には夫名義であっても実質的・潜在的には夫婦共有財産を財産分与で清算する、というような説明があります。
夫婦財産制と清算的財産分与の関係
あ 判例
ア 昭和36年判例
夫婦間の実質的平等は、婚姻解消の際に、夫婦財産制の枠外で定められた財産分与請求権(あるいは配偶者相続権)の規定によって果たされる
※最大判昭36年9月6日
イ 昭和46年判例
別産制を前提としつつ、清算的財産分与を「夫婦が婚姻中に有していた実質上共同の財産」の清算分配とする
※最判昭和46年7月23日
い 条文規定からの読み取り
(昭和36年判例について)ただし、財産分与、あるいは、配偶者相続権が、直截的に婚姻中の協力による取得財産の清算制度と位置づけられているわけではなく、民法768条においても、婚姻中の法定別産制と清算的財産分与の理論的接合関係は明確とはいえない
※犬伏由子『婚姻中取得財産の分配と夫婦財産制』/『法研88巻3号』2015年p16
う 通説的見解による説明の例
(別産制を前提として)
潜在的持分を離婚の際に財産分与として請求しうる
夫婦共同生活中に夫婦が協力して取得した実質的共有財産を離婚の際の財産分与において清算する
※大伏由子稿/島津一郎編『新版 注釈民法(22)親族(2)』有斐閣2008年p194、195
え 大村敦志氏による説明→潜在的な共有制
日本の夫婦財産制は、法定財産制に関する規定をみる限りは、婚姻費用の分担や日常家事債務の連帯責任など夫婦の共同性を考慮に入れた最低限の規定を備えてはいるものの(民760条、761条)、基本的には、夫婦の財産関係を独立のものとしてとらえる別産制であるようにみえる(民762条1項)。
しかし、夫婦の財産関係を規律するのは、実は、夫婦財産制だけではない。
婚姻の解消時に財産関係を調整する規定が、このほかにも存在するからである。
離婚時の財産分与(民768条)と死亡時の配偶者相続権(民890条、900条)がそれである。
夫婦の財産関係を規律する規範を全体としてとらえるためには、これらをあわせてみる必要がある。
そして、これらの規定を視野に入れるならば、日本における夫婦の財産関係は、婚姻継続中は別産であるが、婚姻解消時には夫婦財産が共有であるかのような清算がなされる、潜在的な共有制であると理解することもできるのである。
※大村敦志著『家族法 第3版』有斐閣2010年p61
お 財産分与審判の態様からの読み取り
(財産分与審判における)現物分与の捉え方(後記※1)は、清算的財産分与を実質的共有あるいは潜在的持分の清算とみる見解を前提としつつ、審判による権利関係の具体的形成という手続法を媒介に、法定別産制と清算的財産分与の接合をはかろうとするものと考えられる。
※大伏由子稿/二宮周平編『新注釈民法(17)』有斐閣2017年p398
7 財産分与請求権の性質と家事審判の給付の対象
ところで、財産分与請求権の法的性質は形成権であり、もともと潜在的な財産が、権利行使によって具体化すると解釈されています。具体的な審判の結果としては、実質的な夫婦共有財産の範囲内の財産を、夫婦の一方に給付する(帰属させる)という手法がとられています。
このような解釈や仕組みからも、別産制と財産分与が接合されているという見方ができます(前記)。
財産分与請求権の性質と家事審判の給付の対象(※1)
あ 財産分与請求権の性質
実質的共同財産の清算分配は、当事者間の協議あるいは審判により具体化される
財産分与請求権は形成権である
※最判昭和55年7月11日
い 家事審判の内容(給付命令・現物分与)
ア 給付内容
家事審判では給付命令によって財産分与が具体化され、金銭だけではなく、現物分与も命じうる
※家事事件手続法154条2項4号
イ 現物分与の対象
家裁実務では、清算的財産分与に関する現物分与の対象を、実質的共同財産に限定している
※沼田幸雄『財産分与の対象と基準』/『新家族法実務大系Ⅰ』p486
※大伏由子稿/二宮周平編『新注釈民法(17)』有斐閣2017年p398
8 対内的・対外的関係に整理する説明
少し違う角度からの説明もあります。
民法762条(別産制)は対第三者(対外的)の関係であり、民法768条(財産分与)は夫婦間(対内的)の関係のルールである、という説明です。
対内的・対外的関係に整理する説明
あ 有地亨氏見解
