【財産分与の手続(審判・離婚訴訟)における財産の開示拒否への対応】

1 財産分与の手続(審判・離婚訴訟)における財産の開示拒否への対応

離婚の際の財産分与は、主に夫婦の協力でつくった財産を分けるというものです。
詳しくはこちら|財産分与の対象財産=夫婦共有財産(基本・典型的な内容・特有財産)
協議でまとまらない場合は、(離婚後の)家事審判か、離婚訴訟の附帯処分として裁判所が判断することになります。
詳しくはこちら|子の監護・財産分与・親権者を定める基本的な方法(協議・家事審判)
詳しくはこちら|離婚訴訟の附帯処分等(子の監護・財産分与・親権者)の申立と審理の理論
ここでは、財産の資料を出すと不利になる側が、なんとか開示を拒否しよう(隠匿しよう)というインセンティブが働きます。本記事では、このような開示拒否がどのように扱われるか、ということを説明します。

2 職権調査主義との関係→実務では当事者による開示が必要

ところで家事審判や人事訴訟では、通常の民事訴訟(弁論主義)と異なり、職権調査主義が採用されています。
詳しくはこちら|弁論主義と職権探知主義の基本
これは、裁判所が率先して証拠を集めるという理論ですが、実際の財産分与の手続では、当事者が資料を提出することが必須となっています。そこで、当事者の間で、資料の提出を要求する、それに対して、(資料が出ると不利になる側が)資料提出を拒否するという対立構造になります。

職権調査主義との関係→実務では当事者による開示が必要

あ 職権調査主義(前提)

財産分与の決定は審判事項であり、事実の調査や証拠調べ職権で行うとされている(職権調査主義。家事56条1項)。

い 実務→当事者による財産開示の必要性

しかし、清算的財産分与の対象財産や扶養(補償)的財産分与における当事者の収入・資力等について、裁判所自らが把握することには限界があるから、当事者双方が自ら財産開示を行う必要がある(家事56条2項。新田・前掲論文47頁、神野泰一「人事訴訟事件の審理(完)」東京家事事件研究会編372頁、二宮=榊原98頁)。
ただし、情報開示の法的義務や情報の真実性を担保する規定はない
※犬伏由子稿/二宮周平編『新注釈民法(17)』有斐閣2017年p406

3 民事訴訟以外における証明妨害ペナルティ規定→なし

ところで、通常の民事訴訟では、条文上のルールとして、資料(証拠)提出を拒否するなど、証明活動を妨害した当事者は不利に扱う規定があります。
詳しくはこちら|民事訴訟における証明妨害への対応(ペナルティ規定と一般的な証明妨害理論)
しかし、家事審判や人事訴訟については、そのような条文上のペナルティのルールはありません。

民事訴訟以外における証明妨害ペナルティ規定→なし

あ 家事審判・人事訴訟→ペナルティ規定なし

加えて、民事訴訟では、文書提出命令に反したときの真実擬制などのペナルティがあるが、人事訴訟や家事審判においては、証拠を開示しないことへのペナルティがなく、少なくとも条文上は証拠開示に応じない当事者に対する対策がとられていない。
※松谷佳樹稿『財産分与事件の審理の実情と課題』/『法の支配191号』日本法律家協会2018年p55

い 人事訴訟→ペナルティ規定なし

例えば、通常の民事訴訟においては、相手方が文書提出命令に従わない場合、民事訴訟法224条によって、当該文書の記載に関する申立人の主張を真実と認めることができるが、人事訴訟法19条1項によって、この民事訴訟法224条の適用が除外されているなど、任意に証拠開示に応じない者に対する対抗手段が制度的にはやや不十分となっているように感じられる。
この点は立法上の課題といえようが、実務においては、なるべく任意に証拠開示をしてもらうべく、訴訟指揮において苦心しているのが実情である。
※秋武憲一ほか編著『離婚調停・離婚訴訟 第4版』青林書院2023年p200

4 情報開示拒否への対応(基本)

では、財産分与の手続では、不利な資料を出さない方がよいのかというとそうではありません。情報開示を拒否する側を不利に扱う解釈があります。

情報開示拒否への対応(基本)

あ 弁論の全趣旨の活用→主張を真実とする

・・・正当な理由なく資産の開示を拒む場合においては、場合によっては、弁論の全趣旨によって、財産分与を申し立てた側の主張が真実であることを前提として財産分与の判断をすることもやむを得ないといえよう。
※秋武憲一ほか編著『離婚調停・離婚訴訟 第4版』青林書院2023年p205

