【取締役の退職金の契約はあるが株主総会決議がないケースの法的扱い】

1 取締役の退職金の契約はあるが株主総会決議がないケースの法的扱い

取締役と会社の契約で退職慰労金(退職金)が支給される契約になっていても、退職(退任)した時に退職金が支給されるとは限りません。一般の従業員(労働者)とは法的扱いが違うのです。
取締役の退職慰労金の問題にはいろいろなものがありますが、本記事では、株主総会決議で退職慰労金支給の決議がない(決議をしてくれない)ケースについて説明します。なお、定款には退職金を支給する規定(条項)がないことを前提とします。

2 退職金請求権の存否→否定(概要)

取締役と会社の契約(委任契約、任用契約)の中に、退職金を支払う条項があっても、退職の時に退職金請求権が発生するとは限りません(前述)。一見、非常識なことに思えますが、これは経営と所有の分離という、株式会社の基本設計から作られたお手盛り防止ルールが関係しています。株主総会で退職金を支給すると決議して初めて(具体的な)退職金請求権が発生するのです。実際には、株主総会決議の後、さらに取締役会決議がなされて初めて退職金請求権が発生する、ということもあります。
詳しくはこちら|取締役の退職金の具体的請求権発生時期

3 債務不履行による会社の責任→否定

前述のように、契約の中に退職金を支給するという条項があっても、取締役の退職慰労金は株主総会で決議してくれない限り、(具体的)請求権が存在しません。常識的には契約違反(債務不履行)だと感じますがこれは、文字どおり債務があることが前提です。請求権がなければ債務はないので、債務不履行責任も発生しない、という解釈が一般的です。

債務不履行による会社の責任→否定

あ 債務不履行による損害賠償請求を認める見解の紹介

学説においては、退職慰労金付与の特約がある場合やしかるべき退職慰労金内規がある場合には、退任取締役は退職慰労金支給決議請求権を有しており、株主総会において相当期間内に支給決議がなされないときは、会社の債務不履行として損害賠償請求ができるという見解がある(・・・)。

い 退職金支給請求権の存否→否定

しかしながら、退任取締役に退職慰労金支給決議請求権があると解し得ない・・・

う 債務不履行責任→否定

また、取締役任用契約において退職慰労金付与の特約がある場合には、退任取締役は会社に対して抽象的な退職慰労金請求権を有していると解されるが、これは、株主総会において支給決議がされて初めて具体的な債権債務となるものであるから、請求権の内容が確定していない段階で、会社に対して債務不履行責任を追及することはできない(・・・)。
したがって、会社の債務不履行責任を問うことは困難である。
※渡部勇次稿/東京地方裁判所商事研究会編『類型別会社訴訟Ⅰ 第3版』判例タイムズ社2011年p134、135

4 株主総会への付議義務違反による損害賠償責任→あり

契約では退職金を支給することになっているのに、株主総会決議がないから支給しない、という状況(前述)を前提にします。ここで、株主総会決議をしないことに着目します。つまり株主総会を開いて、退職金支給の決議をすべきだという発想です。

(1)株主総会に付議する義務→原則肯定

株主総会を開く、正確には、退職慰労金支給を議題とした株主総会の招集をする(付議する)権限を持つのは取締役会(なければ取締役)です。契約上、退職金を支給するという条項がある(合意がある)のであれば、取締役会として付議する義務は認められます。

株主総会に付議する義務→原則肯定

あ 株主総会招集の一般論→取締役会に裁量あり

株主総会を招集するか否か、いかなる議題を付議するかを決定するのは、原則として取締役会(取締役会設置会社の場合)又は取締役(取締役会非設置会社の場合)であり(会298条1項4項[旧商231条に対応])、法令や定款において義務付けられている事項を除けば、その決定は、基本的に、取締役会等の裁量に委ねられていると解される。

い 付議する義務

ア 義務の存否→退職金支給合意があれば肯定 しかしながら、取締役任用契約に退職慰労金付与の特約が含まれている場合には、退任取締役は会社に対して抽象的な退職慰労金請求権(株主総会決議によって認められた金額の限度で具体的な請求権に転化する権利)を有しているのであるから、このような場合には、会社の取締役は、株主総会に退職慰労金に関する議題を付議することを取締役会等で決定し、株主総会の判断を経る義務があるというべきである(ただし、最終的に支給・不支給及び金額を決めるのは株主総会である。)。
イ 付議しない場合→善管注意義務・忠実義務の違反 取締役会等が、合理的期間を徒過しても正当な理由なく、退職慰労金支給に関する議題を株主総会に付議しない場合には、取締役は職務を怠るものとして、善管注意義務違反ないし忠実義務違反を問われることがあると解される(京都地判平15.6.25金判1190号44頁参照。・・・)。
※渡部勇次稿/東京地方裁判所商事研究会編『類型別会社訴訟Ⅰ 第3版』判例タイムズ社2011年p131、132

