【採用審査における質問や健康診断|過去の活動・思想・感染の有無・精神疾患】
1 採用面接において『過去の学生運動』の質問は適法とされる
2 採用時の健康診断の検査項目に,無断で『B型肝炎ウイルス感染』を含めると違法となる
3 採用段階|『精神障害・精神疾患』の質問や検査→原則的に適法となる
4 採用面接において育児休業取得の意向について質問することについて
5 採用面接;質問;前職の秘密保持契約内容
労働法では厳しい解雇規制があります。
別項目;解雇権濫用の法理;まとめ
その分,採用の判断,裁量については,国家が介入すべきではない,という強い要請があります。
コラム;賃金,雇用の数,雇用主利益,消費者利益が自由市場メカニズムで調整される
以下,採用の段階での調査や面接での質問事項における法的な問題を説明します。
1 採用面接において『過去の学生運動』の質問は適法とされる
憲法上,思想・良心の自由が規定されています(憲法19条)。
仮に,過去の学生運動が採用審査の対象となると,結果的とは言え,思想・良心の自由が確保されないようにも思えます。
ただし,この憲法上の人権保障規定は,国家(や地方自治体)を拘束するものです。
私企業に直接適用されるわけではありません。
逆に,私企業には,財産権の行使,営業の自由が適用されています(憲法22条,29条)。
では,「採用活動」を含む私企業の活動,には一切憲法が適用されないかというとそうでもありません。
一定の場合には,「憲法違反」ではないけれど「不法行為」として民法上の責任が生じる,ということはあります(間接適用説)。
具体的には『プライバシーの侵害』に該当するか否か,という理論の中に,「人権の規定」が織り込まれる,という形になります。
この問題については,最高裁の判例で判断が示されています(後掲判例1)。
結論としては,過去の学生運動への参加についての質問,採否の判断とすること,はいずれも適法とされました。
解雇規制が強い分,採用の部分では企業の裁量を大幅に認めるべきである,という価値判断です。
理由としては,企業(雇用)側としても,「従業員との信頼関係」を重視することは合理的である,という趣旨です。
確かに,現実的に,個々の従業員の「思想」によって,他の従業員との間で気持ち的な軋轢が生まれる,ということはあり得ます。
もちろん,これは一般論であり,最終的には程度問題となります。
いずれにしても,企業の経営上の裁量,いわば「採否の自由」が尊重されるということです。
2 採用時の健康診断の検査項目に,無断で『B型肝炎ウイルス感染』を含めると違法となる
従業員の採用に際して「B型肝炎ウイルスの感染」を健康診断の項目に含めることの適法性について説明します。
B型肝炎ウイルスの保菌者(キャリアー)か否かという質問や健康診断について,違法とした裁判例があります(後掲裁判例2)。
ポイントをまとめると次のようになります。
<ポイント>
・他者に感染する危険性がない(性行為,輸血等は別)
・基本的に自然治癒に至る
↓
労働能力(本人,他の従業員)に影響しない
↓
知られたくないという利益が優先
↓
同意なしで検査したことは違法である
これに対しては,別の意見(反論)もありますが,いずれも,最終的には排斥されています。
<反論の排斥>
・感染経路を考えると,信頼関係が保てない
→感染経路が性行為,輸血,臓器移植といくつかある。いずれにしても,非常識な性行為と直結しない。
→知られたくないという利益(プライバシー)の方が優先
・周囲の従業員がネガティブな感情→職場環境の悪化
→これは誤解が前提となっている;逆にこのような誤解を追認することは避けるべき
→知られたくないという利益の方が当然に優先されるべき
なお,当然ですが,感染力の高い疾患については,採用審査の段階で質問し,採否判断の対象とすることは適法です。
3 採用段階|『精神障害・精神疾患』の質問や検査→原則的に適法となる
(1)精神障害,精神疾患についての質問
従業員の採用面接で『精神障害,精神疾患についての有無』を質問するニーズがあります。
これについて,違法となるかどうか,明確なルールはありません。
判断の基礎となる事情,判断基準は次のとおりとなります。
<考慮する事情>
あ 企業
精神障害,疾患発生→労働能力が損なわれる というリスクを考慮したい
い 求職者
精神疾患を知られたくない気持ち(プライバシー),偏見をもたれたら嫌だという気持ち
<判断基準>
現在,または今後の労働能力に影響
・ある→質問,審査対象とすることは適法
・ない→質問,審査対象とすることは違法
(2)精神障害,精神疾患について適法に質問する方法
過去の精神疾患についての質問は現在,または今後の労働能力に影響する範囲で適法となります。
ここで,ちょっと注意しなくてはならないことがあります。
一般的に,精神疾患は,一見完治したように見えても,その後,再発することがあります。
この再発リスクを考えると,一概に既に治癒しているから,今後の労働能力には関係ない(影響ない)とは言えないのです。
実際には,どの範囲までが適法な質問か,という判断については,このような難しい部分もあります。
適法な質問の例を示しておきます。
<適法な質問の例>
・精神疾患を現在有していますか。
