【財産分与の清算金として土地の無償使用の価値を算定した裁判例(昭和39年鳥取家審)】

1 財産分与の清算金として土地の使用借権の価値を算定した裁判例(昭和39年鳥取家審)

離婚の際の財産分与として、たとえば夫に不動産を分与した場合、妻にはその分、別の財産を分与することになりますが、他の財産がなければ夫がその不動産の価値の半額を支払うことで公平になります。
詳しくはこちら|清算的財産分与の具体的分与方法のバリエーション(現物分与の対象・債務負担など)
このような手法を採用した実例で、建物の敷地の利用権原について、借地権がある場合とない場合の中間の金額をとった、という変わった裁判例を紹介します。

2 申立人が取得する判断

この事案では、夫婦の財産(実質的な夫婦共有財産)は、ほぼ建物だけ、というシンプルな状態でした。裁判所としては、建物自体をどちらに分与するのが妥当か、というところから決める必要があります。これは容易に判断できました。この建物に申立人と3人の子供が居住していて、かつ、営業もしていたのです。申立人に分与するのが合理的です。もちろんこのままでは不公平なので、申立人が相手方に一定の対価を支払う(裁判所の決定としては債務を負担させる)、ということが前提です。

申立人が取得する判断

あ 相当性→居住により肯定

むしろ申立人が現在上記湯所町の建物に三子とともに居住し、ここを生活並びに営業の本拠としている事実にかんがみ現物たる上記建物を以て分与せしめるのが最も妥当である。

い 公平性→対価(超過額)の債務負担

ただ然し上記建物は当事者の婚姻中に取得された財産の殆んどすべてでこれを申立人に分与してしまえば、相手方は婚姻中に取得し得た財産の殆んどを失うことになり(この建物を建築するについては諸方より借財したのであり申立人の妹に対する借金も未済である)、相手方に対して酷であると謂わなければならない。
そこで本件建物の価額のうち、適正な分与額を超過すると認められる部分については、これを申立人より相手方に償還せしめる方法を採ることとする。
※鳥取家審昭和39年3月25日

なお、このように、誰に取得させるかという判断で相当性と(実質的)公平性を基準(要件)とする枠組みは、共有物分割(の全面的価格賠償)では確立した理論となっています。
詳しくはこちら|共有物分割における全面的価格賠償の要件(全体)
さらに、実際に占有(居住や営業)をしている者が取得する、という扱いも、共有物分割(全面的価格賠償)ではメジャーな判定基準となっています。
詳しくはこちら|全面的価格賠償の相当性が認められる典型的な事情

3 差額(精算金)負担方式(一般論)→肯定

次にこの裁判例は、一般論として一方に差額分の支払義務を負わせる方式について、当時の規定の類推によって認められる、という判断を示します。

差額(精算金)負担方式(一般論)→肯定

財産分与は単純な贈与でなく、離婚に際し、実質上夫婦の共有に属する財産を、その潜在的持分に応じて清算することを本質とするものであるから、夫婦共有財産の分割に類するものであり、現物を分与することによつて正当なるべき分与額を超過することとなる場合においては、家事審判規則第四八条三項第一〇九条の類推により、現物分与を受ける者に金銭債務を負担させ、以て実質的な利益を正当なる分与額に合致せしめる方法も許されるものと解する。
※鳥取家審昭和39年3月25日

これについては、現行法では条文(家事事件手続法154条2項4号)として明文化されています。
いずれにしても、現在では現物分与に伴う差額分の債務負担という方式はよく使われる方式の1つとなっています。
詳しくはこちら|清算的財産分与の具体的分与方法のバリエーション(現物分与の対象・債務負担など)

4 清算金の算定の大枠部分

ここまでで、建物を申立人に分与することは決まりました。残るは申立人が支払う対価の金額を決めることです。
裁判所は、建物の評価は複雑なので後回しにして、最初に、夫婦の寄与割合という、分かりやすいところから決めることにします。特殊な事情はないものとして、夫婦で均等の寄与度がある、つまり、申立人も相手方も建物の価値の半分が取り分、ということにしました。その結果、建物を取得した申立人は建物の価値の半額分がもらいすぎになるので、その金額の支払義務を負うことになります。

清算金の算定の大枠部分

・・・申立人に負担せしむべき金銭債務(これを以下清算金と呼ぶ)の額は、上記建物の現在の価格の半額程度と認めるのが相当である。
※鳥取家審昭和39年3月25日

5 清算金の算定における敷地の利用権原と評価

以上で、建物の価値が金額として出せれば、清算金が決まるということになりました。
ここで、建物の価値の評価には問題がありました。それは、敷地(土地)は申立人の父Aの所有だったのですが、Aと夫婦の間で、たとえば土地の賃貸借契約などの取り決めが一切なかったのです(よくあることです)。
仮に賃貸借契約があれば、建物の価値借地権価格分が上乗せとなります。賃貸借も使用貸借も、とにかく契約がない、ということであれば敷地の利用権原がないので、上乗せはなし、という発想になります(実際にはそうなりません、後述)。
この事案では、借地権分を上乗せすべきだという主張と、上乗せはゼロだという主張が熾烈に対立していました。
結論として、裁判所は、その平均値(中間値)を採用しました。結論は安直ですが、夫婦の財産の法的性質などにも言及して理由を示しています。

