【株主総会による取締役退職金一任決議の後の取締役会決議の懈怠や不当な減額・不支給】

1 株主総会による取締役退職金一任決議の後の取締役会決議の懈怠や不当な減額・不支給

取締役の退職慰労金(退職金)は(定款または)株主総会で決議して支給することになります。実際には、株主総会で金額を決めることはせず、取締役会に一任することを決議することが多いです。
詳しくはこちら|取締役の退職金決定の取締役会・代表取締役への委任
ここで、取締役会が決議をしなければ退職した取締役は退職金をもらえません。取締役会が決議をしたとしても、不当に減額された、あるいは不支給(ゼロ)と決めた場合はどうなるでしょうか。本記事ではこのような問題について説明します。

2 取締役会が決定をしない→取締役の責任肯定方向

(1)合理的期間を超えた決定の懈怠→義務違反

株主総会が退職慰労金額の決定を取締役会に委任する決議をした場合、取締役会は速やかに決定する義務を負います。
取締役会等が正当な理由なく合理的期間を超えて退職慰労金額の決定を怠った場合、取締役の善管注意義務違反または忠実義務違反が成立します。

(2)合理的期間の判断基準→内規・慣行・特別な事情を総合考慮

合理的期間の判断は、内規や従前の慣行に基づき行われます。ただし、減額・不支給事由の調査時間や受給権者確定に要した時間など、特別な事情がある場合はそれも考慮されます。

(3)責任を負う主体→取締役会招集権ない取締役を含む

義務違反の責任は、取締役会招集権者(通常は代表取締役)だけでなく、招集権のない取締役も含めて全取締役が負う可能性があります。これは、招集権を有しない取締役も招集請求権を有しているためです。なお、代表取締役が責任を負う場合には会社も責任を負うことになります(後述)。
※渡部勇次稿/東京地方裁判所商事研究会編『類型別会社訴訟Ⅰ 第3版』判例タイムズ社2011年p127、128

(4)裁判例(平成6年東京地判)

以上で説明した枠組みは、多くの裁判例が採用しています。一例として平成元年東京地判を紹介します。

裁判例(平成6年東京地判)

あ 総会による一任決議→取締役に決議をする義務が発生

本件株主総会決議は、任期満了により退任した原告に対し、退任慰労金を支給することとし、その具体的金額、支給時期、方法等を取締役会に一任する旨の決議である。
・・・
被告会社の取締役であった被告ら五名は、特段の事由のない限り、取締役としての善管義務(商法二五四条三項、民法六四四条)ないしは忠実義務(商法二五四条の三)に基づき、右決議に従って、取締役会決議により、本件内規に基づいて原告に対する退任慰労金を算定し、その支給時期、方法等を具体的に定めるべき義務が生じたものというべきである。

い 合理的期間の経過→義務違反

・・・右合理的期間を経過するも、右決議の実行を放置することは、特段の事由のない限り、前記取締役の善管義務ないしは、忠実義務に違反し、任務懈怠を構成するものといわなければならない。
※東京地判成6年12月20日

3 取締役会が減額・不支給を決定した→裁量逸脱であれば責任あり

(1)退職慰労金の減額・不支給決定→裁量権逸脱の場合は義務違反

取締役は株主総会の委任に基づき、所定の基準に従って退職慰労金額を決定する義務を負っています。この裁量権を逸脱または濫用して減額や不支給を決定した場合、善管注意義務違反または忠実義務違反となります。

(2)内規に基づく減額・不支給→該当事実があれば裁量権逸脱なし

内規などで減額または不支給事由が定められており、それに該当する具体的事実がある場合、その基準に従って減額または不支給を決定することは裁量権の範囲内です。しかし、該当事実がないにもかかわらず減額または不支給を決定すると、基準の適用を誤ったものとして裁量権の逸脱となる可能性があります。

(3)内規に減額・不支給規定なし→原則として裁量権逸脱

内規などに減額・不支給規定がない場合、株主総会は減額・不支給を予定していない基準での退職慰労金決定を取締役会等に委任したと解釈されます。このような状況で取締役会が減額・不支給を決定することは、原則として株主総会からの委任の範囲を逸脱し、裁量権の逸脱となります。

(4)退任取締役の不正行為発覚→減額・不支給は裁量権逸脱にあたらない可能性

退任取締役による会社財産の横領など、刑事罰に該当する行為(犯罪)が株主総会決議後に発覚した場合については、社会通念上、減額・不支給が当然であると考えられます。このような場合、減額・不支給規定がなくとも、株主総会決議の黙示の委任の範囲内として、取締役会等が減額・不支給の決定をすることは裁量権の逸脱にあたらない可能性があります。

(5)減額が相当な場合の対応→株主総会への減額後金額支給議案の付議

内規に減額規定がない場合でも、特定の退任取締役について減額が相当と判断される場合は、株主総会に一任議案を付議するのではなく、減額後の金額を支給する旨の議案を付議することが適切な対応策となります。これにより、取締役会の裁量権逸脱のリスクを回避することができます。
※渡部勇次稿/東京地方裁判所商事研究会編『類型別会社訴訟Ⅰ 第3版』判例タイムズ社2011年p128

