【葬儀費用は誰が負担するのか(喪主・相続人・相続財産・慣習説)】
1 葬儀費用は誰が負担するのか
葬儀費用(葬式費用)を誰が負担するのか,ということで対立するケースもあります。相続,遺産分割という大きな対立の前哨戦ともいえる状況となります。
具体的には,葬儀社に支払う費用は,相続人全員で均等に分担する,あるいは遺産から支払うべきだ,という発想もあり,一方で,葬儀社に依頼した喪主だけが負担して,相続(遺産分割)の話しとは切り離すべきだ,という発想もあるのです。
本記事ではこのような葬儀費用の負担者の問題について説明します。
2 葬儀費用の意味(内容)
誰が負担するか,という解釈が前提とする「葬儀費用」にはどこまで含まれるのか,ということを先に押さえておきます。「葬儀」といえる範囲で,通常行うようなものは広く含まれます。この点,法要や石碑建立は「葬儀」そのものではないので「葬儀費用」に含まれません。
葬儀費用の意味(内容)
あ 追悼儀式に要する費用(含む)
ア 葬式場設営イ 読経
い 埋葬などに要する費用(含む)
ア 死体の検索イ 死亡届(提出)ウ 死体の運搬
棺柩その他葬具・火葬の費用・人夫の給料
エ 火葬オ 墓地・墓標
・墓地の代価
・墓標の費用
う 葬儀費用に含まれないもの
標準的な葬儀に該当しないものは「葬儀費用」に含まない
具体例として次のようなものがある
ア 法要等の法事イ 石碑建立等の費用
※名古屋高裁平成24年3月29日
※東京地裁昭和61年1月28日
3 葬儀の主宰者(喪主)の負担とする見解
葬儀費用を誰が負担するか,という解釈については,いろいろな見解があります。最高裁による統一的見解はないのですが,もっとも採用されやすい,つまり,近年の裁判例の傾向としては,喪主(などの主宰者)が負担するという見解です。喪主は香典をもらえるのですが,香典はそもそも葬儀費用を出し合うという趣旨もあるので,喪主が負担することが想定されていると考えられます。
葬儀の主宰者(喪主)の負担とする見解
あ 見解の内容
葬儀・葬式を主宰した者(主宰者)が,自己の債務として葬儀費用を負担する
主宰者とは,自己の責任と計算において,葬儀のプロセス(い)を履行した者である
通常は喪主であるが,喪主が形式的なものにすぎないときは,実質的な葬式主宰者である
い 葬儀のプロセスの内容
ア 儀式の準備・手配
・葬儀社に連絡し,諸手続を依頼すること
・葬儀社との間で,費用・プランの交渉・決定を行うこと
・葬儀費用を自身で負担する意思表示をすること
イ 儀式の挙行
※東京地判昭和61年1月28日
※東京地裁平成6年1月17日
※神戸家裁平成11年4月30日
※名古屋高裁平成24年3月29日
※東京地判平成25年3月11日
※東京地判平成25年4月25日
※松原正明『相続法2』日本加除出版p303〜308
※『判例民法10』第一法規出版p11〜12(相続財産による負担も許容する)
※自由法曹団『くらしの法律相談ガイドブック』旬報社p178
う 香典の扱いとの関係
一般的に香典は喪主に帰属する
喪主が葬儀費用を負担することと整合する
詳しくはこちら|祭祀主宰者と喪主|喪主の意味・権限・祭祀主宰者と別人を指定した事例
4 相続人の負担とする見解
葬儀費用は,相続人全員で,法定相続分に応じて分担する,という見解もあります。葬儀費用の負担の割合と,遺産をもらえる割合を一致させるのが公平だと考えるのです。
相続人の負担とする見解
あ 見解の内容
相続人が共同で葬儀費用を負担する
=法定相続分に応じた分割承継となる
い 特殊事情による調整
不相当に過大な葬儀費用であった場合
→不相当部分は喪主が負担する
※東京高決昭和30年9月5日
※仙台高決昭和38年10月30日
※大阪高裁昭和49年9月17日
※御器谷修ほか『Q&A遺産分割の実務』清文社
5 相続財産の負担とする見解
葬儀費用は,相続財産(遺産)から支出する,という見解もあります。一般論として,自身が亡くなった時の葬儀費用としてかかる金額を預貯金として残しておくと考える人もいます。また,相続税の計算では,葬儀費用を差し引きます。葬儀費用を相続財産から支払うことにすれば,このようなことと整合します。
相続財産の負担とする見解
あ 見解の内容
