【不利益変更禁止の原則は例外も多い・同一労働同一賃金は法規範ではない】

1 不利益変更の禁止の原則
2 不利益変更禁止の原則には例外として認められる場合もある
3 不利益変更禁止の例外が認められるための合理性
4 不利益変更禁止の例外として成果主義が有効とされた事例
5 労働者間の『差別』|同一労働同一賃金は法規範ではない

1 不利益変更の禁止の原則

<不利益変更の禁止の原則>

就業規則の変更が『合理的』であれば変更される
→『合理性がない』場合は,変更は無効となる
※労働契約法10条

労働者保護のルールの典型です。
既成事実の尊重,とも言えます。
賃金の減額など,労働者に不利益な変更は,無効とされます。
就業規則の変更などの手続きを経ても,変更した条項が無効となります。

2 不利益変更禁止の原則には例外として認められる場合もある

例えば,給与などの就業規則の内容の「不利益変更禁止」の例外を説明します。

不利益変更禁止はあくまでも「原則」です。
絶対的,ということはありません。
実際の可能性は高くはないですが,不利益変更が有効となることもあります。

不利益変更が有効となる要件>

あ 労働者全員の同意がある場合

『同意』の具体的状況によっては,強制されたとして無効となる可能性もあります。

い 合理性がある場合

これについては,次のいずれをも満たす必要があります。
《労使間合意がない不利益変更が有効となる要件》
ア 内容が合理的である 法律が一定の変更を要請している場合など(※1)
イ 就業規則を変更させたウ 労働者に周知させている

当然ですが,内容が合理的であるか否かについては個別的な事情により判断されます。

3 不利益変更禁止の例外が認められるための合理性

主な判断要素を次に示します。
多くの裁判例が蓄積されています。
最近のものでは,第四銀行事件(最高裁判所平成9年2月28日)が有名です。
以下,判断基準,判断要素を示します。

<不利益変更が有効となる抽象的な基準>

高度の必要性に基づく合理性が必要

合理性の有無についての判断要素>

ア 就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度イ 使用者側の変更の必要性の内容・程度ウ 変更後の就業規則の内容事態の相当性エ 代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況オ 労働組合との交渉の経緯カ 他の労働組合または他の従業員の対応キ 同種事項に関するわが国社会における一般的状況

以上のような要素を総合考慮して不利益変更が有効か無効かを判断します。
いずれにしましても,計算式のように簡単・画一的に結論が出るわけではありません。

4 不利益変更禁止の例外として成果主義が有効とされた事例

分かりやすい具体例として,給与体系を固定制度→成果主義,と変更した例があります(大阪地裁平成12年2月28日;ハクスイテック事件;判例1)。
成果主義自体は,各従業員の貢献した成果に応じた給与額とする制度であって,公平であって,また,従業員のモチベーションにもつながる素晴らしい制度です。
これ自体は良いのですが,従前の固定制度とのギャップが生まれます。
要は,成果の高い従業員にとっては「有利」なのですが,成果が低い従業員にとっては「不利」となります。
つまり,実際の給与額が下がるケース(従業員)も出てくるということです。
裁判所の判断を2点に絞って説明します。

(1)不利益変更に該当するか

この裁判例の事案においては,8割もの従業員が実際に給与額がアップしていました。
しかし,少数とは言え,給与額が下がる従業員も当然存在します。
そこで,裁判所は『不利益変更に当たる』と判断しています。
形式的に『給与減額が発生する』ということを理由に『不利益変更』と判断しています。

(2)合理性判断

判例は『不利益変更』と認めた上で,多くの事情を考慮した結果として『合理性あり』→『変更は有効』と判断しています。
この判断の内容をまとめます。

<合理性判断要素>

あ 『固定』制度の評価

普通以下の仕事しかしない者についても高額の賃金を補償する
→公平を害する

い 『成果主義』の評価

ア 8割の従業員が給与アップとなるイ 給与の減額となった場合は,差額分を調整給として支給する救済期間を設けたウ (以上より)不利益の程度は小さいエ 能力,成果主義導入自体の合理性・必要性は認められるオ 労働組合との合意ができている

5 労働者間の『差別』|同一労働同一賃金は法規範ではない

『労働者間の格差』が問題になることはあります。
ただし,一律に『同一労働同一賃金』が要求されるわけではありません。
判例をまとめておきます。

<労働条件の格差に関する判例>

あ 長野地裁上田支部平成8年3月15日;丸子警報器事件

同一労働同一賃金の原則は,一般的な法規範としては存在しない

い 大阪地裁平成14年5月22日;日本郵便逓送事件

『あ』と同じ内容

う 最高裁平成22年2月5日;京都市女性協会事件

同一労働なのに著しい賃金格差が生じている場合には,不法行為が『成立する余地』がある
→『同一労働』が否定されたので,基準についての詳しい設定はされていない

なお,『有期/無期労働契約』の差別については,労働契約法の改正で条文になっています。
詳しくはこちら|『有期/無期』の不合理な差別の禁止|同一労働同一賃金は法規範にはならない
関連コンテンツ|『正規/非正規』『正社員』は法律上の用語ではない

