【取締役の退職金決定の取締役会・代表取締役への委任】

1 取締役の退職金決定の取締役会・代表取締役への委任

取締役への退職慰労金(退職金)を支給する際、取締役会や代表取締役が最終的な金額の決定をするケースが多いです。実はこの方法は会社法上の解釈の問題があります。本記事ではこのような解釈の問題を説明します。

2 取締役の退職慰労金→定款または株主総会決議が必要(前提)

取締役に報酬を支給するには、会社法上、定款または株主総会の決議が必要とされています。これはお手盛り防止という趣旨によるルールです。これは退職慰労金(退職金)を支給する場合でも同じです。
詳しくはこちら|取締役の退職金・弔慰金への会社法361条の適用(株主総会決議の要否)
しかし現実には、取締役個人のプライバシーへの配慮もあり、株主総会で特定の取締役の退職金の金額を決議する、ということはほとんどありません。株主総会では基準だけ定めて、具体的な金額決定(確定)は取締役会や代表取締役が行う、ということが多いです。ただ、このような方法は前述のルールに違反してしまうかどうかが問題となります。

3 取締役会への退職慰労金額決定の委任→条件付きで可能

まず、退職慰労金額決定を取締役会への委任することは、実際によく行われています。無条件で可能というわけではないですが、一定の条件下で可能です。

(1)委任の可否(結論)→条件付きで可能

最高裁判所の判例により、退職慰労金額決定の取締役会への委任の可否の基準が示されています。これらの判例は、委任が認められる一定の条件を示しています。

委任の可否(結論)→条件付きで可能

あ 昭和39年最判(要点)

退職慰労金の額の決定を取締役会に一任する旨の株主総会の決議は、その額の決定につき一定の基準が存在し、かつ、それが株主に明らかにされている場合に限り有効である。
※最判昭和39年12月11日

い 昭和48年最判(要点)

退職慰労金支給に関する基準が株主に推知できる状況にあれば、株主総会決議で取締役会等への一任が認められる。無条件の一任は認められない。
※最判昭和48年11月26日

(2)委任が有効になる3要件(まとめ)

前述の退職慰労金額決定の委任が有効となるための要件は、多くの判例から3つ読み取れます。

委任が有効になる3要件(まとめ)

あ 類型別会社訴訟

具体的には、
①退任取締役に対する退職慰労金の支給に関し、一定の基準が慣行ないし内規によって確立していること、
②その基準が株主らにも推知し得べき状況にあること、
株主総会の決議において、明示的若しくは黙示的に、支給に関する基準を示し、当該退職慰労金の金額等を同基準に従って定めることを取締役会等に任せたことを要する(前掲最三小判昭44-10-28→Q12、最三小判昭58-2-22判夕495号84頁・判時1076号140頁)。
※渡部勇次稿/東京地方裁判所商事研究会編『類型別会社訴訟Ⅰ 第3版』判例タイムズ社2011年p113

い 判例

ア 昭和44年最判(要点) 退職慰労金の額の決定を取締役会に一任する旨の株主総会決議が有効とされるためには、退職慰労金の支給に関する一定の基準が存在し、かつ、その基準が株主によって推知できる状況にあることが必要である。
※最判昭和44年10月28日
イ 昭和58年最判(要点) 退職慰労金支給に関する基準が株主に推知できる状況にあり、株主総会決議で明示的または黙示的にその基準に従って決定することを取締役会等に委任したと認められる場合、その決議は有効である。
※最判昭和58年2月22日

4 要件その1=一定の基準の確立

前述の、退職慰労金額決定を取締役会に委任できる3つの要件の内容を順に説明します。第1の要件である「一定の基準の確立」について説明します。

(1)決議機関→取締役会決議で足りる

まず、退職慰労金の基準(内規)自体の決定機関は、取締役会決議で十分とされています。

決議機関→取締役会決議で足りる

(要点)
退職慰労金支給に関する内規は、取締役会で決議されていれば十分であり、株主総会の授権を得る必要はない。
※長崎地佐世保支判昭和51年12月1日

(2)基準の明確性→合理性が必要

退職慰労金の基準が存在していればよい、というわけではありません。基準の内容が合理的であることが必要です。お手盛りを防止し、株主保護を図るという基本的ルールが守られている必要があるのです。

基準の明確性→合理性が必要

あ 類型別会社訴訟

なお、支給基準が、不明確であったり無限定な裁量を許すものである場合には、基準の意味をなさず、会社法361条[旧商269条に対応]が許容していない取締役会等への無条件一任と同じ結果になるから、ここでいう基準はお手盛りを防止できる程度の明確性及び裁量の限度を有した合理的基準であることが要求されていると解される(大阪地判昭44.3.26判夕237号134頁、判時559号28頁、大阪高判昭48・3・29判夕298号227頁・判時705号23頁。文献[13]142頁、文献[14]84頁)。
※渡部勇次稿/東京地方裁判所商事研究会編『類型別会社訴訟Ⅰ 第3版』判例タイムズ社2011年p113、114

い 裁判例(要点)

