【職場環境(過労やパワハラ)による自殺の損害賠償の金額算定方法と実例】
1 職場環境(過労やパワハラ)による自殺の損害賠償の金額算定方法と実例
職場環境(過労・パワハラ・セクハラ)により自殺に至ったケースでは、労災や企業の損害賠償責任が認められます。
詳しくはこちら|職場環境(過労やパワハラ)による自殺と労災・損害賠償の総合ガイド
では、損害賠償が認められた場合、遺族はどのような種類の損害賠償を請求でき、それらはどのように算定されるのでしょうか。
本記事では、職場環境による自殺における損害賠償の種類と具体的な算定方法について、実際の判例を紹介しつつ解説します。
適切な損害賠償を請求するためには、損害の種類と算定方法を正確に理解することが重要です。この記事が、大切な方を亡くされた遺族の方々にとって参考となれば幸いです。
2 損害賠償の基本的な種類
(1)財産的損害
財産的損害とは、金銭的に評価できる損害のことであり、治療費、逸失利益、葬祭費などが含まれます。
治療費には、自殺に至るまでの精神疾患の治療にかかった費用が含まれ、逸失利益は将来得られたであろう収入を基に算定されます。葬祭費は葬儀にかかった費用です。
(2)精神的損害(慰謝料)
精神的損害とは、精神的苦痛に対する賠償金であり、本人の慰謝料と遺族固有の慰謝料に分けられます。労働者本人が受けた精神的苦痛に対する賠償と、遺族が被った精神的苦痛に対する賠償は法律上は別のものとして扱うのです。
(3)その他の損害(弁護士費用など)
その他に、損害賠償請求のために弁護士に依頼した際の費用も損害として認められることがあります。
3 逸失利益の算定方法
(1)基本的な計算式
逸失利益は、以下の計算式で算出されます。
逸失利益 = 基礎収入 × (1 - 生活費控除率) × 就労可能年数に対応するライプニッツ係数
(2)各要素の内容
基礎収入とは、逸失利益を算定する際の年収のことで、通常は死亡時の年収が基準とされます。ただし、学生やパートタイム労働者などの場合は、全国平均賃金やフルタイム換算賃金が用いられます。
生活費控除率は、死亡により支出することがなくなった生活費の割合であり、扶養状況などに応じて30%から50%の範囲で定められます。
就労可能年数は、死亡時の年齢から原則として67歳までとされており、その年数に対応するライプニッツ係数が適用されます。
(3)具体的な計算例
あ 雄武町職員過労自殺事件→約5800万円
45歳で死亡した労働者について、基礎収入738万1574円、生活費控除率40%、就労可能年数22年、ライプニッツ係数13.1630を用いて、逸失利益は約5829万3099円と算定されました。
い 25歳の独身者の場合→約4400万円
基礎収入500万円、生活費控除率50%、就労可能年数42年、ライプニッツ係数17.4131を用いると、逸失利益は約4353万2750円となります。
4 慰謝料の算定方法
(1)本人の慰謝料→2000〜2800万円
死亡した労働者本人が生前に被った精神的苦痛に対する慰謝料です。
相場としては、一家の支柱が2800万円程度、配偶者や父母が2500万円程度、それ以外は2000万円から2500万円程度です。
(2)遺族固有の慰謝料→100〜500万円
遺族が受けた精神的苦痛に対する慰謝料で、配偶者が200万円から500万円、子どもや父母が各100万円から300万円が相場とされています。
(3)慰謝料の増額事由
会社の過失が重大である場合、精神疾患の罹患期間が長期である場合、若年死亡や死亡態様が特に悲惨な場合には、慰謝料が増額されることがあります。
(4)具体的な認定例
電通事件では、本人の慰謝料が3000万円、遺族(父母)に各500万円が認定されました。
雄武町職員過労自殺事件では、本人の慰謝料が2800万円、妻固有の慰謝料が200万円でした。
パワハラ自殺事件(福井地判平成26年11月28日)では、本人の慰謝料2500万円、遺族(父母)に各300万円が認定されました。
5 治療費と葬祭費の算定方法
(1)治療費
精神科診察料、薬代、入院費、カウンセリング費用、交通費など、自殺に至るまでにかかった精神疾患の治療費が含まれます。
領収書や診療明細で金額を算定します。
(2)葬祭費
葬儀費用、火葬料、墓地・墓石代、法要費用、香典返しなどが含まれます。
領収書等により金額を算定します。
裁判例では150万円程度が相当とされることが多いです。
6 弁護士費用の算定方法
損害賠償請求に伴い弁護士に依頼した場合、賠償額の10%程度が認められるのが一般的です。たとえば賠償額が8000万円の場合、800万円が弁護士費用とされることがあります。
7 損益相殺
(1)損益相殺の対象となるもの
たとえば、すでに労災から給付を受けている場合、給付済の部分は損害を補填するという意味で重複するので(企業が支払う)賠償金の計算では控除します。
控除されるものは、労災保険から支給された遺族補償年金、一時金、葬祭料、特別支給金などです。
(2)損益相殺の対象とならないもの
生命保険金、互助会給付金、見舞金などは、損害を補填する趣旨のものではありません。通常、控除しません(損益相殺の対象とはなりません)。
(3)遺族補償年金の中間利息控除
将来支給される遺族補償年金は、その現在価値を控除します。具体的には、ライプニッツ係数を用いて中間利息控除を行います。
例えば、雄武町職員過労自殺事件では、逸失利益が5829万3099円であり、遺族補償年金の現在価値2264万9040円を控除し、3564万4059円が損益相殺後の逸失利益とされました。
8 具体的な判例における賠償額の内訳
(1)雄武町職員過労自殺事件(札幌地判令和6年2月6日)
逸失利益3564万4059円、本人慰謝料2800万円、妻慰謝料200万円、葬祭費150万円、弁護士費用670万円という内訳で、合計約7384万円が認められました。
(2)電通事件(和解額)
逸失利益約8300万円、本人慰謝料3000万円、父母慰謝料各500万円、葬祭費約200万円、弁護士費用約1300万円という内訳で、合計約1億6800万円の和解が成立しています。
(3)パワハラ自殺事件(福井地判平成26年11月28日)
逸失利益約4700万円、本人慰謝料2500万円、父母慰謝料各300万円、葬祭費150万円、弁護士費用約800万円という内訳で、合計約8750万円が認められました。
9 損害賠償請求における注意点
(1)時効
債務不履行責任は、知ったときから5年または行使可能時から10年、不法行為責任は、加害者と損害を知ったときから5年または行為時から20年が時効です。
(2)証拠の収集と保存
労働時間の記録、診断書、録音やメール、日記、領収書などの証拠を確保しておくことが重要です。
10 まとめ
職場環境による自殺で損害賠償が認められた場合、請求できる損害には逸失利益、慰謝料、治療費、葬祭費、弁護士費用などがあります。これらの算定方法を理解し、損益相殺にも留意する必要があります。
本記事では、職場環境(過労やパワハラ)による自殺の損害賠償の金額算定方法と実例について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に職場環境によりお亡くなりになったケースに関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。