【財産分与に譲渡所得税が課税される(判例・通達)】

1 財産分与に譲渡所得税が課税される(判例・通達)

不動産や株式を売却した場合、値上がり分(キャピタルゲイン)について譲渡所得税が課税されます。
詳しくはこちら|不動産譲渡所得税の基本|譲渡所得額・取得費・譲渡費用の内容・税率
これに関し、離婚が成立した時に、財産分与として不動産や株式の名義が変わった場合にも、譲渡所得税が課税されるか、という問題があります。結論としては課税されるという判例が確立しています。本記事では、これについて、判例や通達を紹介しつつ説明します。

2 判例→課税あり

(1)昭和50年最判→課税あり

財産分与に譲渡所得税が課税されるかどうか、という解釈については、以前は両方の見解があり、確定的判断がありませんでした。これについて、昭和50年最判が、課税ありと統一しました。

昭和50年最判→課税あり

あ 経済的利益の有無→あり

そして、財産分与に関し右当事者の協議等が行われてその内容が具体的に確定され、これに従い金銭の支払い、不動産の譲渡等の分与が完了すれば、右財産分与の義務は消滅するが、この分与義務の消滅は、それ自体一つの経済的利益ということができる。したがつて、財産分与として不動産等の資産を譲渡した場合、分与者は、これによつて、分与義務の消滅という経済的利益を享受したものというべきである。

い 結論→譲渡所得発生

してみると、本件不動産の譲渡のうち財産分与に係るものが上告人に譲渡所得を生ずるものとして課税の対象となるとした原審の判断は、その結論において正当として是認することができる。
※最判昭和50年5月27日

(2)昭和53年最判→課税あり

その後、昭和53年最判も、昭和50年最判と同じ解釈を採用しました。といっても、実質的な理由は示さず、単に昭和50年最判の判断を引用しただけです。つまり、単純な踏襲ということです。

昭和53年最判→課税あり

所得税法三三条一項にいう「資産の譲渡」とは有償無償を問わず資産を移転させるいつさいの行為をいうものであり、夫婦の一方の特有財産である資産を財産分与として他方に譲渡することが右「資産の譲渡」にあたり、譲渡所得を生ずるものであることは、当裁判所の判例(最高裁昭和四七年(行ツ)第四号同五〇年五月二七日第三小法廷判決・民集二九巻五号六四一頁)とするところである。
※最判昭和53年2月16日

(3)平成元年最判→課税あり

さらに、平成元年最判も同じ判断を繰り返しています。

平成元年最判→課税あり

あ 財産分与の性質(前提)

この財産分与の権利義務の内容は、当事者の協議、家庭裁判所の調停若しくは審判又は地方裁判所の判決をまつて具体的に確定されるが、右権利義務そのものは、離婚の成立によつて発生し、実体的権利義務として存在するに至り、右当事者の協議等は、単にその内容を具体的に確定するものであるにすぎない。

い 経済的利益の有無→あり

そして、財産分与に関し右当事者の協議等が行われてその内容が具体的に確定され、これに従い金銭の支払い、不動産の譲渡等の分与が完了すれば、右財産分与の義務は消滅するが、この分与義務の消滅は、それ自体一つの経済的利益ということができる。
したがつて、財産分与として不動産等の資産を譲渡した場合、分与者は、これによつて、分与義務の消滅という経済的利益を享受したものというべきである。

う 結論→譲渡所得発生

してみると、本件不動産の譲渡のうち財産分与に係るものが上告人に譲渡所得を生ずるものとして課税の対象となるとした原審の判断は、その結論において正当として是認することができる。
※最判平成元年9月14日

3 所得税法基本通達→課税あり

最高裁判例が課税ありという判断を示したので、その後、通達にもその内容が反映されています。

所得税法基本通達→課税あり

(財産分与による資産の移転)
33-1の4 民法第768条《財産分与》(同法第749条及び第771条において準用する場合を含む。)の規定による財産の分与として資産の移転があった場合には、その分与をした者は、その分与をした時においてその時の価額により当該資産を譲渡したこととなる
(昭50直資3-11、直所3-19追加、平18課資3-6、課個2-11、課審6-5改正)
(注)
1 財産分与による資産の移転は、財産分与義務の消滅という経済的利益を対価とする譲渡であり、贈与ではないから、法第59条第1項《みなし譲渡課税》の規定は適用されない。
2 財産分与により取得した資産の取得費については、38-6参照
※所得税法基本通達33−1の4

4 譲渡所得税の課税を否定する見解

(1)金子宏氏見解→判例に反対

以上のように、実務的には、財産分与で譲渡所得税が課税される、ということは定着しています。ただ、解釈として妥当ではないと批判する見解もあります。
まず、金子氏はもともと潜在的に夫婦の財産であったという実質に着目し、資産の譲渡にはあたらないという見解をとっています。

金子宏氏見解→判例に反対

これに対し、固有の意味の財産分与(夫婦共通財産の清算の意味における財産分与)としての財産の移転は、その実質は夫婦共有財産の分割であって資産の譲渡にはあたらないと解すべきであろう(反対、上掲の最判昭和50年5月27日)。
※金子宏著『租税法 第24版』弘文堂2021年p268

(2)南博方氏見解→判例に反対

南博方氏は実際に課税される状況を検討しています。
譲渡所得税が課税されるのはもらった方ではなく与えた(渡した)方です。このことから現実的に支障が出ることがあります。たとえば、与えた方が、納税できない状況に陥ることもあります。後から発覚して財産分与の無効主張(取消の主張)をする実例、代理人であった弁護士が賠償責任を負った実例などもあります(後述)。さらに、事前にこのことを知って、離婚の支障になる(離婚を断念する)方向に働く、という「譲渡所得税が夫婦のかすがい」となる現象も指摘しています。