い 証明度軽減

原則的には、分与義務者が保有する積極財産の存在は、分与を求める側に立証の負担があるが、分与義務者が立証に協力しない場合は、その立証の負担の程度を緩和するという方法で対応するのが適当であり、悪質な証拠開示拒否の事案などでは9(3)で述べたとおり弁論の全趣旨によって認定するということも考えられる。
※秋武憲一ほか編著『離婚調停・離婚訴訟 4訂版』青林書院2023年p207

5 預金の隠匿に関する具体的対応

(1)離婚調停・離婚訴訟→割合的認定

財産分与での資料提出の攻防で典型的なものは預金の開示(隠匿)です。預金の開示を拒否した場合の扱いについて、割合的な金額を持っているものと認定する、という方法があります。

離婚調停・離婚訴訟→割合的認定

あ 割合的認定

例えば、別居前に一方が共有財産である預金を引き出し、隠匿している可能性があるものの、その数額を確定するに足りる証拠がないというときに、従来の実務でも、例えば100万円の引き出しのうち、割合的心証(例えば心証度6割程度という前提で)として60万円を別居日に保持しているものと認定して判断するということをしていた。

い その他一切の事情としての考慮

さらに進めて、こうした事情を「その他一切の事情」として財産分与の判断要素として考慮することを提言している最近の論考があり、注目を受けている。(後記※1
※秋武憲一ほか編著『離婚調停・離婚訴訟 4訂版』青林書院2023年p210

(2)財産分与の審理・判断の在り方(提言)→弁論の全趣旨・一切の事情

たとえば原告が、「被告は100万円の預金を持っている」と主張しているケースで、被告が預金の開示を拒否した場合、原告の主張どおりに100万円を持っていると認定する扱いもあります。
また、具体的に「◯円を持っている」と認定はしないけれど、「一切の事情」として開示拒否側を不利に扱う、という扱いもあります。

財産分与の審理・判断の在り方(提言)→弁論の全趣旨・一切の事情(※1)

あ 弁論の全趣旨の活用

そこで、財産分与を申し立てた当事者が他方当事者名義の特定の財産が存在することを立証したにもかかわらず、他方当事者がその内容を開示しようとしない場合には、裁判所としては、弁論の全趣旨によって、他方当事者が主張する合理的な額を対象財産と認定する方法も考えられよう。
財産の名義人である他方当事者は、裁判所によるこのような認定を避けたければ、自己名義の当該財産を開示すれば足り、これ自体が容易なことであるから、開示しない態度を弁論の全趣旨で考慮し、少なくとも他方当事者が主張する財産額は存在するものと認定することも合理的であると解される。
また、裁判所は、他方当事者が対象財産はないと主張していたにもかかわらず、その後の調査
嘱託によって多額の対象財産の存在が明らかとなったという事情や、申立て当事者において、他方当事者名義の対象財産の存在やその程度について主張立証活動を行った結果
(例えば夫婦の総収入の推計、姻期間、子の数を含む夫婦の家族構成から婚姻期間中の生活費の撮計、このうち相手方の収入によって賄われた生活費部分の推計、調査嘱託等によって明らかになっている他方当事者の基準時財産の内容及び額などから、それ以外の他方当事者名義で存在することが推測される財産及び数額を推認した結果)
に基づき、他方当事者が他にも対象財産を隠匿していることが推認される場合には、隠匿していると認定できる額を財産分与対象財産として認定することも考えられる。

い 「一切の事情」としての考慮

そして、そこまでの認定が困難であっても、特段の事情がない限り、協力扶助義務のある夫婦においては、通常の契約関係と異なり、相手方が管理する夫婦の共有財産があることを示す直接証拠を有しないのが一般的であって、そのような夫婦間にあって、夫婦の共有財産を隠匿するという事態は、いわば夫婦間における信義則に反するものとして、「隠匿していると合理的に考えられるという事情」を「当事者双方がその協力によって得た財産の額」とは別の考慮事情として、「一切の事情」の一つとして財産分与の判断を行うことが考えられる。
※大門匡ほか稿『離婚訴訟における財産分与の審理・判断の在り方について(提言)』/『家庭の法と裁判10号』日本加除出版2017年7月p15

本記事では、財産分与の手続における財産の開示拒否への対応について説明しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に財産分与その他の離婚(夫婦)に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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