【取締役の退職金の具体的請求権発生時期】

1 取締役の退職慰労金の具体的請求権発生時期

取締役が退職した時に退職慰労金(退職金)の支払いについて意見が対立するトラブルはよくあります。取締役の退職慰労金についての法律上の特別なルールが関係しています。本記事では、どのような状況であれば退職金請求が認められるのか、ということを説明します。

2 具体的な退職慰労金請求権の発生時期(基本)

退職した取締役が退職慰労金を請求できるかどうか、ということを別の角度からいうと、いつ具体的な請求権が発生するのか、ということになります。

(1)退職慰労金請求金発生時期(基本)

取締役の退職慰労金は、定款または株主総会で決めるという基本ルールがあります。
詳しくはこちら|取締役の退職金・弔慰金への会社法361条の適用(株主総会決議の要否)
そこで、会社と取締役の間の契約に退職金を支払うという条項(合意)があったとしても、請求権としては認められません。請求権が発生するのは定款に定められている場合と株主総会で具体的金額を決議した時なのです。

退職慰労金請求金発生時期(基本)

退職慰労金は、定款又は株主総会決議によって金額が決定されて初めて、それが会社と取締役間の契約内容となり、取締役に具体的な退職慰労金請求権が発生する。
したがって、取締役任用契約締結時に退職慰労金を支払うとの特約を結んでいた場合であっても、あるいは、会社に退職慰労金支給内規が存在している場合であっても、退職慰労金額について定款の定め又は株主総会決議がなければ、退任取締役は会社に対して、退職慰労金を請求することはできない。
※渡部勇次稿/東京地方裁判所商事研究会編『類型別会社訴訟Ⅰ 第3版』判例タイムズ社2011年p116、117

(2)退職慰労金請求権発生時点の具体例(要点)

取締役の退職慰労金請求権が発生する時点を大雑把にいうと、株主が(適法に)関与して金額が決まった時点ということになります。具体的状況によってバリエーションがありますので整理しておきます。

退職慰労金請求権発生時点の具体例(要点)

あ 定款に退職慰労金の金額が定められている場合

取締役が退任した時点

い 定款に退職慰労金の金額が定められていない場合

(ア)株主総会において金額を決議した時点(イ)株主総会が取締役会への一任決議を行った後、取締役会が退職慰労金の具体的金額を決議した時点(ウ)株主総会が取締役会への一任決議を行った後、取締役会がさらに代表取締役への一任決議を行った後、代表取締役が金額を決定した時点

3 例外的な退職慰労金請求権の発生→状況による

特殊な事情があるケースでは、以上の原則ルールがあてはまらないこともあります。

(1)同族会社における会社法361条の適用排除→否定

実際に、一家だけで運営している小規模な株式会社では、関係者全員の関係が良好であり、わざわざ正式な株主総会を開いていない、というケースもあります。このような会社で、代表取締役と退職した取締役の間で退職金を支払う約束があったとしても、その後、関係が悪化した時に株主総会決議をしていないという形式的な理由だけで支給を否定できるのでしょうか。
これについて、実情に合わないので、株主総会決議は省略してもよいのではないか、という発想があります。しかし、会社法に明確なルールとして存在するので、単に会社の規模により適用されない、という解釈はとれません。

同族会社における会社法361条の適用排除→否定

同族会社であっても、旧商法269条(現会社法361条に相当)の適用を排除することはできない。
※最二小判昭和56年5月11日

(2)信義則により退職金を認めた裁判例

では、例外は一切ないのでしょうか。この点、具体的な状況によっては、信義則によって、結果的に(実質的に)退職金の請求が認められる実例があります。

信義則により退職金を認めた裁判例

あ 昭和46年大阪地判(要点)

株式会社の実質が個人企業である場合、取締役会や株主総会の決議がないことを理由に退職慰労金等支給契約を無効とすることは、商法の趣旨および正義・衡平の観念に照らして許されない。
※大阪地判昭和46年3月29日