清算金の算定における敷地の利用権原と評価

あ 権利関係

上記建物は前記のように申立人の父Nの所有する土地上に所在するが、Nと相手方との間に敷地の賃貸借契約はなく、申立人の父が娘婿のためであるとして無償で使用せしめていたものである。

い 申立人の主張→敷地の利用権原の価値はゼロ

そこで申立人は婚姻が解消した以上敷地の貸借関係は消滅したものであり、相手方の土地占有は不法であつて該建物は取毀家屋としての価格しかないと主張するに至つたのである。
よつて考えるに、本件の如き敷地の利用関係を民法上の使用貸借と呼ぶのが適当であるかどうかは別として、少くとも本件両当事者の婚姻の継続を前提として設定された貸借関係であることは疑なく、既にして前叙のような事情で婚姻が解消された以上、申立人の父においてその敷地の貸借関係を消滅せしめる権利を有するものであることはこれを認めざるを得ない。
従つて本件建物を相手方の所有財産として評価する限りにおいては、申立人の主張は正当である。

う 相手方の主張→借地権の価値がある

然し乍ら、このような観方は、単純に本件建物を相手方の所有財産として評価する限りにおいて正当であるが、本件建物を財産分与として相手方に取得せしめる関係において把握することになると必ずしも妥当でないのであつて、例えば本件建物を借地権なきままに取毀家屋として他の第三者に売却し、その売却代金の中から財産分与をする場合に較べれば、いかにも衡平を失する。
観点をかえれば、当該建物についてたまたま高価な買受人が現れたのだ、あるいは、借地権相当の価格は夫婦共有に属していた財産について価値多き分配方法を採つた結果生じた利益で事実上の利益でない、ないしは、この敷地利用権は実質上夫婦共有財産たる建物に付着していた権利で、共有財産の処分として把える限りにおいては借地権あるものとして評価してよい、というようなことも言えないではないであろう。

え 相対的に評価する方法の採用

そこで翻つて考えるに、財産分与にあたつて、現物たる財産はこのように必ず一義的に決定しなければならぬものであろうか。
財産分与請求権は審判によつてはじめて具体化される権利なのであり、その分与の額は一切の事情の集積によつて決定されるのである。
財産分与の額が論理的に先行し、然る後財産の評価が行われるのではない。
そうだとすれば当事者によつて価格が相異なる現物財産については、そのようなものとして価格を相対的に評価し、この点を一切の事情の一として考慮すれば足りるのではないか。
そのようにしたところで分与の価額を決定し得ないものではないと解する。
本件においては、相手方にとつては借地権なき建物を、申立人に対し借地権ある建物と同様のものとして(申立人と申立人の父との間には敷地の貸賃借関係はないが、格別の事情のない以上申立人の父において申立人に対し一方的に敷地の利用関係を消滅せしめる権利を有するものとは解されないから、借地権ある場合に準じて理解してよいであろう。)取得させることができる、というのが実体なのであるから、この実体をそのままに受け入れ、これを一切の事情の一として斟酌した上、清算金の額を定め、間接的にはこれによつて分与の額を定めれば足ると解する。
そこで以上のような観点に立つて清算金の額を定めることにする。

お 2つの立場による評価額

即ち本件建物は、申立人により借地権ある建物と殆んど同様であるから、八四万三、四〇〇円ないしはこれに近い価値があり、相手方にとつては借地権なき建物として六六万三、四〇〇円相当の価値がある。

か 結論→中間値を採用

そして精算金(注・清算金が正しいと思われる)の額を前者の半額と定めれば相手方において不相当に利益を得、後者の半額と定めれば申立人において不相当に利益を得、いずれも衡平に合しない。
それ故両価格の平均値をとり七五万三、四〇〇円なる価格を仮に設定し、その半額である三七万六、七〇〇円を以て清算金の額と定めることとする。
※鳥取家審昭和39年3月25日

6 現在の実務の主流→使用借権相当額の上乗せ(概要)

建物の評価で、親族から明確な取り決めなしで借りている土地の扱いが問題になることはとても多いです。現在の実務では、使用貸借契約があるとして扱い、一定の評価額を建物価値として上乗せする方法が一般的です。評価方法にはいくつかのものがありますが、たとえば更地価格の10%や20%程度として計算することがあります。
詳しくはこちら|土地の使用借権の評価額(割合方式・場所的利益との関係)
当記事の裁判例では、借地権(の価値)の半額を上乗せしたことになっているので、現在の実務の相場よりは高めに上乗せした、といえると思います。

本記事では、財産分与の清算金として土地の無償使用の価値を算定した裁判例を説明しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に夫婦の不動産など、離婚に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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【財産分与として不動産の共有関係を形成(創設)する理論と実例】
【共有者が決定した共有物の使用方法の事後的な変更(令和3年改正前)】

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