【過労やパワハラによる自殺の企業責任を判断した実例と分析(判例)】

1 過労やパワハラによる自殺の企業責任を判断した実例と分析(判例)

職場環境(過労・パワハラ・セクハラ)により自殺に至ったケースでは、労災や企業の損害賠償責任が認められます。
詳しくはこちら|職場環境(過労やパワハラ)による自殺と労災・損害賠償の総合ガイド
企業の損害賠償について、裁判所はどのような判断を示しているのでしょうか。
本記事では、過労自殺やハラスメントによる自殺に関する代表的な裁判例を分析し、企業の責任が認められるケースと棄却されるケースの違い、そして判例から学ぶべきポイントについて解説します。
過去の裁判例を理解することは、遺族が損害賠償請求を検討する際の参考になるだけでなく、企業が自殺予防のための適切な対策を講じる上でも重要です。

2 電通事件・過労自殺裁判の転換点

(1)事案の概要

電通事件(最判平成12年3月24日)は、過労自殺に関する裁判の転換点となった重要な判例です。
1991年、大手広告代理店の電通に入社した新入社員A氏(当時24歳)が、入社から約8カ月後に自殺しました。A氏は入社以来、月間平均約100時間の時間外労働を強いられており、直前の1カ月には約150時間の時間外労働をしていました。精神的・肉体的に極限状態に追い込まれた末に、うつ病を発症し自殺に至りました。遺族は、過重労働を課した会社の安全配慮義務違反を理由に、損害賠償を求めて提訴しました。

(2)裁判所の判断

一審の東京地方裁判所は、会社側の安全配慮義務違反を認め、約1億2600万円の損害賠償を命じました。
二審の東京高等裁判所では減額されましたが、「使用者は労働者に対し、労働契約に基づき、労働者がその生命、身体等を害されることがないよう、労働環境を整備し、労働者の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負っている」と判断しました。
最高裁は、会社側の安全配慮義務違反を認め、高裁判決の賠償額算定を違法として破棄差戻しました。
その後の差戻審で、会社は約1億6800万円を支払うことで和解が成立しました。

(3)判決のポイント

電通事件判決の重要なポイントは、使用者の安全配慮義務には労働者の精神的健康への配慮も含まれることを明確にしたこと、長時間労働と自殺との間の因果関係を認めたこと、使用者は労働時間を適切に管理・把握する義務があるとしたこと、「うつ病の発症について予見可能性がなかった」という会社側の主張を退けたことです。
この判決は、過労自殺における企業責任の先例となり、その後の同種事案に大きな影響を与えました。

3 過労自殺が認められた主要な判例

(1)日本郵便事件(最判平成26年3月24日)

郵便局の課長(当時40歳)が、過重な業務により精神障害を発症し自殺した事案です。
最高裁は、業務の過重性と自殺との因果関係を認め、会社側の安全配慮義務違反を認定しました。被害者に「性格的な脆弱性」があったとしても、それが業務による強い負荷で自殺に至ったと認められる場合には、会社の責任が免れないとされました。

(2)雄武町職員過労自殺事件(札幌地判令和6年2月6日)

北海道雄武町の職員(当時45歳)が、33日連続勤務や月100時間を超える残業といった過重労働の末にうつ病を発症し自殺した事案です。
裁判所は町の安全配慮義務違反を認め、遺族に対して約8900万円の損害賠償を命じました。連続勤務を余儀なくされる状況を放置した点が重視されました。

(3)大阪飲食店事件(大阪地判平成30年3月1日)

飲食店の店長(当時26歳)がうつ病を発症して自殺した事案です。
労災認定はされなかったものの、裁判所は店長の長時間労働と精神的負荷を認め、会社と役員に対して約4200万円の損害賠償を命じました。

4 ハラスメントによる自殺が認められた判例

(1)パワハラ自殺事件(福井地判平成26年11月28日)