(2)合理的期間内→付議義務違反否定

では、取締役会が退職金支給議案を付議しない場合は義務違反(債務不履行)になり法的責任が生じるのでしょうか。基本的にはそのとおりですが、付議するまでに一定期間を要します。そこで、合理的期間が経過したのに付議していない場合に義務違反となります。この合理的期間は一律に具体的日数などを決めることはできず、具体的事案によって違ってきます。

合理的期間内→付議義務違反否定

当該取締役が退任してから株主総会に退職慰労金の議題を付議するまでには一定の期間を要する場合があるから、退任後、合理的期間内であれば、株主総会への付議がされていないことは義務違反にはならない
どの程度の期間が合理的といえるかについては、当該会社における内規や慣行に照らして検討すべきであり、内規や慣行で付議の時期が決められていればそれが義務の内容となる。
一般的には、定時総会終結時に任期満了退任する取締役に対する退職慰労金支給決議は当該定時総会で、事業年度の途中で辞任や死亡により退任した取締役に対する退職慰労金支給決議は、その退任後最初に行われる定時株主総会で行われることが多いであろう(・・・)。
なお、付議するに当たって特に時間を要する事情がある場合には、それも考慮すべきことはQ24と同じである。
※渡部勇次稿/東京地方裁判所商事研究会編『類型別会社訴訟Ⅰ 第3版』判例タイムズ社2011年p132

(3)正当な事由(不祥事など)あり→付議義務否定

前述のように、契約上退職慰労金の支給することになっていれば、これを実現するため、株主総会に付議する義務があるのが原則ですが、例外的に付議する義務はないこともあります。たとえば、退職取締役が会社の資金を横領していた場合は、会社に直接的な損害を与える著しい裏切り行為で、犯罪にあたる行為です。このような特殊事情がある場合には株主総会に付議しない(退職金は支給しない)ことが正当化されるのです。

正当な事由(不祥事など)あり→付議義務否定

・・・退職慰労金支給に関する議題を株主総会に付議しないことについて正当な理由がある場合には、付議しないことは違法ではない。
このような場合としては、退任取締役について、内規に定める不支給事由に該当する具体的事実が認められる場合が考えられる。
また、内規に不支給事由が規定されていない場合でも、取締役が在職中に会社の財産を横領するなど、刑事罰に該当するような行為をした場合には、議題を付議しない合理的理由があると解してよい(・・・)。
※渡部勇次稿/東京地方裁判所商事研究会編『類型別会社訴訟Ⅰ 第3版』判例タイムズ社2011年p132、133

5 議決権拘束契約違反による損害賠償責任→否定方向

(1)江頭憲治郎氏見解・議案提出+説得する義務を認める

契約上退職金を支給することになっているケースでは、代表取締役は株主総会に付議し、かつ、他の株主に賛成するよう説得する義務がある、という見解もあります。この見解は、当該義務を履行しない場合には代表取締役個人が賠償責任を負う、というものです。

江頭憲治郎氏見解・議案提出+説得する義務を認める

あ 代表取締役の「議案提出+他の株主を説得する」義務

筆者も・・・退任取締役に対し退職慰労金の支給を約束した代表取締役には、その議案を取締役会・株主総会に提出し、自身がその議案に賛成すると同時に他の取締役・株主に対しその議案に賛成するよう説得する義務が生ずると考える。
・・・

い 議決権拘束契約違反→損害賠償責任

・・・代表取締役は、退任取締役に対し退職慰労金の支給を約束したことにより、後者との間で、一種の議決権拘束契約として、右のような行動をとる契約上の義務を個人として負ったと解し、その義務を懈怠した場合には、当該民法上の契約違反として、個人として後者に対し損害賠償の義務を負うと解する。
損害額は、原則として、約定の額である。
※江頭憲治郎稿『総会決議のない取締役退職慰労金の給付約束』/『ジュリスト1103号』有斐閣1996年12月p151

(2)類型別会社訴訟・代表取締役の責任否定方向

前述の江頭氏の見解については、反対する方向性の見解も優勢です。ポイントは、江頭氏の見解は代表取締役が大株主であることが前提でないと成り立たない、という指摘です。
結局、実務では、前記の見解がそのまま採用されることはあまりありません。

