【取締役退職金の不支給または著しい低額の株主総会決議】

1 取締役退職金の不支給または著しい低額の株主総会決議

取締役の退職慰労金(退職金)は、定款または株主総会決議がないと支給できません。
詳しくはこちら|取締役の退職金・弔慰金への会社法361条の適用(株主総会決議の要否)
そこで契約上、退職金が支給されることになっていても、株主総会で支給しないと決議される、または、(契約上の金額よりも)低い金額が決議される、ということも起きます。このような場合にどのような扱いになるか、ということを本記事で説明します。

2 株主総会決議の万能性(前提)

最初に、会社の根本的ルールとして、株主総会は万能(オールマイティー)であるというものがあります。会社のオーナーの意思決定なので、基本的に(適法であれば)どのような内容を決めてもよい、ということです。

株主総会決議の万能性(前提)

株主総会決議において、退職慰労金額を定める場合、いかなる金額に定めるかは総会の自主的判断に委ねられており、原則として、手続が適法である限りは、額が相当かどうかは裁判所の審査対象とはならない(・・・)。
※渡部勇次稿/東京地方裁判所商事研究会編『類型別会社訴訟Ⅰ 第3版』判例タイムズ社2011年p133

3 株主総会決議の取消・無効確認訴訟→否定(無意味)

前述のように、株主総会で決議した内容に不満があっても、原則として尊重されますが、事情によっては裁判所が否定することができます。具体的には決議取消判決無効確認判決です。仮に特殊な事情があったケースで、これらの判決がなされたとしても、結局、決議がなかった状態に戻るだけです。判決で退職金を支給する決議があったことにすることはできません。

株主総会決議の取消・無効確認訴訟→否定(無意味)

・・・株主総会が正当な理由もなく、内規や慣行を無視した低額な支給決議をした場合には、救済措置が考えられるべきであるとの立場から、
①当該株主総会決議の効力を争う方法、
・・・を主張する学説がある・・・。
これらの救済措置は理論的にはあり得ないものではないが、①については、仮に多数決濫用の決議であるとして株主総会決議の取消し又は無効確認判決がされたとしても、それのみでは退職慰労金請求ができることにはならず、救済方法として不十分であること(退職慰労金支給に関する有効な決議がないことになるにすぎず、新たな支給決議がされない限り、具体的な退職慰労金請求権は発生しない。)。
※渡部勇次稿/東京地方裁判所商事研究会編『類型別会社訴訟Ⅰ 第3版』判例タイムズ社2011年p133、134

4 株主総会の議案を提出した取締役の責任→否定

株主総会で不当な決議がなされたケースを想定します。たとえば契約上約束された退職金の金額よりも大幅に低い金額の退職金が決議されたというものです。
株主総会で不当な決議がされた元をたどっていくと、不当な金額の退職金支給の議案を提出した取締役会が原因だ、ということになります。そこで、そのような議案を出した取締役(取締役会で賛成した取締役)に責任がある、という発想に至ります。ただ、株主総会で多数決で決めた以上は、最終的には株主の判断といえます。仮に株主が議案に反対すれば否決にすることもできました。株主が別の退職金の金額の議案を提出する方法もあったのです。そこで、原因となった議案を提出した取締役(会)の責任は、実務では否定される傾向が強いです。

株主総会の議案を提出した取締役の責任→否定

あ 類型別会社訴訟・否定方向

・・・株主総会が正当な理由もなく、内規や慣行を無視した低額な支給決議をした場合には、救済措置が考えられるべきであるとの立場から、
・・・
②不支給又は著しく低額の決議をする原因となった、退職慰労金議案を提出した取締役の責任を追及する方法を主張する学説がある・・・。
・・・
②については、仮に取締役に違法行為が認められるとしても、退職慰労金額をいくらにするかは株主総会の判断事項であり、内規どおりの金額で議案を提出しても株主総会がこれを承認したか否かは分からないのであるから(現に不支給・減額決議がされている。)、違法な議案提出と損害発生との相当因果関係の立証が困難であることが、問題点として指摘されるであろう。
※渡部勇次稿/東京地方裁判所商事研究会編『類型別会社訴訟Ⅰ 第3版』判例タイムズ社2011年p133、134

い 昭和62年東京地判・否定

・・・退職慰労金支給に関する内規が存在し、かつ、それに則った退職慰労金の支給が慣例化している場合には、当該会社の取締役が右内規に従った退職慰労金支給の期待を抱くのは当然と思われるが、既に述べたとおり、商法二六九条の適用のある取締役の退職慰労金は、定款にその額を定めないかぎり、株主総会の決議によって決定されるのであるから、取締役会の決定した退職慰労金支給に関する内規が存在しても、必ずこれに従った退職慰労金が支給されるとの保障はないのであり、また、取締役会が株主総会に退職慰労金支給に関する議案を提出することを決定するに当たって、適用が慣例化した内規が存在する場合は、できるだけ内規を尊重すべきであるとは思われるが、右内規が取締役会で決定されたものであるかぎり、取締役会の決議によってこれを改訂し、または特定の場合について内規の適用をしない扱いをして内規と異なる退職慰労金支給案の提案を決議することも、その動機及び目的等に特に不法な点がないかぎり、許されると解される。
※東京地判昭和62年3月26日

本記事では、取締役の退職金について株主総会で不支給または低い金額の決議がなされたケースについて説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に取締役(役員)の退職金に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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【取締役の退職金の契約はあるが株主総会決議がないケースの法的扱い】
【文書の成立の真正の基本(民事訴訟法228条)】

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