【海外における過労やハラスメント自殺の予防策・日本との比較】
1 海外における過労やハラスメント自殺の予防策・日本との比較
職場環境(過労・パワハラ・セクハラ)により自殺に至ったケースでは、労災や企業の損害賠償責任が問題となります。
詳しくはこちら|職場環境(過労やパワハラ)による自殺と労災・損害賠償の総合ガイド
ところで、職場環境による自殺は、日本特有の問題ではありません。しかし、各国の労働環境、法制度、文化的背景によって、その実態や対応策には違いがあります。このような海外の実情を知ることで、企業が具体的対策の構築の際に参考になるのはもちろん、実際に生じた過労、ハラスメント自殺の損害賠償の場面でも、回避できた可能性の検討、つまり、責任の有無や賠償金額の判断に影響することもあり得ます。
本記事では、欧米やアジア諸国における職場関連自殺への対応と制度を紹介し、日本の状況と比較するとともに、国際的な企業における予防策の具体例も紹介します。
2 欧米における職場関連自殺への対応と制度
(1)アメリカ合衆国における自殺の損害賠償
アメリカでは、職場環境による自殺に対して、労働災害補償制度(Workers’ Compensation)をはじめとする制度が存在します。精神疾患による自殺も業務起因性が認められれば補償の対象となりますが、多くの州では自殺を「意図的行為」として原則除外しており、例外として精神疾患による判断能力の低下が認められる場合に限り補償対象となる傾向があります。また、不法行為訴訟により高額な懲罰的損害賠償が認められる可能性があり、企業の研修義務やコンプライアンス体制の不備が厳しく問われます。さらに、EAP(Employee Assistance Program)の普及、メンタルヘルス・パリティ法による保険適用、ハラスメント防止の厳格なガイドラインなど、予防的取り組みも重視されています。
(2)欧州の職場におけるメンタルヘルスのケア
欧州では、特にフランス、ドイツ、北欧諸国において、職場のストレスや精神的リスクに対する先進的な取り組みが展開されています。
フランスではテレコム社の事件を契機に精神的リスクの予防協定が整備され、勤務時間外のメール応答拒否の権利が法制化されました。
連合王国(UK・イギリス)では「マネジメント基準」に基づき職場ストレスの評価と対策が行われ、「フィット・ノート」制度により段階的な職場復帰が支援されています。
北欧諸国では、心理社会的職場環境に関する厳格な規制や「職場福利プログラム」などの包括的な制度が確立されています。
3 日本の制度(労災認定と損害賠償)の特徴と課題
(1)日本の制度の特徴
日本における職場環境による自殺への対応制度には、明確な労災認定基準があります。
「心理的負荷による精神障害の労災認定基準」(平成23年改正)により、強い心理的負荷の評価表を用いた客観的評価が可能であり、精神障害を発症していることを前提に、遺族補償年金等の給付を受けることができます。
さらに、電通事件を契機とした最高裁判決を通じて、安全配慮義務違反による損害賠償制度が確立されました。
「過労死等防止対策推進法」や労働契約法第5条により、制度の整備と明文化が図られ、判例の蓄積により予見可能性も拡大しています。ストレスチェック制度の法制化や労働時間の上限規制、ハラスメント防止の法制化など、予防的施策も実施されています。
(2)日本の制度の課題
一方で、精神障害の発症証明が必要であり、生前の受診歴がない場合は労災認定が困難となる点や、立証責任が遺族側にあることから、証拠収集の負担が大きいという問題があります。また、業務以外の要因が厳格に評価されるため、認定されにくい場合もあります。
損害賠償請求においては、訴訟期間が長期化し、慰謝料の金額も欧米に比べて低額にとどまります。
企業の組織的責任よりも個人の管理責任が問われる傾向があり、和解による解決が多いため判例の蓄積も限られています。
さらに、ストレスチェック結果の活用不足、中小企業での対策の遅れ、「名ばかり管理職」などによる労働時間規制の抜け穴、長時間労働を美徳とする風潮も根強く、予防対策の実効性に課題があります。
4 国際的な企業における予防策のベストプラクティス
(1)トップダウンアプローチ
国際的企業では、経営幹部が率先してメンタルヘルスの重要性を発信し、目標設定や管理職評価にメンタルヘルスを組み込んでいます。ユニリーバやグーグルではCEO自らが発信し、マイクロソフトではメンタルヘルス・スコアカードを導入、ドイツテレコムでは部下のメンタルヘルス管理が評価基準に含まれています。
(2)包括的メンタルヘルス・プログラム
ユニリーバでは予防・早期発見・治療・復職支援までを一貫したプログラムで展開し、インテルではアプリやプラットフォームを活用したデジタル支援を提供、バークレイズ銀行ではピアサポート制度を導入しています。フィリップスではフレックスタイムやリモートワークなど柔軟な働き方が推進されています。
(3)文化的配慮とローカライズ
ロレアルは地域ごとの文化を考慮した施策を展開し、ネスレは各国の制度に適応した対応を実施、H&Mは多言語でのサポート提供を行っています。
(4)具体的な成功事例
Googleの「gPause」プログラムではマインドフルネスを活用してストレス耐性を強化し、ユニリーバの「Lamplighter」プログラムでは精神・身体・目的意識の三本柱による健康増進が行われています。SAP社は「Mental Health Day」という休暇制度と「健康ダッシュボード」を通じた可視化を行っています。
5 海外で働く日本人の自殺リスクと対策
(1)海外派遣者特有のリスク
海外で働く日本人社員は、言語・文化の違い、現地と本社の板挟み、家族との分断、医療・相談環境の不備、時差対応による長時間労働といった特有のリスクに直面します。
(2)海外派遣者への安全配慮義務
企業には、海外派遣者に対しても安全配慮義務があり、「海外派遣者特別加入制度」や現地労働法令との整合性、健康管理体制の整備、メンタルヘルスケアの確保が求められます。
(3)効果的な支援策
赴任前の研修充実、オンラインでのメンタルヘルスチェック、24時間相談窓口、帰国後の逆カルチャーショック対策、家族全体へのサポートなど、包括的な支援体制が必要です。
6 まとめ
職場環境による自殺は、個人の問題ではなく、企業、社会、制度全体の課題です。日本における法制度や企業の取組は進展を見せていますが、国際的な視点から学び、経営層のコミットメントや柔軟な働き方の導入、文化的背景に配慮したローカライズによって、より効果的な予防策の構築が求められます。
本記事では、海外における過労やハラスメント自殺の予防策・日本との比較について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
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