類型別会社訴訟・代表取締役の責任否定方向

そこで、検討すると、①(注・江頭憲治郎氏見解)については、代表取締役としての支給約束が、株主個人としての議決権拘束契約に直ちにつながるのかという疑問はあるものの、法律構成としては、あり得ないものではない。
もっとも、上記法律構成は当該代表取締役が大株主であることを前提としていると解されるところ、当該代表取締役が株主でない場合にはこの法律構成による救済は困難であるし、当該代表取締役が株主であっても、その持株比率が全体の過半数を超えない場合には、当該代表取締役が議案に賛成する義務を負っても、他の株主の反対により退職慰労金支給の株主総会決議が成立しない可能性は残る。
したがって、当該会社の株主構成によっては、相当因果関係の立証が困難な事例もあるであろう(・・・)。
また、どのような事実関係があれば、代表取締役と退任取締役との間で退職慰労金の支給約束があったと認定できるのかという問題もある。
・・・退職慰労金内規があるだけで、代表取締役が株主個人としての議決権行使まで拘束されるというのは行き過ぎではないだろうか。
上記法律構成を採るとしても、代表取締役と退任取締役との間で明確な支給約束がある場合に限定されると解するのが相当である。
このようにみていくと、明確な支給約束があり、相当因果関係の立証も可能な事例は、総株主の実質的な同意という法律構成によって救済が可能な場合が多いので(・・・)、結局のところ、上記①の法律構成が意味を持つ事例は多くはないということになろう。
※渡部勇次稿/東京地方裁判所商事研究会編『類型別会社訴訟Ⅰ 第3版』判例タイムズ社2011年p135、136

(3)100%株主の約束を実質的な株主総会決議と認定する手法(参考)

なお、たとえば100%株主である取締役と退職した取締役が退職金を支給する約束をした場合は、実質的な株主総会決議といえるので、この理屈により退職慰労金請求権を認める、という解釈は実務でもとられることがあります。
詳しくはこちら|取締役の退職金の具体的請求権発生時期

6 会社の責任

(1)代表取締役の賠償責任→会社も負う(会社法350条)

以上は、一定の事情がある場合に、取締役(個人)が責任を負う、というものでした。この点、会社は責任を負わないのでしょうか。これについては会社法350条の規定により代表取締役(代表者)が責任を負う場合に会社も責任を負うということになります。

代表取締役の賠償責任→会社も負う(会社法350条)

(代表者の行為についての損害賠償責任)
第三百五十条 株式会社は、代表取締役その他の代表者がその職務を行うについて第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。
※会社法350条

(2)代表取締役による約束の責任を会社が負う見解→否定方向

前述のような、会社法350条によって(代表取締役個人の責任を前提として)会社も責任を負う、という理論とは別に、代表取締役の行為によって、直接的に会社が責任を負うという見解もあります。江頭氏は、米国での議論を元にしてこのような見解を提唱しています。しかし、会社法361条と整合しないなどの点から、実務では採用されない傾向が強いです。