・・・すなわち、民法762条によって夫婦の財産の帰属と第三者との関係(対外的関係)が規定され、家族内部の夫婦間の協力によって婚姻中に得た財産の帰属(対内的関係)は768条によって規定されるということになり、762条は対外関係における夫婦の財産の個別的帰属の原則を示した規定にすぎないという解釈をとりたい。
※有地亨稿/青山道夫ほか編『新版 注釈民法(21)親族(1)(復刊版)』有斐閣2010年p466
い 要件事実マニュアル
民法762条1項「・・・特有財産・・・」は、第三者との関係を定めたものである
※岡口基一著『要件事実マニュアル5 第6版』ぎょうせい2020年p151、152
9 婚姻中に共有持分権の具体化を認めたと読める裁判例(参考)
以上のように、一般的な見解(通説)は、婚姻中(財産分与がされていない段階)では、夫婦共有財産の「共有」は内部的かつ潜在的なもので、具体的な権利ではない、と捉えます。これに対して、財産分与をしない段階でも共有持分権が具体化する、という見解を採用した(ようによめる)裁判例もあります。マイナーな見解であり、一般的なものではありませんが、別の記事で紹介しています。
詳しくはこちら|妻による夫名義の預金の引き出しを不法行為と位置づけた裁判例
10 「特有財産」の2つの意味
実務の中で誤解や混乱が生じる用語として「特有財産」があります。大きく異なるふたつの意味で使われるのです。
民法762条によると、夫の給与収入は「夫の特有財産」です。
しかし、実際の財産分与の場面では、「夫の特有財産だから財産分与の対象ではない」というフレーズをとてもよく使います。この文脈では、夫の給与収入は「夫の特有財産」ではありません(夫婦共有財産です)。
実はこの2つの場面(民法762条(別産制)と民法768条(財産分与)では、同じ「特有財産」が違う意味で使われているのです。このことを理解していないと実務において最適な主張・立証ができないことにつながりかねません。
「特有財産」の2つの意味
あ 離婚判例ガイド
ア 民法762条の「特有財産」
日本の民法は、夫婦別産制を採用しており、各自の稼働所得およびそれにより購入した不動産株預金など、同居中自己の名で得た財産は、すべて夫婦それぞれの「特有財産」(夫婦の一方の財産)となり(民762条1項)、対第三者との関係では、実際に対価を提供した者に帰属する(最判昭34・7・14民集13巻7号1023頁)。
イ 清算的財産分与における「特有財産」
一方、実務では、分与対象とならない財産、例えば、婚姻前から有する財産婚姻中に得た財産でも相続や親族からの贈与により得た財産等を、「固有財産」あるいは「特有財産」と称することがある。
※二宮周平ほか著『離婚判例ガイド 第3版』有斐閣2015年p96
い まとめ(当サイト)
ア 民法762条の「特有財産」
民法762条1項(夫婦財産制)の「特有財産」は、対外的(第三者との)関係についてのものである
「夫の給与収入(による夫名義の預貯金)」は「夫の特有財産」である
→妻の債権者が差押をすることはできない
(財産分与の対象財産となることとは関係ない)
イ 清算的財産分与における「特有財産」
(清算的)財産分与における「特有財産」は、対内的関係(夫婦間)についてのものである
(婚姻中の)「夫の給与収入(による夫名義の預貯金)」は「夫の特有財産」ではない、夫婦共有財産である→財産分与の対象財産である
(妻の債権者が差押をすることができないこととは関係ない)
11 配偶者名義の預貯金の情報開示(参考)
ところで、配偶者名義の預貯金の内容を調査したい、という局面はよくあります。第三者の預貯金なので、金融機関は開示に応じないのが原則です。しかし、以上で説明したように、実質的・潜在的には夫婦の共有という性質があります。開示を求める必要性をしっかりと示せるケースでは、配偶者名義の預貯金の残高証明や取引履歴の取得ができることもあります。このような調査については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|弁護士会照会による預貯金に関する情報開示(対応の傾向・実情)
本記事では、夫婦財産制(別産制)の性質と、別産制と財産分与の関係について説明しました。
実際には、個別的な事情によって、法的解釈や最適な対応方法は違ってきます。
実際に財産分与などの夫婦間の財産に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。
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