退職慰労金支給の基準は、お手盛りを防止できる程度の明確性と裁量の限度を持つ合理的なものでなければならない。
※大阪地判昭和44年3月26日
※大阪高判昭和48年3月29日

5 要件その2=基準の推知可能性

退職慰労金額決定を取締役会に委任できるための第2の要件は「基準の推知可能性」です。

(1)株主総会参考書類への記載

まず、株主総会参考書類として一定の資料が会社法で決められています。これは、株主が重要な情報を知ることを確保する、株主の情報アクセスを保障するためのルールです。

株主総会参考書類への記載

あ 類型別会社訴訟

書面投票が可能な株主総会(会298条1項3号、2項[旧商239条ノ2第1項、旧商特21条ノ3第1項に対応])、電磁的方法による議決権行使が可能な株主総会(会298条1項4号[旧商239条ノ3第1項に対応])については、株主総会招集通知に際して、法務省令で定めるところにより、株主に対し、議決権行使の参考となるべき事項を記載した書面(株主総会参考書類)を交付しなければならない(会301条1項、302条1項[旧商239条ノ2第2項239条ノ3第2項、旧商特21条ノ2第1項に対応])。
そして、会社法施行規則では、取締役の提案議案が、取締役の退職慰労金額を一定の基準に従い決定することを取締役・監査役・その他第三者に一任する議案であるときは、その基準の内容を株主総会参考書類に記載するか、そうでなければ、各株主が当該基準を知ることができるようにするための適切な措置を講ずることが求められている(会施規82条2項)。
※渡部勇次稿/東京地方裁判所商事研究会編『類型別会社訴訟Ⅰ 第3版』判例タイムズ社2011年p114

い 条文

ア 会社法298条 (書面投票及び電磁的方法による議決権の行使)
第二百九十八条 株主総会に出席しない株主は、書面によって議決権を行使することができる。
2 株主総会に出席しない株主は、電磁的方法によって議決権を行使することができる。
3 書面による議決権の行使は、議決権行使書面に必要な事項を記載し、法務省令で定める時までに当該記載をした議決権行使書面を株式会社に提出して行う。
4 電磁的方法による議決権の行使は、法務省令で定めるところにより、株式会社の承諾を得て、法務省令で定める時までに議決権行使書面に記載すべき事項を、電磁的方法により当該株式会社に提供して行う。
5 株主が第三項の規定により議決権行使書面で行使した議決権の数は、出席した株主の議決権の数に算入する。
6 株主が第四項の規定により電磁的方法によって行使した議決権の数は、出席した株主の議決権の数に算入する。
※会社法298条
イ 会社法301条 (株主総会参考書類の交付等)
第三百一条 取締役は、第二百九十八条第一項第三号に掲げる事項を定めた場合には、株主総会の日の二週間前までに、株主に対し、株主総会参考書類を交付しなければならない。
※会社法301条
ウ 会社法302条 (株主総会参考書類及び議決権行使書面の交付等)
第三百二条 取締役は、第二百九十八条第一項第四号に掲げる事項を定めた場合には、株主総会の日の二週間前までに、株主に対し、株主総会参考書類及び議決権行使書面を交付しなければならない。
※会社法302条
エ 会社法施行規則92条2項 (株主総会参考書類)
第八十二条
2 株主総会の目的である事項が取締役の報酬等(会社法第三百六十一条第一項に規定する報酬等をいう。第八十五条において同じ。)に係る定款の変更をしようとするものである場合には、株主総会参考書類には、次に掲げる事項を記載しなければならない。
※会社法施行規則82条2項

(2)認識可能性で足りる傾向

退職期労金の基準の推知可能性に関していろいろな判例が判断を示しています。判例の傾向としては、株主の実質的な認識可能性を重視する姿勢が示されています。たとえば、株主が取締役会の議事録を閲覧できることや、株主総会での説明が可能であるなど、推知が可能であれば足りる、と判断する傾向があります。

認識可能性で足りる傾向

あ 類型別会社訴訟

上記以外の場合には事案ごとに判断するほかないが、判例は、株主が取締役会の議事録を閲覧することにより、支給基準に関する内規の存在を知ることができ、かつ、会社は株主総会で株主から請求があれば、支給基準の内容を説明することにしていたという程度の事実関係が認められれば、推知可能性を認めているようである(前掲最二小判昭48.11.26→Q12、及びその原審である前掲大阪高判昭48-3-29、前掲最三小判昭58・2・22)。
※渡部勇次稿/東京地方裁判所商事研究会編『類型別会社訴訟Ⅰ 第3版』判例タイムズ社2011年p114

い 判例

ア 昭和48年最判(要点) 退職慰労金の支給基準が株主に推知できる状況にあれば、その決定を取締役会に一任する旨の株主総会決議は有効とされる。
※最判昭和48年11月26日
イ 昭和58年最判(要点) 退職慰労金支給に関する基準の内容を株主総会で説明する用意があることなど、基準が株主に推知できる状況にあれば、取締役会等への一任決議は有効である。
※最判昭和58年2月22日