・精神疾患を過去に有していましたか,ただし,治癒してから数年経過し,特に再発のおそれはないというものは除きます
(3)精神障害,精神疾患についての健康診断における検査
近年のテクノロジーの進化により,血液検査などの客観的な検査によって,精神疾患の判断が可能となってきています。
適法性について,公的な判断は見当たりません。
目安として言えるのは次のとおりです。
<精神疾患等の検査が適用となる要件>
※いずれも
・検査の目的を求職者に説明した
・検査について,求職者が同意した
4 採用面接において育児休業取得の意向について質問することについて
出産後に女性従業員が退職すると,職場として他の従業員にしわ寄せが生じます。
このような不合理を回避するために,採用面接で,出産後の勤続の意向や育児休業取得の意向を質問するニーズがあります。
これについては,別の項目で説明しています。
ご参照ください。
別項目;育児休業;採用・雇用時の男女差別
5 採用面接;質問;前職の秘密保持契約内容
従業員が「前職の営業秘密を侵害してしまった」場合に,状況によっては雇用主も責任を負ってしまうリスクがあります。
このようなリスクを避けるために,採用時に求職者に確認することが望ましいです。
これについては,別の項目で説明しています。
ご参照ください。
別項目;営業秘密侵害;雇用主のリスク回避策;採用時の注意
条文
[日本国憲法]
第19条 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。
第22条 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
2 何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。
第29条 財産権は、これを侵してはならない。
2 財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。
3 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。
判例・参考情報
(判例1)
[最高裁判所大法廷昭和43年(オ)第932号労働契約関係存在確認請求事件昭和48年12月12日(三菱樹脂事件)]
ところで、憲法は、思想、信条の自由や法の下の平等を保障すると同時に、他方、二二条、二九条等において、財産権の行使、営業その他広く経済活動の自由をも基本的人権として保障している。それゆえ、企業者は、かような経済活動の一環としてする契約締結の自由を有し、自己の営業のために労働者を雇傭するにあたり、いかなる者を雇い入れるか、いかなる条件でこれを雇うかについて、法律その他による特別の制限がない限り、原則として自由にこれを決定することができるのであつて、企業者が特定の思想、信条を有する者をそのゆえをもつて雇い入れることを拒んでも、それを当然に違法とすることはできないのである。憲法一四条の規定が私人のこのような行為を直接禁止するものでないことは前記のとおりであり、また、労働基準法三条は労働者の信条によつて賃金その他の労働条件につき差別することを禁じているが、これは、雇入れ後における労働条件についての制限であつて、雇入れそのものを制約する規定ではない。また、思想、信条を理由とする雇入れの拒否を直ちに民法上の不法行為とすることができないことは明らかであり、その他これを公序良俗違反と解すべき根拠も見出すことはできない。
右のように、企業者が雇傭の自由を有し、思想、信条を理由として雇入れを拒んでもこれを目して違法とすることができない以上、企業者が、労働者の採否決定にあたり、労働者の思想、信条を調査し、そのためその者からこれに関連する事項についての申告を求めることも、これを法律上禁止された違法行為とすべき理由はない。もとより、企業者は、一般的には個々の労働者に対して社会的に優越した地位にあるから、企業者のこの種の行為が労働者の思想、信条の自由に対して影響を与える可能性がないとはいえないが、法律に別段の定めがない限り、右は企業者の法的に許された行為と解すべきである。また、企業者において、その雇傭する労働者が当該企業の中でその円滑な運営の妨げとなるような行動、態度に出るおそれのある者でないかどうかに大きな関心を抱き、そのために採否決定に先立つてその者の性向、思想等の調査を行なうことは、企業における雇傭関係が、単なる物理的労働力の提供の関係を超えて、一種の継続的な人間関係として相互信頼を要請するところが少なくなく、わが国におけるようにいわゆる終身雇傭制が行なわれている社会では一層そうであることにかんがみるときは、企業活動としての合理性を欠くものということはできない。のみならず、本件において問題とされている上告人の調査が、前記のように、被上告人の思想、信条そのものについてではなく、直接には被上告人の過去の行動についてされたものであり、ただその行動が被上告人の思想、信条となんらかの関係があることを否定できないような性質のものであるというにとどまるとすれば、なおさらこのような調査を目して違法とすることはできないのである。