判例・参考情報

(判例1)
[大阪地方裁判所平成10年(ワ)第271号、平成11年(ワ)第2479号就業規則無効確認等請求(甲)、就業規則効力確認請求(乙)事件平成12年2月28日]
3 争点(二)について
 (一) まず、新給与規定を適用することにより生じる不利益の程度についてみるに、新給与規定における評価がCであった場合を前提とすれば、前述のように、平成一八年までは、旧給与規定によるよりも賃金が減額することになるが、被告は、新給与規定の実施に伴い、平成一〇年一二月まで調整給を設定して、改定時の賃金を下回らないようにし、平成一一年一月以降については、一年ないし一〇年分の賃金減額分の補償措置を設け、原告においては、同月において月額一万三五三〇円の減額となったとし、一年を一七ヶ月として四年分九二万〇〇四〇円を支払った。そこで、平成一四年までは、賃金が実質的には減額することはないし、平成一五年一月以降については、若干減額することになるが、給与規定改定時の賃金とは大差ないし、平成一九年からは、増額に転じることとなる。新給与規定における評価がB以上である場合には、賃金が減額することはない。評価がD以下の場合には、評価がCの場合より減額となるが、最下級の評価であるFが続いた場合でも、月額賃金は三八万五〇〇〇円を下ることはない。
 原告については、Bの評価がなされているから、同一格付の下ではD以下の評価となることは、特段のことがないかぎり、当面、考えにくい。
 (二) 新給与規定は、能力主義、成果主義の賃金制度を導入するもので、評価が低い者については、不利益となるが、普通程度の評価の者については、補償制度もあり、その不利益の程度は小さいというべきである。不利益といっても、賃金規定改定時の賃金とは大差なく、後述のような、被告の経営状態がいわゆる赤字経営となっている時代には、賃金の増額を期待することはできないというべきであるし、普通以下の仕事しかしない者についても、高額の賃金を補償することはむしろ公平を害するものであり、合理性がない。そして、(証拠略)によれば、新給与規定の実施により、八割程度の従業員は、賃金が増額している。
 このようにみてくれば、新給与規定への変更による不利益の程度は、さほど大きくはないというべきである。
 (三) 原告は、新給与規定における職務基準、職能要件の規定の仕方が抽象的で不明確であること、格付けについても明確な基準がないこと、査定基準が不明確であり、恣意的に運用されるおそれがあることなどを主張するが、職務基準、職能要件、また格付けの基準、査定基準のいずれについてもある程度抽象的になることは、その性質上やむを得ないものであり、右基準を検討しても新給与規定を不合理なものとまでいうことはできない。
 (四) 被告においては、不動産投資等の失敗により、四五期、四六期といわゆる赤字経営となる(この点は当事者間に争いがない。)、収支改善のための措置が必要となったのであるが、近時、我が国の企業についても、国際的な競争力を要求される時代となっており、労働生産性と結びつかない形の年功賃金制度は合理性を失い、労働生産性を重視し、能力、成果に基づく賃金制度をとる必要性が高くなっていることは明白なところである。被告においては、営業部門のほか、原告の所属する研究部門においてもインセンティブ(成果還元)の制度を導入したが、これを支えるためにも、能力主義、成果主義の賃金制度を導入する必要があったもので、被告には、賃金制度改定の高度の必要性があったといえる。
 (五) そして、被告は、新給与規定の導入にあたり、労働組合(構成員は原告を含め二名)とは合意には至らなかったものの、実施までに制度の説明も含めて五回、その後の交渉を含めれば重数回に及ぶ団体交渉を行っており、また、右組合に属しない従業員は、いずれも新賃金規定を受け入れるに至っている。原告は、労働条件の変更については労働組合との合意を得て実施するという慣行があった旨主張するが、そのような慣行までは認めることができない。また、原告は、就業規則変更の手続において労働者の意見聴取方法に瑕疵があると主張するが、労働基準法九〇条一項は、使用者に意見聴取主務を定めたに過ぎず、労働組合との団体交渉が重ねられ、また、他の従業員がこれを受け入れているという事実関係の下では、右形式違反をもって、就業規則変更を無効とすることはできない。
 (六) 以上によれば、被告における新給与規定への変更は、高度な必要性に基づいた合理性があるということができる。

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