葬儀費用は相続財産に関する費用(民法885条1項)に該当する
→相続財産によって負担する
い 理由
ア 先取特権
葬儀費用は実質的に相続財産により負担するといえる
※民法306条3号,309条
イ 相続税法13条
葬儀費用は相続債務と同様に課税対象から控除している
=相続財産と同様に扱われている
詳しくはこちら|香典は誰がもらえるのか(民事上の帰属と税務上の扱い)
う 特殊事情による調整
不相当に過大な葬儀費用であった場合
→不相当部分は喪主が負担する
※東京家審昭和33年7月4日
※盛岡家審昭和42年4月12日
※大阪家審昭和51年11月25日
※長野家審昭和55年2月1日
※東京地裁昭和59年7月12日
6 相続財産説を前提とする立替葬儀費用の回収手段
葬儀費用を相続財産で負担するという見解を前提にします。最初から相続財産である預貯金から葬儀社に費用を支払えば問題ないですが,喪主となった方がとりあえず立て替えた場合に,その後の清算(回収)で問題が出てきます。他の相続人全員が協力してくれれば問題ありません。しかし,他の相続人と対立している場合には,喪主をした者(立て替えた方)は,(相続人ではなく)相続財産に請求することになります。ここで,相続財産からの回収を実現する手段は,相続財産分離や相続財産破産くらいしかありません。これらは,一定の要件を満たさないと利用できません。このような相続財産で負担する見解は,実際の回収の部分で問題が出てくるのです。
相続財産説を前提とする立替葬儀費用の回収手段
あ 回収手段
手続 | イニシアチブ |
任意の協議・合意 | 立て替えた者+相続人 |
相続財産分離・相続財産破産 | 立て替えた者 |
限定承認 | 相続人全員 |
※『新版 注釈民法(26)相続(1)』有斐閣p136
い 相続財産分離(参考)
相続財産分離の手続については別の記事で説明している
関連コンテンツ|第1種相続財産分離|被相続人の債権者は『財産混在』を回避できる
7 慣習・条理に従うという見解
葬儀費用を誰が負担するかを類型的に決めることはできず,慣習や条理によって決める,という見解もあります。要するに,ルールを決めてしまわない,ということです。ただ,慣習の内容,つまり多くの人がやっていることを考えると,相続人全員で負担することになる傾向があります。
慣習・条理に従うという見解
あ 見解の内容
負担者についての明確な規定がない
→慣習・条理に従う
い 一般的な慣習
共同相続人の全員で負担する
→相続財産説・相続人説と近似する
※仙台家裁古川支部昭和38年5月1日
※甲府地裁昭和31年5月29日
8 特殊事情による葬儀費用の負担者
ところで,以上の解釈とは関係なく,負担者が決まる場合もあります。
生前に故人本人が葬儀社と契約を結んでいれば,葬儀費用は故人自身が負っていた債務という扱いになります。結論としては,相続財産から支払うのと同じことになります。
また,相続人全員が合意すれば,当然ですが,誰が負担するのかを自由に決められます。
特殊事情による葬儀費用の負担者
あ 生前に本人が契約していた
死者が生前に予め葬儀に関する契約を締結していた
→葬儀費用は相続債務として存在する
=相続財産により負担する(と同じ状態)
い 相続人全員の合意
葬儀費用の負担について,相続人間で合意が成立した
→合意のとおりに負担する
※名古屋高裁平成24年3月29日
9 葬儀費用の税務上の扱い(参考)
葬儀費用は,相続税の計算の中で,遺産総額から控除することができます。相続財産で支払うことを想定したようなルールです。税務上の扱いは,香典も含めて問題になることがあります。税務上の扱いについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|香典は誰がもらえるのか(民事上の帰属と税務上の扱い)
本記事では,葬儀費用を誰が負担するのか,ということについてのいろいろな見解を説明しました。
実際には,個別的な事情によって,法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
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