【過労・ハラスメントによる自殺を予防する企業の義務・予防策】
1 過労・ハラスメントによる自殺を予防する企業の義務・予防策
職場環境(過労・パワハラ・セクハラ)により自殺に至ったケースでは、労災や企業の損害賠償責任が認められます。
詳しくはこちら|職場環境(過労やパワハラ)による自殺と労災・損害賠償の総合ガイド
職場環境による自殺は、労働者とその家族にとって悲劇であるだけでなく、企業にも人材喪失、賠償責任、社会的評価低下など深刻な影響をもたらすのです。企業は労働者の自殺を予防するための対策を講じることが不可欠です。
本記事では、企業が職場環境による自殺を予防するための具体的対策と、発生時の法的責任について解説します。これらは労働者の健康を守るだけでなく、企業のリスク管理としても重要です。
2 企業の法的責任と安全配慮義務
(1)安全配慮義務の法的根拠
企業には労働者の安全と健康を確保するための「安全配慮義務」があります。主な法的根拠は、労働契約法第5条、労働安全衛生法、民法第715条および第415条です。
(2)安全配慮義務の内容
安全配慮義務には身体的な安全と精神的な健康への配慮が含まれます。電通事件などの判例により、適切な労働時間管理、職場環境整備、メンタルヘルスケア実施、業務配分適正化、体調不良者対応といった具体的措置が求められることが明確化されています。
(3)企業の法的責任
安全配慮義務違反の結果、労働者が自殺した場合、民事責任として損害賠償請求、行政責任として労働基準監督署からの指導・是正勧告、刑事責任として業務上過失致死罪や労働安全衛生法違反が問われる可能性があります。
3 ストレスチェック制度の適切な運用方法
(1)ストレスチェック制度の概要
2015年12月に施行され、従業員50人以上の事業場に義務付けられました。労働者のストレス把握、自己認識促進、職場環境改善、メンタルヘルス不調予防が目的です。
(2)ストレスチェックの実施方法
実施には、医師や保健師などの実施者選任、実施体制整備が必要です。具体的には、労働者への説明、年1回以上のチェック実施、結果通知、高ストレス者面接指導、集団分析と環境改善活用などの手順が求められます。
(3)ストレスチェック制度の効果的な活用
単なる制度実施にとどまらず、面接指導や業務軽減など高ストレス者への具体的対応、部署別分析結果活用、定期実施による改善サイクル確立、個人情報保護徹底が重要です。
4 ハラスメント防止対策の具体例
(1)ハラスメント対策の法的根拠
2019年の労働施策総合推進法改正により、パワーハラスメント防止措置が義務付けられました。また、男女雇用機会均等法、育児・介護休業法により、セクシュアルハラスメントやマタニティハラスメント防止義務も課されています。
(2)ハラスメント防止のための具体的な対策
方針の明確化と周知、社内外相談窓口整備、迅速な事実調査と被害者保護、加害者処分、再発防止策実施が求められます。
(3)効果的なハラスメント対策のポイント
経営層のコミットメント、定期的実態調査、管理職教育、事例を用いた研修、ハラスメントが起きにくい職場風土づくりが重要です。
5 長時間労働対策と労働時間管理
(1)長時間労働の法的規制
労働基準法により、法定労働時間は原則1日8時間、週40時間と定められています。時間外労働は36協定に基づき認められますが、上限(月45時間、年360時間など)があります。休憩や休日付与も法的義務です。
(2)長時間労働防止のための具体的対策
企業には客観的な労働時間の把握が求められます。タイムカード、ICカードなどによる記録化、残業申請と承認制度整備が必要です。把握した労働時間・就労状況を、業務プロセス見直し、人員配置最適化、テレワーク活用などに活かすことが望ましいです。
(3)過労死ラインを超える労働の防止
発病前1か月100時間超、2~6か月平均80時間超の時間外労働は業務起因性が高いとされます。長時間労働者の把握と面接指導、業務集中防止、応援体制整備が必要です。
6 メンタルヘルスサポート体制の構築方法
(1)メンタルヘルスケアの4つのケア
