【賃金・残業代の消滅時効|通常2年・退職金5年・不法行為3年|中断・停止】
1 『賃金』の消滅時効|通常2年・退職金は5年
2 『賃金』の消滅時効|起算点は『給与支給日』
3 消滅時効期間が『3年』となる場合もある;不法行為
4 消滅時効の中断・停止の制度
5 消滅時効の中断・停止|活用例
6 消滅時効|援用と交渉
7 『在職中に残業代請求を行う』という空気|マイナスだけではない
1 『賃金』の消滅時効|通常2年・退職金は5年
一般的な給与は,基本給,残業代を含めて,労働基準法上『賃金』とされます。
<賃金の消滅時効>
↓種類 | 備考 | 消滅時効期間 | 条文(労働基準法) |
賃金一般 | 基本給,残業代など | 2年間 | 115条(前半) |
退職手当 | いわゆる『退職金』 | 5年間 | 115条(後半) |
なお,事情によっては『2年』ではなく『3年』が使われることもあります(後述)。
2 『賃金』の消滅時効|起算点は『給与支給日』
<賃金の消滅時効起算点>
請求できる時(日)
↓通常は
給与支給日
消滅時効のカウントスタートの時点を起算点と言います。
消滅時効の起算点は,一般的に,請求できる時とされています(民法166条1項)。
詳しくはこちら|債権の消滅時効の基本(援用・起算点・中断)
残業代は,通常は,給与と一緒に支給されるルールになっています。
つまり,『給与の支給日』=請求できる時,ということになります。
<賃金の消滅時効完成の具体例>
※消滅時効期間=2年,を前提とします。
請求日から2年前の時点をAとします。
Aよりも後に支給日があるものすべてが生きている(=消滅時効が完成していない)
3 消滅時効期間が『3年』となる場合もある;不法行為
消滅時効制度の趣旨として,請求できるのにしなかったということにより保護を与えないという効果が生じることになっています。
逆に言えば,努力はしていたのに,応じてもらえなかったという場合は,適用されるのは不合理です。
事情によっては,救済的に賃金ではなく不法行為による損害賠償請求として認められることもあります。
この場合,消滅時効期間は3年間となります。
<残業代を払わない体制が不法行為に該当する例>
あ ポイント
『従業員の勤務時間を把握する義務』を雇用主が怠った
い 事情
従業員が残業時間の管理制度整備を要請した
雇用主がこの要請に対応しなかった
結果的に,残業代の計算自体ができない状態が続いていた
そのため,従業員が,残業代を請求できない状態が続いた
※民法724条
※広島高裁平成19年9月4日;杉本商事事件
4 消滅時効の中断・停止の制度
(1)消滅時効の中断と停止の制度
消滅時効の進行や完成を阻止する手段が存在します。
時効で残業代が消えて行くのは止めようがないのでしょうか。
労働審判,調停,訴訟などで中断されます。
通知を送るだけでも一定期間は進行が止まります。
消滅時効の進行が止まる制度を中断と呼んでいます。
中断事由は民法147条に定められています。
<消滅時効の『中断』事由>
※民法147条
あ 『請求』;1号
訴訟提訴,労働審判申立,調停申立など,裁判所を利用した公的な手続
口頭や書面で支払うよう請求しますと書面で通知しても,請求には該当しない
い 差押え,仮差押,仮処分;2号
差押・仮差押の申立です。
う 『承認』;3号
これは債務者が『残業代請求権(債務)があること』を認めると表示すること
具体的には,債務承認書や弁済計画書への調印(サイン)という形式であることが多い
↓
え 『中断』の効果
中断の時点から,新たに時効期間がスタートする
つまり『カウンターがリセットされた』という状態
<消滅時効の『停止』事由>
※民法153条
あ 『催告』の内容
『請求する』ことを債務者に通知すること
↓
い 『催告』の効果
催告から6か月間は,消滅時効が完成しない
中断のようなカウンターリセットの機能はない
『催告』は1回だけしかできない
=『6か月毎に更新し続ければ延々と完成を防げる』ということはできない