6 要件3=株主総会による一任決議

退職慰労金額決定を取締役会に委任するために第3の要件は「株主総会で委任するという決議をする」ことです。株主の意思を尊重し、適切な委任手続きを確保するために重要です。この決議で、具体的な基準を決定すれば問題ないですが、これについては緩和される傾向があります。

要件3=株主総会による一任決議

あ 明示的な基準

会社実務においては、「当社所定の基準に従い、相当額の範囲内で退職慰労金を贈呈することとし、その具体的金額・時期・方法等は取締役会に一任する」といった文言で決議がされることも多く、このように、一定の基準に従って金額等を決めるとの制限が明示されて決議がされていれば問題はない。
※渡部勇次稿/東京地方裁判所商事研究会編『類型別会社訴訟Ⅰ 第3版』判例タイムズ社2011年p115

い 黙示的な基準

最高裁判決は黙示による一任も認めているが、前記(2)の基準の推知可能性との関係からしても、原則として、一定の基準が存在すること及び取締役会等には同基準に従って金額等を決定すべき制約が課されていることが明示された上で一任決議がされるべきであろう。
※渡部勇次稿/東京地方裁判所商事研究会編『類型別会社訴訟Ⅰ 第3版』判例タイムズ社2011年p115

7 代表取締役への退職慰労金額決定の再委任→制限あり

ここまでは、株主総会から取締役会への委任についての説明でした。次に、委任を受けた取締役会が、さらに代表取締役へ、退職慰労金の決定を委任する、ということについて説明します。

(1)単純計算の再委任の有効性

まず、単純な計算による再委任、つまり再委任を受けた代表取締役個人の裁量がない場合には、実質的な決定は取締役会がしたといえます。この場合は再委任は有効(適法)です。

単純計算の再委任→有効(昭和58年最判)

(要点)
平取締役に対する退職慰労金額の決定を取締役会長及び取締役社長に一任した取締役会決議は、慣例に従った単純計算の再委任であれば、無効とはいえない。
※最判昭和58年2月22日

(2)裁量を含む再委任・過去の学説→無効傾向

では、代表取締役に裁量の幅がある場合はどうでしょうか。まず、過去には、取締役会の集団的判断を重視する考え方が反映されて、無効とする傾向が強い時代がありました。

裁量を含む再委任・過去の学説→無効傾向

旧商法下の学説においては、①代表取締役に裁量を含む決定を再委任することは、商法の取締役制度の立法趣旨に合わないから無効であるという見解が多かったが・・・、②退職慰労金の支給を受ける退任取締役の同意があれば再委任も可能であるという見解や・・・、③株主総会決議が代表取締役に再委任することを禁ずる趣旨でなければ再委任も可能であるとの見解・・・もあった。
※渡部勇次稿/東京地方裁判所商事研究会編『類型別会社訴訟Ⅰ 第3版』判例タイムズ社2011年p115、116

(3)裁量を含む再委任・類型別会社訴訟→有効方向

最近の見解では、裁量を含む再委任についても有効とする方向が示されています。これは、経営の効率性と株主保護のバランスを図る考え方を反映しています。

裁量を含む再委任・類型別会社訴訟→有効方向

あ 株主総会決議の趣旨による判別

そこで検討するに、まず、取締役会等に金額決定を一任した当該株主総会決議再委任を一切禁ずる趣旨であると認められる場合には、再委任は許されないと考えられる(もっとも、株主総会決議でこのような趣旨が明確にされている場合は少ないであろう。)。
※渡部勇次稿/東京地方裁判所商事研究会編『類型別会社訴訟Ⅰ 第3版』判例タイムズ社2011年p116

い 会社法361条の趣旨(解釈)による影響

ア 株主の利益保護のみ→有効方向 次に、当該株主総会決議が再委任を禁ずる趣旨でなくとも、会社法361条[旧商269条に対応]の趣旨から禁止されるかが問題となるが、同条の立法趣旨が、専ら株主の利益保護にあるとみれば、一定基準に従うという枠によって株主保護が図られている以上、退職慰労金額の決定を代表取締役へ再委任しても違法とはいえないであろう。
イ 業務執行の適性確保あり→無効方向 これに対し、会社法361条[旧商269条に対応]は業務執行の適正確保(個々の取締役の地位の独立性確保等)も立法趣旨としていると見るならば、再委任を無効と解すべきことになるであろう(前掲最三小判昭58・2・22→Q15の判時1076号141頁のコメント参照)。
ウ 判例との整合性→有効方向 通常の取締役報酬について、代表取締役への一任決議を認めている判例の立場は・・・、前者の考え方と整合するように思われる(前掲最三小判昭60・3・26・・・、最三小判平17.2.15・・・も、旧商法269条の趣旨目的は、取締役ないし取締役会によるいわゆるお手盛りの弊害を防止する点にあると判示しており、業務執行の適正確保については触れていない。)。
※渡部勇次稿/東京地方裁判所商事研究会編『類型別会社訴訟Ⅰ 第3版』判例タイムズ社2011年p116

本記事では、取締役の退職慰労金の決定を取締役や代表取締役に委任することの可否について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に役員(取締役など)の退職金に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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【労働基準法(労働契約法)の労働者性の判断基準と判断の方法(判例・学説)】
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