【職場環境(過労やパワハラ)による自殺の労災・損害賠償が認められる要件(実践アプローチ)】
1 職場環境(過労やパワハラ)による自殺の労災・損害賠償が認められる要件
職場環境(過労・パワハラ・セクハラ)により自殺に至ったケースでは、労災や企業の損害賠償責任が認められます。
詳しくはこちら|職場環境(過労やパワハラ)による自殺と労災・損害賠償の総合ガイド
労災については、労働者災害補償保険法(労災保険法)に基づく「業務上の災害」として労災認定されれば、遺族は遺族補償年金などの給付を受ける、というものです。労災認定されれば、その後の勤務先への損害賠償請求においても有利に働きます。
詳しくはこちら|仕事による自死(過労自殺)の労災・損害賠償請求が認められる要件(基礎知識)
本記事では、職場環境による自殺が労災認定されるための要件と判断基準について、実際に労災申請をするために必要なノウハウを解説します。
2 労災認定の基本的な考え方→業務起因性が必要
労災保険制度は、業務上の事由または通勤による労働者の負傷、疾病、障害、または死亡に対して保険給付を行う制度です。自殺については、かつては「自殺は本人の意思による行為」として労災認定が難しいとされていましたが、現在では「業務による強い心理的負荷によって精神障害を発病し、その結果として自殺に至った」と認められる場合には、業務上の災害として労災認定される可能性があります。
自殺が労災として認定されるためには、「業務起因性」が認められる必要があります。すなわち、業務と死亡(自殺)との間に相当因果関係が認められなければなりません。
3 「強い心理的負荷」の概念→精神障害発病レベル
(1)「強い心理的負荷」の定義
業務起因性が認められる(自殺が労災として認定される)ための重要な要件の一つは、死亡した労働者が業務によって「強い心理的負荷」を受けていたと認められることです。厚生労働省は、「心理的負荷による精神障害の労災認定基準」を定めており、その中で「強い心理的負荷」の判断基準を示しています。
(2)認定基準の変遷
この認定基準は平成11年に策定され、その後、平成23年に大幅に改定されました。現在は平成23年の認定基準が適用されています。
(3)客観的評価の重要性
「強い心理的負荷」とは、平均的な心理的耐性を有する労働者であっても精神障害を発病する可能性のある程度の心理的負荷を意味します。この評価はあくまで「客観的」に行われるものであり、本人の主観的な受け止め方だけで判断されるものではありません。
4 労災認定の主な要件
(1)対象疾病である精神障害の発病
自殺の原因となった精神障害が、労災認定基準で対象とされている疾病に該当する必要があります。
対象となる疾病には、うつ病(大うつ病性障害など)、双極性感情障害(躁うつ病)、適応障害、急性ストレス障害、外傷後ストレス障害(PTSD)、不安障害、統合失調症、その他のICD-10(国際疾病分類第10版)に分類される精神障害が含まれます。
これらの診断は、主に精神科医によって行われ、生前の診断書や診療録などの医学的証拠が遺族による労災申請において重要となります。
(2)発病前6か月の間の強い心理的負荷
精神障害の発病前おおむね6か月以内に、客観的に精神障害を発病させるおそれのある業務による「強い心理的負荷」があったと認められる必要があります。
この評価は、「業務による心理的負荷評価表」に基づいて行われ、具体的な出来事について心理的負荷の強度を「強」「中」「弱」の三段階で評価し、総合的に判断されます。
(3)精神障害発病について他の要因がない
精神障害が業務以外の個人的な問題や労働者自身の脆弱性によって発病したとは認められない必要があります。
業務以外の心理的負荷の典型例は、離婚や別居、家族の死亡や重病、多額の借金、事故や災害の被害などです。また、個体側要因として、既往歴、アルコール依存、性格傾向なども考慮されます。
これらの要因があったとしても、それらよりも業務による心理的負荷の影響が大きいと判断されることが必要です。
5 具体的な判断基準:過労、ハラスメント、精神的なストレスなど
(1)過労(過重労働)
長時間労働は、精神障害の発病に大きな影響を与える要因の一つです。
労災認定においては「過労死ライン」と呼ばれる一定の基準(目安)があります。