5 消滅時効の中断・停止|活用例
本人や代理人から内容証明郵便で,残業代請求の通知書を出すことがよく行われます。
『通知書を受け取っていない』と雇用主に主張されることがないように,記録(証拠)が残る内容証明郵便を使うのが通例です。
具体的には,消滅時効にかかりそうな状態で弁護士が受任した場合,まず最初に急いでこの通知書を発送します。
これにより,6か月間は消滅時効が完成しないという状態になります。
その後交渉し,6か月が経過しそうになったら中断を行なわないと時効完成となってしまいます。
具体的には,労働審判申立などをすることになります。
または,条件交渉が実質的に進んでいるのであれば,時効中断のためだけの労働審判申立は不合理です。
雇用主に債務承認書調印を要請し,調印がされれば『承認』として中断します。
これによって時効完成を回避しつつ交渉を継続することができます。
逆に言えば,雇用主が『承認』をしてくれないと時効完成を防ぐために提訴せざるを得なくなる,ということです。
6 消滅時効|援用と交渉
消滅時効が完成しただけで『債務が消滅』するわけではありません。
時効完成に加えて,『援用』が行なわれて初めて債務が消滅します(不確定効果説;民法145条)。
つまり,会社側が10年分の残業代をすべて払いますというのは自由なのです。
ただ,ストレートに自ら進んで消滅時効完成分まで支払う,ということはあまりありません。
交渉により,引換条件の一環として任意の支払が実現するということはよくあります。
<時効完成後の債務弁済がなされる引換条件の例>
・提訴や審判申立をしない
・労働基準法違反などについて労働基準監督署への通告をしない
7 『在職中に残業代請求を行う』という空気|マイナスだけではない
残業代やその他の賃金を請求をするタイミングは特に規制されていません。
賃金が発生して,払われていなければ請求は可能です。
退職後でなく,在籍中,就業中であっても請求可能です。
もちろん,法的な理論とは関係なく,職場の雰囲気に影響があると言えましょう。
一方で,最近は,権利意識,遵法精神が非常に高まっています。
残業代請求を行っても,従業員,雇用主ともに良好な関係に戻る(維持する)という例もあります。
<在籍中の残業代請求→良好な雰囲気維持,という例>
在籍中に残業代請求を行った
↓これがきっかけとなり
会社全体でコンプライアンス(法令順守)を徹底する体制を構築した
↓
多くのリスクを早期に発見・解消できた
判例・参考情報
(判例1)
[広島高等裁判所平成19年(ネ)第172号時間外勤務手当等請求控訴事件平成19年9月4日;杉本商事事件]
同営業所の管理者は,控訴人を含む部下職員の勤務時間を把握し,時間外勤務については労働基準法所定の割増賃金請求手続を行わせるべき義務に違反したと認められる。控訴人の勤務形態が変則的であるため,管理者において控訴人の勤務時間を確認することが困難であったとか,控訴人が業務とはいえない私的な居残りをしばしば行っていたといった事情は認められない。また,被控訴人代表者においても,広島営業所に所属する従業員の出退勤時刻を把握する手段を整備して時間外勤務の有無を現場管理者が確認できるようにするとともに,時間外勤務がある場合には,その請求が円滑に行われるような制度を整えるべき義務を怠ったと評することができる。広島営業所の管理者及び被控訴人代表者の上記の義務違反が職務上のものであることは明らかである。したがって,控訴人は,不法行為を理由として平成15年7月15日から平成16年7月14日までの間における未払時間外勤務手当相当分を不法行為を原因として被控訴人に請求することができるというべきである。
被控訴人は,前記(2)認定の時間外勤務手当については,仮に存在しても,本件提訴が平成18年7月14日であることからすれば,労働基準法115条によって2年の消滅時効が完成している旨の主張をする。しかしながら,本件は,不法行為に基づく損害賠償請求であって,その成立要件,時効消滅期間も異なるから,その主張は失当である。