4 取締役会が功労加算をしない→責任否定方向

取締役会が退職金の金額を決議したけれど、退任取締役の功労を適正に評価しない、つまり功労加算をしないのは不当だということで、取締役の責任が発生するという発想もあります。しかし、一般的な規程では「特に」功労があった場合に加算する、という文言になっていることが多いです。いずれにしても、功労加算についての取締役会の裁量は大きいです。加算しないことが違法となることは通常ありません。

取締役会が功労加算をしない→責任否定方向

あ 類型別会社訴訟

一般的に、何が功労加算の事由になり、どの程度の金額が功労に対する対価としてふさわしいかについては評価が分かれ得るものであり、功労加算をするか否かについては、取締役会等に広い裁量が認められていると考えられるから、取締役会等が功労加算をしなかったことが裁量を逸脱、濫用して違法とされる場合はまれであると解される・・・。
※渡部勇次稿/東京地方裁判所商事研究会編『類型別会社訴訟Ⅰ 第3版』判例タイムズ社2011年p131

い 平成元年東京地判(参考)

退任慰労金の額についての本件規定の内容は、いわば基本金額を定める三条と、功労加算を定める九条及び特別減額を定める一〇条とからなっている(乙一の一)。三条が、「慰労金の額の算出」との見出しのもとに、「退任慰労金」を裁量の余地のない各種数字に基づく金額とするとしたうえで、一時金により支給するとしているのに対し、九条及び一〇条は、「特に功労があったもの」又は「特に重大な損害を会社に与えたもの」という主観的かつ規範的な要件に基づき三条による金額を加減をすることができるとして裁量的な加減を規定している。
※東京地判平成元年11月13日

5 損害賠償請求の根拠→会社法429条・民法709条

以上のように、取締役に責任が発生する場合の法的根拠としては、会社法429条と民法709条(不法行為責任)の2つがあります。いずれも特定の取締役(個人)の行為によって第三者(会社以外の者)に損害が生じた場合に適用される規定です。

6 会社の責任→代表取締役の責任がある場合に発生

以上は取締役(個人)が責任を負う、というものでした。この点、会社は責任を負わないのでしょうか。これについては会社法350条の規定により代表取締役(代表者)が責任を負う場合に会社も責任を負うということになります。

会社法350条

(代表者の行為についての損害賠償責任)
第三百五十条 株式会社は、代表取締役その他の代表者がその職務を行うについて第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。
※会社法350条

7 損害額の算定→内規や慣例による計算結果

以上で説明した理論によって、取締役や会社の損害賠償責任が認められた場合、金額はどのように計算するのでしょうか。簡単にいえば、本来もらえたはずの金額ということになります。内規があれば簡単ですし、内規(明文)はなくても慣例があれば、つまり過去の実績から一定のルールが読み取れれば、それを元に計算することになります。

損害額の算定→内規や慣例による計算結果

取締役に善管注意義務違反等がなければ、退任取締役が得られたであろう金額が損害額となる。
取締役会等の決定懈怠ないし減額・不支給決定の場合には、取締役会等が適法に決定していれば支給されたであろう金額を、内規や慣例などの基準から認定することになる。
基本金額部分と功労加算金部分とに分かれている一般的な内規の場合には、功労加算金部分の決定については取締役会等に幅広い裁量が認められ、功労加算金部分を支給していないことについて違法性が認められることは稀であるから・・・、基本金額部分の賠償にとどまる場合が多いと考えられる。
※渡部勇次稿/東京地方裁判所商事研究会編『類型別会社訴訟Ⅰ 第3版』判例タイムズ社2011年p137

8 取締役の損害賠償責任を認めた実例(裁判例)

最後に、実際に取締役の責任が認められた実例を紹介します。

(1)取締役会の決議の懈怠(取締役会決議なしケース)

最初に、取締役会で決議をしなかったケースです。平成6年東京地判は、株主総会の一任決議から3年が経過した時点で義務違反(任務懈怠)になる、と判断しています。

取締役会の決議の懈怠(決議なしケース)