発病前1か月に100時間超の時間外労働、発病前2~6か月平均で80時間超の時間外労働、発病直前の1か月に160時間以上の時間外労働、発病前3週間に120時間以上の時間外労働などが「強」と評価される可能性が高くなります。
これらの証明には、タイムカード、業務メール、社内システムへのログイン記録、同僚の証言などが重要となります。
(2)ハラスメント
パワーハラスメントやセクシャルハラスメントなどのハラスメント行為は、労働者に強い精神的苦痛を与えるものであり、精神障害の発病や自殺の原因となることがあります。
特に、人格否定や業務上明らかに不必要な精神的攻撃、長時間にわたる厳しい叱責、無視や仲間外れ、能力や経験とかけ離れた過大または過小な要求、プライバシーの侵害などが該当します。これらの事実を証明するためには、録音、メールや手紙、日記、同僚の証言などが有効です。
(3)精神的なストレス
その他にも、業務における重大な責任の発生、達成困難なノルマの設定、顧客や取引先とのトラブル、配置転換や異動による環境変化、職場の人間関係の悪化、事故や災害の体験なども、強い心理的負荷として評価されることがあります。
これらの要因が複合的に作用し、精神状態を悪化させて自殺に至ることがあります。
6 精神障害と自殺の因果関係の認定→強い心理的負荷+精神障害発病
業務による強い心理的負荷によって精神障害を発病した労働者が自殺した場合、原則として、精神障害によって正常な認識や行為選択能力が著しく阻害され、または自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害された結果であると推定され、業務起因性が認められます。
かつては遺書の有無や内容が判断に大きな影響を与えることもありましたが、現在では遺書の内容や作成時の状況などを考慮しつつも、精神障害が自殺の主要な原因であると認められれば、労災認定される傾向にあります。
7 労災認定申請に必要な証拠と資料→広い範囲で集める
労災認定申請にあたり、以下のような証拠や資料の収集が重要です。
まず基本的な申請書類としては、遺族補償給付支給請求書、死亡診断書または死体検案書、戸籍謄本、住民票などが必要です。
次に、業務と自殺との因果関係を証明するために、勤務実態を示す資料(タイムカード、シフト表、業務メールの記録など)、精神障害に関する資料(診断書、診療録など)、ハラスメントの証拠(録音、メール、日記、証言など)、業務内容や職場環境の資料(業務分掌、人事評価書類、議事録など)、故人の状態に関する資料(日記、メモ、遺書、証言など)をできるだけ多く集める必要があります。
8 労災認定のプロセスと期間→半年から1年程度
労災認定のプロセスは、所轄の労働基準監督署への相談から始まり、申請書類の準備と提出、調査、専門部会での検討、決定、通知という流れで進みます。このプロセスには数か月から1年程度かかることが一般的であり、特に精神障害や自殺の事案では事実関係の調査や因果関係の判断に時間を要するため、長期化する傾向があります。
9 労災認定への不服申立→審査請求
労災認定の結果に不服がある場合、まず労働者災害補償保険審査官に対して審査請求を行うことができ、その決定に不服がある場合は労働保険審査会に再審査請求を行うことができます。さらに、再審査請求の決定に対して不服がある場合は、裁判所に行政訴訟を提起することが可能です。これらの手続きにおいては、新たな証拠を提出したり、専門家の意見書を用意したりして、業務と自殺との因果関係をより強く主張することが重要です。
10 まとめ
職場環境による自殺の労災認定は、遺族が遺族補償年金などの給付を受けるためだけでなく、その後の勤務先への損害賠償請求においても重要な意味を持ちます。労災認定されることで、業務と自殺との因果関係が認められ、民事訴訟でも有利に働くのです。
本記事では、職場環境(過労やパワハラ)による自殺の労災・損害賠償が認められる要件について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
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