代表取締役による約束の責任を会社が負う見解→否定方向

あ 江頭憲治郎氏見解・会社の賠償責任肯定

ア 問題提起 (注・代表取締役が退任取締役に、退職金支給を約束したケースについて)
・・・代表取締役がその義務を懈怠した場合、退任取締役は、会社に対しても何らかの請求ができるか。
これは、代表取締役(または取締役会)が、株主総会の権限に属する事項につき、その決議を成立させる旨を代表取締役等の資格において第三者に対し約束し、その履行を怠った場合に、第三者は、それが会社との間の有効な契約であったことを理由として会社に対し損害賠償請求をすることができるか、という問題の一環である。
その種の約束は、アメリカで企業買収の手段として多く用いられた(いわゆる「ロック・アップ(lock-up)」の契約)。
イ 筆者見解→合理性を条件に会社への拘束力を肯定 アメリカでも、その契約の有効性をめぐって議論があるが(証券取引法研究会国際部会訳編・コーポレート・ガバナンス二〇七頁[日本証券経済研究所・一九九四]参照。有効性を疑う見解があるのは、事実上総会がそれを拒絶することが困難になるからである)、筆者は、その種の約束は、実質的に会社(株主)の利益に資する内容のものである限り、会社との関係で有効性を認めてよいと考える(たとえばロックアップ契約は、さもなければ出てこなかったであろう企業買収者を引き出す形で株主の利益になることが多い)。
そこで、代表取締役が退任取締役との間で退職慰労金支給の約束をした場合についても、その実質的内容が合理的なものである限り、その約束は会社を拘束すると解する。
ウ 約束の認定→同族会社であれば内規 右のように考えた場合、具体的問題として、代表取締役と退任取締役との退職慰労金給付約束はいついかなる形で成立すると解すべきか、が問題となる。
この点に関しては、二で述べた最高裁判決を始めとするいくつかの事案のように、同族会社においても退職慰労金に関する内規が存在する場合には、原則として当該約束が成立したと解してよいと考える。
ただし当該約束は、退任取締役が会社の利益を害した事情がある、会社の業績上支給が無理である等の特段の事情があれば内規どおりの支給はなされない旨を含んだ合意と見るべきであろう。
このように解すれば、前記の学説①のように裁判所が妥当な金額を決めねばならないという困難さはなくなる。
原則として内規または代表取締役の表示(本件の場合)の額が、退任取締役が会社に対し請求できる金額となるからである。
そして実質的に考えれば、同族会社における右の金額が「お手盛り」的な不当に高い額である事態は、通常はないのではなかろうか。
※江頭憲治郎稿『総会決議のない取締役退職慰労金の給付約束』/『ジュリスト1103号』有斐閣1996年12月p151

い 類型別会社訴訟・会社の責任否定

次に、②(注・江頭氏見解)については、理論的に賛同し難い。
なぜならば、代表取締役がした退職慰労金支給約束に会社が拘束されるとすれば、株主総会は代表取締役がなした支給約束を甘受せざるを得ない結果となるが、そのような結論は、会社法361条[旧商269条に対応]が、退職慰労金支給に関する決定権限を株主総会に付与していることと整合しないからである。
文献[30]151頁(注・江頭氏見解)は、支給約束の内容が合理的な場合に限って会社を拘束するとの限定を付してはいるが、本来、株主総会は内規や慣行にとらわれずに自由に退職慰労金額を決定できる権限を有しているのであり(・・・)、代表取締役の支給約束によって、上記権限が制約される法的根拠が不明といわざるを得ない。
よって、②の法律構成を採ることは困難である
※渡部勇次稿/東京地方裁判所商事研究会編『類型別会社訴訟Ⅰ 第3版』判例タイムズ社2011年p136

7 損害額の算定の問題→相当因果関係否定方向

以上のように、契約上退職金を支給することになっているのに、取締役(会)が株主総会に退職金の支給を付議しない場合、取締役が損害賠償責任を負うことになります。この場合、損害額の算定で問題が生じます。まず、損害額の金額を簡単にいうと、仮に株主総会に付議したとしたら、株主総会で決定された退職金の金額ということになります。要するに、株主総会で決議される内容を予想するわけです。ここで、株主総会の決議は基本的に(適法な手続であれば)自由です。
詳しくはこちら|取締役退職金の不支給または著しい低額の株主総会決議
結局、この株主総会で決議される内容の予測ができないのです。理論的には取締役(会)が付議しないこと損害発生の間に相当因果関係がないということになる傾向が強いのです。

損害額の算定の問題→相当因果関係否定方向

あ 「株主総会で支給が決議されたはず」の主張立証が必要

取締役会等が株主総会に退職慰労金支給議題を付議しなかったことが違法であると認められても、損害賠償責任が認められるためには、違法行為と損害との間に相当因果関係が認められる必要がある。
したがって、原告(退任取締役)としては、違法行為がなければ損害が発生しなかったこと、すなわち、取締役会等が株主総会に退職慰労金支給議題を付議していたら、損害額として主張する金額と同額の退職慰労金支給が決定されていたであろうことを主張立証する必要がある。

い 株主総会の裁量の広さ→相当因果関係否定方向

株主総会は、内規や慣行にとらわれずに退職慰労金額を判断することが可能であり・・・、取締役会等が付議した金額どおりの退職慰労金額が決定されるとは限らないから、一般的には、相当因果関係の立証は難しいことが多いと考えられる。
※渡部勇次稿/東京地方裁判所商事研究会編『類型別会社訴訟Ⅰ 第3版』判例タイムズ社2011年p133

本記事では、取締役の退職金を支給する契約があるけれど株主総会決議がないケースの法的扱いについて説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に取締役(役員)の退職金に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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【株主総会による取締役退職金一任決議の後の取締役会決議の懈怠や不当な減額・不支給】
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