あ 平成6年東京地判

ア 要点 事案:株主総会が退職慰労金額の決定を取締役会に一任したにもかかわらず、取締役らが額の決定を放置した。
裁判所の判断:株主総会決議から3年経過時点で、取締役らの行為を任務懈怠であるとして、損害賠償責任を認めた。
イ 判決文引用 ・・・被告会社は、原告に対し、本件各回答をもって退任慰労金の支払義務を認めた上、その支払の猶予を求めていることが明らかであるところ、・・・被告会社は、造船業界随一の経営規模を誇る会社であり、およそ月に一回の割合で健全な態様において取締役会が開催され、取締役会による業務の執行の状況報告や業務執行の意思決定等がなされていたこと、昭和六二年六月二六日第六五回株主総会決議によって決議された監査役に対する退任慰労金の支給に関する稟議は、翌月八日には決裁が下りていること等の事実が認められる。
そして、かかる事情を総合勘案すると、遅くとも前記原告の主張にかかる平成二年六月二八日の時点において、退任慰労金の支給に関する具体的な取締役会決議がなされていてしかるべきであり、これがなされていない以上、退任慰労金の不支給が高度の蓋然性をもって顕在化しているものというべきであるから、特段の事由のない限り、右時点において被告ら五名は取締役の任務を懈怠したものというべきである。
※東京地判平成6年12月20日

(2)不当な減額・不支給決議(取締役会決議ありケース)

次に、取締役会で決議をしたけれど、決議の内容(退職慰労金の金額)が低い、あるいは支給しない(ゼロ)というものであったケースで、裁判所がその決定は不当であると判断した裁判例です。

不当な減額・不支給決議(取締役会決議ありケース)

あ 平成元年東京地判・低金額

事案:株主総会決議から1年8か月後に取締役会が内規の基準額より50%減額した金額を決定した。
裁判所の判断:損害賠償責任を認めた。
※東京地判平成元年11月13日

い 平成2年京都地判・実質不支給

事案:取締役会が退職慰労金の金額を決定したが、不法不当な条件を付し、支払をしなかった。
裁判所の判断:取締役会の行為を違法とし、損害賠償責任を認めた。
※京都地判平成2年6月7日・低金額

う 平成9年東京高判

事案:株主総会からの一任決議を受けた取締役会が、取引先からの債権一部回収不能を当該退任取締役の責任であるとして退職慰労金を一部減額した。
裁判所の判断:減額した決議部分を無効とし、減額前の退職慰労金の支払を命じた。
※東京高判平成9年12月4日

え 平成10年東京地判・低金額

事案:株主総会から一任決議を受けた取締役会が、会社の業績悪化等を理由として、退職慰労金規程を無視して少額の退職慰労金支給決定をした。
裁判所の判断:会社に対する損害賠償請求を認容した。
※東京地判平成10年2月10日

お 平成11年東京地判・不支給(概要)

取締役会が退職慰労金の不支給を決定した。裁判所は会社の損害賠償責任を認めた。(後記※1

(3)平成11年東京地判・不支給決議→会社の責任認容

前記の裁判例のうち、平成11年東京地判について内容を説明します。取締役会としての不支給という決定が、株主総会の委任の趣旨を逸脱するという判断がなされています。この場合、取締役の責任が認められるのが基本であり、さらに会社も責任を負う(ことがある)という理論的な構造があります。これについて、この裁判例では理論面の説明がなく、単に結論(会社が責任を負う)を出しています。

平成11年東京地判・不支給決議→会社の責任認容(※1)

あ 判決文

ア 取締役会の決定→株主総会からの委任の趣旨の逸脱 ・・・右の株主総会における決議内容に鑑みれば、右決議の趣旨は、基準にしたがった相当額の退職慰労金を原告に支給することを前提に、その具体的金額や支払時期、支払方法の決定を取締役会に委任したものと解釈することができる。
したがって、右委任を受けた取締役会としては、右委任の趣旨にしたがい、社内基準に基づいて原告に対する退職慰労金の額を算定し、その支払時期等を決定すべき責務を負っていたものと解するべきである。
しかるに被告の取締役会は、右事項の決定を自ら行わずに代表取締役に再委任したばかりか、代表取締役から、退職慰労金を支給しない旨決定したいとの報告を受けてこれを承認したのであるから、代表取締役及び取締役会における右決定は、特段の事情のない限り、株主総会からの委任の趣旨を逸脱する違法不当なものといわざるを得ない。
イ 会社の責任の認容 ・・・原告は、本来相当額の退職慰労金の支給を受けるべきところを、被告代表取締役ないし被告取締役会の右決定により、その支給を得られなかったのであるから、右は被告による不法行為を構成し、被告は原告に対し、右相当額の損害について賠償すべき責任を負うものと解する。
※東京地判平成11年9月9日

い 金融・商事判例

・・・取締役会の決定が違法と評価された場合に、会社が負うべき責任の根拠規定については、民法四四条の適用を認める見解のほか、商法二六六条ノ三第一項を適用すべしとする見解(青竹・前掲下判評四一三号二〇頁[判時一四五五号一八二頁〕)、また、取締役会の決定に民法四四条を直接適用することはできないが、取締役会の決定過程ないしはその執行における代表取締役の行為を捉えて同条を適用する見解(前掲福岡地判平成10・5・1)などがある。
本判決においては、その点について明示的な法律構成は示されていない
※『金融・商事判例1094号』経済法令研究会2000年7月p50

本記事では、株主総会による取締役退職金の一任決議の後の取締役会決議に問題があったケースについて説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に取締役(役員)の退職金に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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