い 平成4年京都地判(要点)

取締役に退職慰労金を支給したが、同族会社(ワンマン会社)であり、株主総会や取締役会が開催されていなかった。
形式的な手続が欠如している場合でも、実質的な意思決定が存在する場合には、その決定を尊重すべきである。
代表取締役による退職慰労金支給の決定は有効であり、その支払いを拒絶することは衡平の理念から許されない。
※京都地判平成4年2月27日

う 平成7年東京高判(要点)

代表取締役と退任取締役との間で、生命保険の契約返戻金を退職金とする旨の合意が成立していた。定款、株主総会決議はなかった。
実質的に株主権を行使する株主が当該代表取締役である以上、お手盛り防止は図られており、株主総会決議がなくてもこれがあったと同視することができる。支払拒否することは信義則上許されない。
※東京高判平成7年5月25日

え 平成15年東京高判(要点)

形式的には株主総会の決議が欠けている場合でも、実質的に株主全員の同意がある場合や、株主の利益が害されない特段の事情がある場合には、信義則上、会社が報酬支払いを拒むことは許されない。
※東京高判平成15年2月24日

ここで使われる信義則(信義誠実の原則)とは、裏切るような行為を許さない、という理論です。
詳しくはこちら|信義則(信義誠実の原則)と権利の濫用の基本的な内容と適用の区別

(3)類型別会社訴訟→信義則否定、実質的な総会決議の認定あり

信義則の適用については、批判的な見解もあります。実際にも裁判所が認めるのは特殊なケースに限られます。ただし、たとえば退職金支給を約束した代表取締役が大株主(や100%株主)であった場合には、実質的には株主総会決議があったのと同じとも評価できます。このような理論(認定)で、退職金請求権を認める、という考え方はあります。

類型別会社訴訟→信義則否定、実質的な総会決議の認定あり

あ 信義則→否定方向

しかしながら、会社の代表取締役の行為に信義則違反が認められるというだけで、お手盛り防止によって保護されるべき株主の利益を度外視して、退職慰労金請求を認容することには疑問がある。

い 株主全員の承諾としての救済

ただし、過去に株主総会が開かれたことがなく、代表取締役に株主総会の決議事項の決定が実質的に委任されていた等といった事情から、代表取締役が退職慰労金の支払を約束したことが株主全員の承諾に当たると認めることができるのであれば、実質的な株主全員の承諾をもって会社法361条[旧商269条に対応]の株主総会決議があったと同視して(Q5参照)、退職慰労金請求を認容する余地があるであろう
(大阪高判平1・12・21判タ715号226頁・判時1352号143頁。・・・)。
※渡部勇次稿/東京地方裁判所商事研究会編『類型別会社訴訟Ⅰ 第3版』判例タイムズ社2011年p119

(4)実質的な総会決議を認定した裁判例(平成元年大阪高判)

実質的な株主総会決議があったと認定して、退職金を認めた実例(裁判例)があります。

実質的な総会決議を認定した裁判例(平成元年大阪高判)

・・・本件支払金については、被控訴人の定款にも規定はなく、株主総会の決議もないことは弁論の全趣旨により明らかであるが、前記認定のとおり、被控訴人はHとMが中心となって経営してきた小規模な閉鎖的同族会社であり、名目上の株主は他にもいたものの、実質的に出資して被控訴人を設立経営してきたのは右両名であり・・・、また被控訴人においては、従来取締役会も株主総会も開らかれたことはなく、本件支払金を控訴人に支払うことについては実質上の株主であるH及びMが承諾していたのであって、このような場合、前記商法二六九条の趣旨からすれば、実質的な株主全員の承諾を得たことにより、その目的とする弊害は防止し得るのであるから、本件支払金については株主総会の決議があったものとして扱うのが相当であるというべきである。
※大阪高判平成元年12月21日