中小企業の従業員(当時23歳)が、上司による暴言や暴力的指導などのパワーハラスメントが原因でうつ病を発症し自殺した事案です。
裁判所は、上司のパワハラ行為と会社の安全配慮義務違反を認め、会社に対して約8600万円の損害賠償を命じました。

(2)市水道局いじめ自殺事件(東京高判平成15年3月25日)

水道局に勤務していた職員が、上司や同僚からの継続的な侮辱やいじめにより自殺した事案です。
裁判所は、行為が社会通念上許容される限度を超えており違法であると認定し、市に約2350万円の損害賠償を命じました。

(3)医療法人職員自殺事件(札幌高判平成25年11月21日)

医療法人に勤務していた臨床検査技師が、長時間労働に加え、上司からの暴言メッセージが原因で自殺した事案です。
裁判所は、会社の安全配慮義務違反を認め、約6000万円の損害賠償を命じました。

5 請求が棄却された事例とその理由

(1)富士電機E&C事件(東京高判平成22年8月25日)

精神疾患で休職していた社員が職場復帰後にうつ病を再発し自殺した事案です。
裁判所は、会社側が適切な復職判断と配慮を行っていたと認定し、安全配慮義務違反を否定しました。

(2)東京メトロ事件(東京地判令和6年2月28日)

東京メトロの社員が月74時間の時間外労働の後に自殺した事案です。
裁判所は、労働環境を総合的に見て心理的負荷が強いとは言えないと判断し、遺族の請求を棄却しました。

(3)損害賠償請求が棄却される主な理由

業務と自殺との因果関係が認められない場合、会社が合理的な安全配慮義務を果たしていると認められる場合、私的要因が自殺の主因とされる場合、労働時間や業務内容が過重でないと認定される場合、会社側に予見可能性がなかったと判断される場合などがあります。

6 判例から読み取れる企業責任の判定ポイント

企業の責任が認められるか否かの判断においては、業務の過重性(長時間労働、連続勤務、労働密度、精神的負荷)、ハラスメントの有無と程度(暴言、人格否定、頻度と継続性)、会社の対応(把握・改善、相談体制、復職支援、予見可能性への対応)、因果関係の有無(業務と精神障害、自殺との因果関係、私的要因の影響)などが重視されます。

7 認容額の傾向と要素

(1)認容額の範囲→5〜8000万円が多い

単純に認容額(認められた金額)だけに着目すると、約2000万円〜1億6800万円の幅ということになります。平均的には5000万円〜8000万円の範囲におさまるケースが多いです。

(2)認容額に影響する要素

前述の金額はあくまでも過去の事例を振り返ってみたものです。実際には、個別的な事情によって大きく違ってきます。
たとえば、被害者の年齢と収入、家族構成、企業側の過失の程度、労災保険給付の有無などが金額に影響します。

8 判例から学ぶポイント

(1)遺族の方へ

証拠の収集(労働時間記録、診断書等)、早期に専門家に相談して、労災申請を適切に行うことや時効(基本的に5年)の確認をすることが重要です。

(2)企業の方へ

労働時間の適切な管理、ハラスメント防止体制の整備、メンタルヘルス対策、適切な職場復帰支援、リスク要因の早期把握と対応が求められます。

9 まとめ→企業の責任は大きい・予防の重要性

職場環境による自殺に関する裁判例からは、長時間労働やハラスメントが原因で自殺に至った場合、企業が損害賠償責任を負う可能性が高いことが分かります。一方で、適切な対策を講じていた場合には責任を免れる可能性もあります。
企業は、従業員の心身の健康を守ることがリスク回避だけでなく生産性向上にもつながると理解することが重要です。遺族にとっても、適切な損害賠償請求を通じて故人の名誉を回復する意義があります。

本記事では、過労自殺・ハラスメント自殺における企業責任を判断した実例や分析について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に職場環境によりお亡くなりになったケースに関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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