右の次第で、原判決が、上告人において、被上告人の採用のための調査にあたり、その思想、信条に関係のある事項について被上告人から申告を求めたことは法律上許されない違法な行為であるとしたのは、法令の解釈、適用を誤つたものといわなければならない。
三、(一) 右に述べたように、企業者は、労働者の雇入れそのものについては、広い範囲の自由を有するけれども、いつたん労働者を雇い入れ、その者に雇傭関係上の一定の地位を与えた後においては、その地位を一方的に奪うことにつき、肩入れの場合のような広い範囲の自由を有するものではない。労働基準法三条は、前記のように、労働者の労働条件について信条による差別取扱を禁じているが、特定の信条を有することを解雇の理由として定めることも、右にいう労働条件に関する差別取扱として、右規定に違反するものと解される。
このことは、法が、企業者の雇傭の自由について雇入れの段階と雇入れ後の段階との間に区別を設け、前者については企業者の自由を広く認める反面、後者については、当該労働者の既得の地位と利益を重視して、その保護のために、一定の限度で企業者の解雇の自由に制約を課すべきであるとする態度をとつていることを示すものといえる。
(判例2)
[東京地方裁判所平成12年(ワ)第20197号損害賠償請求事件平成15年6月20日]
ア 証拠(〈証拠略〉)によれば,平成9年当時,B型肝炎ウイルスの感染経路や労働能力との関係について,社会的な誤解や偏見が存在し,特に求職や就労の機会に感染者に対する誤った対応が行われることがあったことが認められるところ,このような状況下では,B型肝炎ウイルスが血液中に常在するキャリアであることは,他人にみだりに知られたくない情報であるというべきであるから,本人の同意なしにその情報を取得されない権利は,プライバシー権として保護されるべきであるということができる。
他方,企業には,経済活動の自由の一環として,その営業のために労働者を雇用する採用の自由が保障されているから,採否の判断の資料を得るために,応募者に対する調査を行う自由が保障されているといえる。そして,労働契約は労働者に対し一定の労務提供を求めるものであるから,企業が,採用にあたり,労務提供を行い得る一定の身体的条件,能力を有するかを確認する目的で,応募者に対する健康診断を行うことは,予定される労務提供の内容に応じて,その必要性を肯定できるというべきである。
ただし,労働安全衛生法66条,労働安全衛生規則第43条の定める雇入時の健康診断義務は,使用者が,常時使用する労働者を雇い入れた際における適正配置,入職後の健康管理に役立てるために実施するものであって,採用選考時に実施することを義務づけたものではなく,また,応募者の採否を決定するために実施するものではないから,この義務を理由に採用時の健康診断を行うことはできないというべきである(第2の1(3)の労働省通知参照)。
イ アで検討したB型肝炎ウイルス感染についての情報保護の要請と,企業の採用選考における調査の自由を,前記1(11)で認定したB型肝炎ウイルスの感染経路及び労働能力との関係に照らし考察すると,特段の事情がない限り,企業が,採用にあたり応募者の能力や適性を判断する目的で,B型肝炎ウイルス感染について調査する必要性は,認められないというべきである。また,調査の必要性が認められる場合であっても,求職や就労の機会に感染者に対する誤った対応が行われてきたこと,医療者が患者,妊婦の健康状態を把握する目的で検査を行う場合等とは異なり,感染や増悪を防止するための高度の必要性があるとはいえないことに照らすと,企業が採用選考において前記調査を行うことができるのは,応募者本人に対し,その目的や必要性について事前に告知し,同意を得た場合に限られるというべきである。
ウ 以上をまとめると,企業は,特段の事情がない限り,採用に当たり,応募者に対し,B型肝炎ウイルス感染の血液検査を実施して感染の有無についての情報を取得するための調査を行ってはならず,調査の必要性が存在する場合でも,応募者本人に対し,その目的や必要性について告知し,同意を得た場合でなければ,B型肝炎ウイルス感染についての情報を取得することは,できないというべきである。
(略)
金融機関たる被告の業務に照らすと,被告が,採用にあたり,応募者の能力や適性を判断するために,B型肝炎ウイルス感染の有無を検査する必要性は乏しく,B型肝炎ウイルスについて調査すべき特段の事情は認められないといえる。そして,仮に,その必要性が肯定できるとしても,前記1(6)のとおり,本件ウイルス検査は,HBs抗体検査を行う目的や必要性について何ら説明することなく,原告の同意を得ないで行われたものであるから,原告のプライバシー権を侵害するものとして,違法の評価を免れないというべきである。
(略)
本件精密検査により,原告は,ウイルス感染,ウイルス量,感染力等について無断で検査されそのプライバシーを侵害され,精神的苦痛を受けたことが認められる。他方,被告職員に対する本件精密検査の結果の説明は,原告の同意を得て行われていること,原告は採用内定していたとはいえず,また,採用内定(雇用契約締結)についての合理的な期待が生じていたとはいえないことは,前記のとおりである。これらを総合考慮し,本件精密検査による原告の精神的苦痛に対する慰謝料としては,50万円が相当であるというべきである。