【詐欺による婚姻の取消(基本)】
1 詐欺による婚姻の取消(基本)
詐欺による婚姻の取消という制度(手続)があります。簡単にいうとだまされて結婚したということになりますが,実際に取消が認められることはあまりありません。
本記事では,詐欺による婚姻の取消の基本的な内容を説明します。
2 詐欺(強迫)による婚姻取消の条文
最初に,詐欺による婚姻の取消を規定する条文を押さえておきます。婚姻の取消は家庭裁判所の手続(調停・審判)として行います。そして,だまされたことが分かってから3か月,という期間制限があります。
詐欺(強迫)による婚姻取消の条文
第七百四十七条 詐欺又は強迫によって婚姻をした者は,その婚姻の取消しを家庭裁判所に請求することができる。
2 前項の規定による取消権は,当事者が,詐欺を発見し,若しくは強迫を免れた後三箇月を経過し,又は追認をしたときは,消滅する。
※民法747条
3 詐欺取消の判断基準(傾向)
詐欺による婚姻として取消が認められるのはどのようなケースか,ということですが,多少だまされた程度では認められません。
相手の気を引くために多少騙すことは普通のことだ,という考えが背景になっているのです。病歴,異性関係,前科などについて嘘の説明があったとしても(後から嘘だということが発覚しても)婚姻の取消とはならない傾向があるのです。
詐欺取消の判断基準(傾向)
あ 錯誤のレベル
詐欺によって婚姻が取り消される場合とは,詐欺によって生じた錯誤がいわゆる要素の錯誤であって,かつ錯誤の程度の重い場合をいうものと解すべきである。
婚姻は財産上の取引のごとく細微にわたって計算して行われるものではないから,軽微な錯誤は考慮にいれるべきでなく,錯誤の程度が重くなければ取消原因とすべきではない。
い 軽い詐欺の許容傾向
事実,一般に婚姻の成立を希望するため,当事者の親族や仲立人あるいは当事者自身が,事実を誇張したり,不利な事実をかくし,あるいは心にもない虚偽な事実を述べることは,しばしば見られるし,またやむをえない場合があるかもしれない。
したがって,詐欺による婚姻取消はきわめてかぎられた場合,いいかえれば,欺罔行為が相当強度に違法性をもつ場合で,しかもそれによって生じた錯誤が一般人にとっても相当重要なものとされる程度の場合にのみ認むべきである。
・・・婚姻の成立に若干の誇張や虚偽はつきものであるが,誇張を信じ,あるいはかくされた事実を知らずに婚姻したとしても,婚姻する意思はあったのであるから,婚姻後,虚偽が発見されたとしても,そのことによって婚姻を取り消すべきでなく,むしろ発見された事実によって婚姻を継続し難いのであれば離婚の手続によるべきであろう。
う 典型的な虚偽説明
問題は,病歴や異性との関係,前科の有無等を偽った場合であるが,これらの場合でも直ちに詐欺になるとはいい難く,当面の婚姻生活の維持が不可能の場合のみにかぎるべきであろう。
※青山道夫編『新版 注釈民法(21)親族(1)』有斐閣2004年p329,330
4 精神異常を隠した→取消肯定裁判例
実際に裁判所が判断した事例を紹介します。まず,過去に精神異常で入院したことがあることを隠していたケースです。裁判所は,婚姻の取消を認めました。ただ,この結論については批判もあります。
精神異常を隠した→取消肯定裁判例
あ 要点
Aは,婚姻前の数か月間,精神異常のため入院加療していた
第三者が,Bに,この事実を隠して,A・Bの婚姻を慫慂し成立させた
裁判所は,詐欺による婚姻として取り消しを認めた
※東京地判昭和7年2月26日
い 批判
(「あ」の裁判例について)その当否がはなはだ疑わしい。
※青山道夫編『新版 注釈民法(21)親族(1)』有斐閣2004年p329
5 年収水増し→取消否定裁判例
夫が薬剤師であり月収90円(現在の26万円程度)以上であると聞いていたけれど,後から”薬局勤務だが薬剤師ではなく,月収70円(現在の20万円程度)だと判明したというケースです。
裁判所は取消を認めませんでした。
年収水増し→取消否定裁判例
媒酌人は,女性Bに「Aは薬剤師の免許を有し月収90円以上ある」と説明した
Bはこれを信じてAと婚姻した
裁判所は,詐欺による婚姻とはいえない,として取消を認めなかった
※東京控判昭和13年6月18日
6 年齢サバ読み→取消肯定裁判例(概要)
52歳の女性が「24歳」であると嘘を言っていたケースで,婚姻の取消(と慰謝料50万円)を認めた裁判例があります。これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|婚姻の無効や取消は明確な理由が必要(年齢サバ読み詐欺を認めた裁判例)
7 婚姻無効・離婚による婚姻の解消(参考)
以上の説明は婚姻届を出すことは理解していたことが前提です。この点,たとえば無断で婚姻届にサインや押印をされて,知らない間に婚姻届がなされていたような場合は,婚姻意思がないため,(取消ではなく)無効です。
詳しくはこちら|婚姻の実質的意思が婚姻届提出の時まで維持していないと無効になる
一方,婚姻届を自身で役所に出したあとに,だまされたことが判明した場合でも,取消が認められない傾向があります(前述)。その場合は,離婚によって夫婦関係を解消することになります。離婚の場合は,一方が応じないとそう簡単に成立しません。離婚訴訟で,裁判所に離婚原因があると認めてもらうことが必要になるのです。
詳しくはこちら|離婚原因の意味・法的位置付け
8 フランス文化と詐欺の許容(参考)
ところで,フランスの法律では,詐欺を理由とした婚姻の取消の制度自体がありません。これは,自由な恋愛を尊重する文化が背景にあるからかもしれません。
詳しくはこちら|結婚・恋愛に関するフランス文化と法的判断への影響
本記事では,詐欺による婚姻の取消の基本的なことを説明しました。
実際には,個別的な事情によって,法的判断や最適な対応方法が違ってきます。
実際に,夫婦の間の問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。
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