(5)総会決議をしないケースへの民法130条の適用→否定

株主総会決議がなくても退職金請求を認める理論として、民法130条を活用する発想もあります。これは条件成就を妨げたケースに適用されるルールです。
ただ、理論的には株主総会決議は退職金支給の(法的な)条件とは違います。そこで、民法130条の適用は否定されるのが一般的です。

総会決議をしないケースへの民法130条の適用→否定

退職慰労金付与の特約は、株主総会決議によって金額が定められることを条件として退職慰労金を支給するという趣旨のものが多い。
そこで、会社が退職慰労金の支給議題を株主総会に提出せずに放置している場合には、会社が条件成就を妨げたものとして、民法130条により請求権の効力発生を擬制し、退職慰労金を請求することができるのではないかが問題となる。
しかしながら、上記の特約は、会社法361条1項[旧商269条1項に対応]によって当然に要求されることを約定したにとどまるところ、法律行為の効力発生のために法律上当然に必要とされる要件(いわゆる法定条件)は、民法130条にいう「条件」には該当しないと解されており、類推適用も認められない(最二小判昭36.5.26民集15巻5号1404頁)。
したがって、会社が退職慰労金支給に関する議題を株主総会に提出せずに放置していても、民法130条の適用はなく、同条を根拠に退職慰労金請求をすることはできない(東京地判平3・7・19金法1308号37頁)。
※渡部勇次稿/東京地方裁判所商事研究会編『類型別会社訴訟Ⅰ 第3版』判例タイムズ社2011年p119

4 総会決議請求権→否定(株主としての権利行使を除く)

以上のとおり、退職した取締役としては、会社側が株主総会を開いてくれない限り、退職金請求権が発生しない、退職金をもらえない、という構造があります。そこで、退職した取締役は株主総会を開く(決議する)ことを請求するという発想が出てきます。
ところで、一定の株主の権利として、会社法上、株主総会の招集の請求が認められています。逆に、会社法上の招集請求権がない人については、招集請求を否定するのが通常です。

総会決議請求権→否定(株主としての権利行使を除く)

学説においては、取締役任用契約に報酬付与の特約があるにもかかわらず、報酬の議題が株主総会に提出されずに放置されている場合には、退任取締役は会社に対して、報酬額を定めるべき株主総会の決議を求めることができるとの見解がある(文献[18]78頁)。
この点、取締役任用契約に退職慰労金付与の特約がある場合には、退任取締役は会社に対して、抽象的な退職慰労金請求権(株主総会決議によって認められた金額の限度で具体的な請求権に転化する権利)を有するが、そこから直ちに株主総会決議を行うように請求する権利があるとは解し得ない。
けだし、会社法上、株主総会に付議する議題の決定権限は、原則として取締役会(取締役会設置会社の場合)ないし取締役(取締役会非設置会社)に専属しており(会298条1項、4項[旧商231条に対応])、それ以外は、法定の要件を満たす株主に、株主総会の議題提案権(会303条[旧商232条ノ2に対応])や株主総会の招集請求権(会297条[旧商237条に対応])が認められているのみであるからである。
したがって、退任取締役がこれらの要件を満たす株主でもある場合は、株主として権利行使することは可能であるが、そうでなければ、退職慰労金決議請求権を認める根拠はない(・・・)。
※渡部勇次稿/東京地方裁判所商事研究会編『類型別会社訴訟Ⅰ 第3版』判例タイムズ社2011年p120

5 株主総会による一任決議後の具体的請求権の発生時点

前述のように、取締役の退職金慰労金請求権は、株主総会で決議するのが基本ルールです。実際には株主総会で特定の取締役の具体的な退職金の金額を決議することはほとんどありません。株主総会では、「一定の基準に基づいて取締役会(や代表取締役)に判断を委ねる」のが通常です。
詳しくはこちら|取締役の退職金決定の取締役会・代表取締役への委任
このように退職金の決定権限が株主総会から取締役会に移った場合は、状況によって請求権の発生時点が違ってきます。

