【東京地判平成18年11月29日・東京自転車健康保険組合事件(整理解雇の有効性・不当解雇による慰謝料)】
1 東京地判平成18年11月29日・東京自転車健康保険組合事件
本記事では、東京自転車健康保険組合事件の裁判例を紹介します。この裁判例で争点となったのは、整理解雇の有効性と不当解雇による慰謝料です。
整理解雇の有効性については裁判例の蓄積により、一定の有効性判断基準が形成されています。
詳しくはこちら|整理解雇の4要件|必要性・回避努力義務・選定/手続の合理性
本裁判例でも一般的な判断基準が採用されています。
不当解雇による慰謝料については、原則として否定する、という判断の枠組みを示した上で、本件事案の特殊性から100万円を慰謝料として認めています。
2 整理解雇の有効性の判断要素と立証責任
まず、整理解雇の有効性の判断の部分です。
4つの要素を総合的に考慮して有効性を判断する、という判断基準を採用しています。
4つのうち3つについては解雇を有効とする事情を使用者が立証する、一方、残る1つについては解雇を無効とする事情を従業員が立証する、という立証責任の分配も明示しています。
整理解雇の有効性の判断要素と立証責任
あ 4個の判断要素
整理解雇が有効か否かを判断するに当たっては、人員削減の必要性、解雇回避努力、人選の合理性、手続の相当性の四要素を考慮するのが相当である。
い 立証責任
被告である使用者は、人員削減の必要性、解雇回避努力、人選の合理性の三要素についてその存在を主張立証する責任があり、これらの三要素を総合して整理解雇が正当であるとの結論に到達した場合には、
次に、原告である従業員が、手続の不相当性等使用者の信義に反する対応等について主張立証する責任があることになり、これが立証できた場合には先に判断した整理解雇に正当性があるとの判断が覆ることになると解するのが相当である(同旨、東京高判昭和五四・一〇・二九判時九四八号一一一頁・東洋酸素事件、東京地判平成一五・八・二七判タ一一三九号一二一頁・ゼネラル・セミコンダクター・ジャパン事件、東京地決平成一八・一・一三判時一九三五号一六八頁コマキ事件)。
※東京地判平成18年11月29日・東京自転車健康保険組合事件
3 不当解雇による慰謝料
(1)判断基準→原則否定・特段の事情がある場合は肯定
次に、解雇が無効となった場合に生じる責任の内容の判断に移ります。
この裁判例はまず、原則として賃金(バックペイ)により慰謝される、つまり、これとは別に損害賠償(慰謝料)を認めない、という原則論を示します。
その上で、特段の精神的苦痛が生じた場合には例外的に慰謝料を認める、という例外も認めます。
判断基準→原則否定・特段の事情がある場合は肯定
あ 原則→(賃金以外の)慰謝料は否定
一般に、解雇された従業員が被る精神的苦痛は、解雇期間中の賃金が支払われることにより慰謝されるのが通常であり、
い 特段の精神的苦痛→例外的に慰謝料肯定
これによってもなお償えない特段の精神的苦痛を生じた事実が認められるときにはじめて慰謝料請求が認められると解するのが相当である(同旨 東京地判平成一五・七・七労判八六二号七八頁・カテリーナビルディング事件)。
※東京地判平成18年11月29日・東京自転車健康保険組合事件
(2)本件の事情の評価(あてはめ)
問題は、例外的に慰謝料を認める特段の事情を肯定するかどうかの判断(評価)です。
本件の事案では、結論として特段の事情を認めました。慰謝料としては100万円を認めました。
特段の事情を認めた事情としては3つが示されています。解雇の要件がないのに解雇した、職場復帰を拒否した、というものは解雇無効の案件の多くで当てはまることです。そこまで特殊、例外的事情とは思えません。そうすると残る事情は、会社が、「従業員が外部機関に相談することを快く思わなかった」という事情、つまり、解雇した動機と、従業員が妊娠していた事情が特段の事情(慰謝料請求)を肯定する方向に働いた主な事情であると考えられます。
本件の事情の評価(あてはめ)
あ 慰謝料を肯定する要素
①本件整理解雇は、被告において、退職金規程の改定、健康相談室廃止などの施策を実施しようとしたところ、これに反対する原告が外部機関に相談すること等を快く思わず、整理解雇の要件がないにもかかわらず、本件整理解雇を強行したこと、
②原告は本件整理解雇時妊娠しており、被告は当該事実を知っていたこと、
③原告は被告に対し本件整理解雇を撤回し、原職に復帰させるよう要求したが拒否されたことが認められる。
い 判断結果→慰謝料肯定
以上によれば、原告は、本件整理解雇により、解雇期間中の賃金が支払われることでは償えない精神的苦痛が生じたと認めるのが相当であり、本件整理解雇の態様、原告の状況等本件証拠等から認められる本件整理解雇の諸事情に照らすと、その慰謝料額は一〇〇万円が相当であり、当該判断を覆すに足りる証拠は存在しない。
※東京地判平成18年11月29日・東京自転車健康保険組合事件
本記事では、東京自転車健康保険組合事件(の裁判例)について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
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