南博方氏見解→判例に反対

あ 常識に反する+「税はかすがい」現象

また、得をした被分与者に課税されるならともかく、損をした分与者に課税されるのは常識に反するとの不満も強く、離婚調停でも税金の負担区分をめぐって紛糾が絶えず、このことが離婚を困難ならしめる有力な一因となっていた。
※南博方稿『財産分与としての不動産譲渡と譲渡所得税』/『家族法判例百選 第4版』有斐閣1988年11月p48

い 所得課税の本質との整合性→疑問あり

しかし、かように対価を伴わない無償譲渡の場合において、増加益が実現されたとみることはできず、この利益未実現の段階において課税することができるかどうかについては、学説上多くの異論のあるところであり、譲渡所得税を資産保有に伴う財産税的性格のものと解するのであればともかく、最高裁の見解は、所得課税の本質に照らして多分に疑問の余地あるものである。
ことに、昭和二七年以降は相続につき、昭和四八年以降は贈与について、みなす譲渡所得課税が廃止された現在、資産の無償譲渡の場合にも譲渡所得課税の対象となるとする最高裁判例は、その当否が改めて問い直されなければならないと考える(本件は、昭和四八年改正前の事案)。

う 実質的共有財産→共有物分割に準じて扱う発想

この場合には、その経済的実質に即し、むしろ共有財産の分割の場合に準ずるものと解し、資産の譲渡はなかったものとして取り扱うのが相当であり、社会常識にも合致するとの見解も有力である。

え 特有財産→無償であれば非課税という発想

しかし、かりに特有財産であっても、無償の清算分与の場合にまで「資産の譲渡」があったとし、これに譲渡所得税を課することには、所得課税の本旨に照らし、なお多くの疑問が残るのである。
※南博方稿『財産分与としての不動産譲渡と譲渡所得税』/『家族法判例百選 第4版』有斐閣1988年11月p49

(3)共有物分割における譲渡所得税→原則課税なし(参考)

南氏の見解の中で、共有財産の分割(共有物分割)と同じ扱いにすべきだ、という箇所があります。金子氏も実質は分割であると指摘しています。
この点、共有物分割では、法令上の特例や解釈(通達)によって、原則として譲渡所得税は課税されない扱いとなっています。
詳しくはこちら|現物分割(共有物分割)における課税(共有物分割の通達・交換の特例)

5 後から想定外の譲渡所得税が発覚するケース(財産分与無効・弁護士の責任)(概要)

財産分与は実質的な利益(財産)の移転とはいえないので、贈与税や不動産取得税は原則として課税されません。
詳しくはこちら|離婚の際の財産分与に関する課税の全体像
常識的に課税されないというのは理解しやすいです。そこで、譲渡所得税も同じように課税されないという誤解が生じやすいです。実際に、譲渡所得税なしだと誤解したまま財産分与の合意をしてしまい、後から多額の課税を知って驚き、あわてふためく実例も生じています。
そのようなケースでは、状況によっては、錯誤として財産分与が無効となる(取消ができる)こともあります。また、弁護士が代理人として合意(和解)したケースでは、弁護士の説明ミスとして、弁護士自身が賠償責任を負ったという実例もあります。
このような譲渡所得税に関する派生的な問題については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|財産分与での高額譲渡所得税発生時の無効・取消と代理人責任

6 過大な財産分与→譲渡所得税なし+贈与税あり

(1)みなし贈与→譲渡所得税非課税

ところで財産分与として不動産を渡した場合、これは分与義務の履行なので贈与税はかかりません。ただし、過当である場合には税務上贈与とみなされることになります。
詳しくはこちら|低額譲渡(低廉売買)によるみなし贈与課税の基本(規定と実務的判断)
結果的に贈与税が課税される場合には、譲渡所得税は非課税となります(相続税法9条1項17号)。
詳しくはこちら|不動産譲渡所得税の基本|譲渡所得額・取得費・譲渡費用の内容・税率
つまり、二重の課税はないのです。一方が課税されると他方は課税されないという択一関係、ともいえます。

(2)平成10年最判・財産分与の「過当」→否定

平成10年最判は、当事者が不動産の分与が「過当」であったので(贈与税の対象にはなっても)譲渡所得税はかからないと主張したケースです。確かに、財産分与の全体を金額にすると極めて高額でした。しかし、分与者の総資産の2分の1であり、また、離婚後の養育費の趣旨も含まれていました。そこで裁判所は「過当」とはいえない、つまり譲渡所得税は課税される、と判断しました。

平成10年最判・財産分与の「過当」→否定

あ 当事者の主張(要点)

本件財産分与額は極めて高額であり、分与財産の大部分は、納税者が相続により取得した財産であるから、本件財産分与は財産分与としては過当であり、当該過当部分は贈与に当たるから、譲渡所得の対象とはならない

い 裁判所の判断(要点)

本件財産分与の総額は、極めて高額ではあるが、納税者(注・財産分与した側)の総資産の二分の一であること、婚姻期間、婚姻中の生活状況、離婚に至る経緯及び離婚後の子供の養育関係等を総合勘案すれば、本件財産分与は過当なものといえない
※最判平成10年4月14日

本記事では、財産分与への譲渡所得税の課税について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
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【「分割」という用語の本来の意味と現在の意味(共有物分割の分割類型のネーミング)】
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