厚生労働省指針では4つのケアが推奨されています。「セルフケア」では労働者自身がストレスや心の健康を理解し自己ケア方法を習得します。「ラインケア」では管理監督者が部下状況を把握し職場環境改善や適切な業務配分を行います。管理職への専門研修が不可欠です。
「事業場内産業保健スタッフによるケア」では産業医や保健師等が健康相談や職場巡視を実施し、専門的助言を行います。「事業場外資源によるケア」では地域医療機関やEAP(従業員支援プログラム)などの外部専門家を活用します。これら4つのケアの組織的連携が効果的なメンタルヘルス対策基盤となります。
(2)メンタルヘルスサポート体制の構築
まず経営トップによる明確な方針表明が必要です。実施計画策定、予算・人員確保、衛生委員会設置、各部門責任者・担当者の明確化が重要です。
産業医・保健師との連携も不可欠です。定期ミーティング設定、健康診断・ストレスチェックデータ活用、職場巡視情報をもとにした改善策検討が必要です。中小企業ではEAPサービス導入も有効です。
不調者の早期発見・対応システム構築、上司・同僚からの情報提供ルート確立、医務室・相談窓口での定期確認、プライバシー保護と必要情報共有のガイドライン整備が求められます。
(3)メンタルヘルス教育の実施
全従業員対象の教育が必要です。全社員向け基礎研修ではストレス理解・対処法、支援制度を説明します。集合研修やeラーニングを組み合わせて効果を高めます。
管理職向けラインケア研修では不調サインの早期発見・対応スキルを習得します。ロールプレイや事例検討、定期フォローアップが効果的です。
キャリアステージに応じた研修も重要です。社内報やイントラネットでの定期的情報提供も従業員の意識向上に役立ちます。
7 職場復帰支援の具体的プログラム
(1)休職制度の整備
適切な休職制度が基本です。休職期間・復職条件、賃金・諸手当・社会保険の取扱いを就業規則に明確化します。傷病手当金申請手続き、休職中の評価・昇給への影響も明確にし従業員の不安を軽減します。
休職者への情報提供・支援体制も整備します。休職開始時の制度説明資料提供、担当者指名による定期連絡、社内重要情報の共有、プライバシー尊重と適切なコミュニケーション維持が大切です。
(2)職場復帰支援プログラムの基本ステップ
段階的プロセスとして設計します。復職前準備段階では主治医・産業医の就業可能判断、業務内容・勤務時間計画、受入部署調整を行います。
リハビリ出勤制度を活用し、短時間・簡単業務から通常業務への移行ステップを設けます。法的位置づけ・条件明確化、医師の了解取得が必要です。
復職後も時間短縮勤務から段階的に通常勤務へ移行します。各段階での業務・勤務時間設定、上司・産業医による定期面談実施が再発防止と持続的回復につながります。
(3)職場復帰支援のポイント
個別性重視の復職計画作成が不可欠です。疾病種類・程度、職種特性、個人状況を考慮した柔軟なプログラム設計が求められます。
進捗状況に応じた柔軟対応、定期評価と計画修正、体調悪化時対応方針の事前決定が重要です。
関係者間の連携とフォロー、人事部門・産業医・上司の情報共有と役割明確化、本人参加による効果的支援実現が必要です。
プライバシー保護と適切な情報共有のバランス、共有範囲・内容の慎重判断、適切な同意手続きと最小限情報共有ルール確立が求められます。
職場受入体制整備、上司への復職者対応研修、同僚への情報・協力依頼、業務分担見直しによる職場全体バランス維持も重要です。
8 まとめ
企業が過労・ハラスメントによる自殺を予防するためには、法的責任と安全配慮義務を理解した上で、適切な体制の構築、プログラムの整備が不可欠です。これらの対策は単に法的義務を果たすだけでなく、従業員の心身の健康を守り、生産性の向上や企業価値の維持・向上にもつながります。経営トップのリーダーシップのもと、全社的な取り組みとして継続的に実施することが重要です。
本記事では、過労・ハラスメントによる自殺を予防する企業の義務・予防策について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に企業の職場環境の整備に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。