(1)裁量なしケース→株主総会決議の時点

権限を渡された取締役会が、退職金の金額の判断に裁量がない、つまり機械的に計算するだけ、という場合は、もともと株主総会決議の時点で支給金額は決まっていたことになります。この時点で具体的請求権が発生した、ということになります。

裁量なしケース→株主総会決議の時点

内規等の支給基準に係数を入れれば、自動的に退職慰労金額・時期・方法が決まり、取締役会等への一任決議が、単に計算を委ねる意味しかない場合には、株主総会決議によって既に退職慰労金請求権の内容は具体的に確定しているのだから、取締役会決議等がなくとも株主総会決議によって具体的な退職慰労金請求権が発生していると解される(・・・)。
※渡部勇次稿/東京地方裁判所商事研究会編『類型別会社訴訟Ⅰ 第3版』判例タイムズ社2011年p121

(2)減額・不支給規定ありケース→取締役会決議の時点

退職金の基準に減額・不支給規定がある場合、取締役会が支給するかしないか、減額するかしないか、減額の程度を決定(決議)することになります。取締役会がこの決議をするまでは具体的金額が特定していません。取締役会決議の時点で具体的請求権が発生することになります。

減額・不支給規定ありケース→取締役会決議の時点

あ 類型別会社訴訟

これに対し、内規等の支給基準に、減額・不支給規定がある場合には、株主総会から一任決議を受けた取締役会等が、減額・不支給事由の有無、それによって減額すべき金額等を決定しない限り、退職慰労金請求権の具体的内容は定まらないから、株主総会決議のみでは具体的な退職慰労金請求権は発生しない(東京地判平1・11・13金判849号23頁)。
※渡部勇次稿/東京地方裁判所商事研究会編『類型別会社訴訟Ⅰ 第3版』判例タイムズ社2011年p121

い 平成元年東京地判

亡Nにかかる本件慰労金は、商法二六九条の「取締役ガ受クベキ報酬」に該当するから、株主総会の決議によりその請求権が発生するものである。ところで、本件の株主総会決議は、本件慰労金を被告会社における「役員退任慰労金規定」(本件規定)によって支給すべきことを前提として、その具体的金額、支給期日、方法等を取締役会に一任しているので、本件のNにかかる具体的な退任慰労金請求権は取締役会の決定によって初めて発生するものである。
(注・ただし、損害賠償請求を認めた)
※東京地判平成元年11月13日

(3)功労加算金規定がある場合

次に、基準上、減額ではなく加算する裁量の余地がある場合はどうでしょうか。具体的には、功労加算金規定があるケースです。この場合、最低限支給される部分(基本金額部分)だけ切り出すと、株主総会決議成立(取締役会決議未了)の時点で支給が確定しているのだから請求権が発生した、という解釈もあります。しかし、このような部分的な区分を否定する見解もあります。実務(裁判例)では否定する傾向の方が強いと思います。

功労加算金規定ありケース→取締役会決議の時点

次に、減額・不支給規定はないが、功労加算金規定がある場合については、争いがある。
学説においては、
①報酬月額に取締役在任年数及び各役位ごとの一定の係数を乗じて、自動的に金額が算出される基本金額部分については、株主総会の決議のみにより退職慰労金の具体的請求権が発生するという見解もあるが(・・・)、
②株主総会が、基本金額部分と功労加算金部分を区別して決定をする意思があるか疑問であるとする見解が有力である(・・・)。
・・・
したがって、特別の事情がない限りは、取締役会決議等により支給金額等を決定したときに初めて具体的請求権が発生すると解すべきである(東京高判平12.6-21判夕1063号185頁参照)。
※渡部勇次稿/東京地方裁判所商事研究会編『類型別会社訴訟Ⅰ 第3版』判例タイムズ社2011年p122

本記事では、退職した取締役の退職金の具体的請求権発生時期について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に取締役(役員)の退職金に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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【取締役の退職金決定の取締役会・代表取締役への委任】
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