【相続債務の当然分割と遺言による相続分指定の効力】

1 相続債務の当然分割と遺言による相続分指定の効力

相続では、プラスの財産だけではなくマイナスの財産、つまり(相続)債務も相続人に承継されます。金銭債務であれば法定相続分どおりに分割して承継されますが、債務の内容によっては違うこともあります。また遺言で債務を承継する者が指定することもできますが、この場合、相続人間の効力と対債権者の効力は別になります。
本記事ではこのような相続債務の承継について説明します。

2 債務の相続→原則として当然分割

たとえば被相続人が1000万円の債務(借金)を負っていて、相続人が子2人であるケースでは、それぞれ500万円ずつ承継することになります。このように、(法定)相続分に応じて按分されるのです。
このように金銭債務は単純ですが、債務の性質上不可分の扱いとなることもあります。
たとえば、不動産の売買契約を締結した後、履行(所有権移転登記)をする前に売主が亡くなった場合、売買契約に基づく移転登記義務を相続人が承継します。この登記義務は性質上不可分なので、(理論上は)複数の相続人のそれぞれが、2分の1ではなく100%の移転登記義務を負います。

債務の相続→原則として当然分割

あ 原則(可分債務)→当然分割

・・・債務者が死亡し、相続人が数人ある場合に、被相続人の金銭債務その他の可分債務は、法律上当然分割され、各共同相続人がその相続分に応じてこれを承継するものと解すべきであるから(大審院昭和五年(ク)第一二三六号、同年一二月四日決定、民集九巻一一一八頁、最高裁昭和二七年(オ)第一一一九号、同二九年四月八日第一小法廷判決、民集八巻八一九頁参照)・・・
※最判昭和34年6月19日

い 不可分債務→不可分に帰属

本件は昭和十八年十二月三十日上告人の二男Kから本件宅地をその地上建物と共に買い受けた被上告人が、同二十四年一月一日右Kの死亡による相続によつて右Kの売買契約上の債務を承継した上告人に対し、右契約にもとづき本件宅地の所有権移転の登記を請求する訴訟であることは記録上あきらかである。
すなわち、被上告人の本訴において請求するところは、上告人が相続によつて承継した前記Kの所有権移転登記義務の履行である。
かくのごとき債務は、いわゆる不可分債務であるから、たとえ上告人主張のごとく、上告人の外に共同相続人が存在するとしても、被上告人は上告人一人に対して右登記義務の履行を請求し得るものであつて、所論のごとく必要的共同訴訟の関係に立つものではないのである。
(注・「固有必要的共同訴訟」ではない、と読める)
※最判昭和36年12月15日

3 相続債務の相続分の指定の効果→債権者に及ばない

(1)民法902条の2(平成30年改正)

以上のように、金銭債務などの可分債務は相続によって当然分割となる、つまり複数の相続人が相続分に応じて分割された状態で承継します。
この点、遺言で法定相続とは異なる内容を決めることについて、民法902条の2が定めています。
たとえば相続人が子ABのケースで、遺言で「Aだけが債務を承継する(支払をする)」とか「Aが1割、Bが9割を承継する(支払をする)」と定めることも、可能ではあります。ただし、債権者に対しては効力はありません。つまり、債権者は法定相続分どおりにA・Bのそれぞれに5割(半額)ずつを請求することができるのです。仮に特別受益(民法903条)や寄与分(民法904条の2)があったとしても、債権者の請求する割合(相続分)には影響しません。
なお、債権者が「遺言のとおりに債務が承継される」ことを承認すれば、債権者が請求できる金額は遺言どおりとなります。

民法902条の2(平成30年改正)

あ 民法902条の2(平成30年改正)の条文

(相続分の指定がある場合の債権者の権利の行使)
第九百二条の二 被相続人が相続開始の時において有した債務の債権者は、前条の規定による相続分の指定がされた場合であっても、各共同相続人に対し、第九百条及び第九百一条の規定により算定した相続分に応じてその権利を行使することができる。ただし、その債権者が共同相続人の一人に対してその指定された相続分に応じた債務の承継を承認したときは、この限りでない
※民法902条の2

い 改正の趣旨→平成21最判の明文化

新法902条の2は、相続財産のうち相続債務の承継に関する規律を定めるものであり、判例(前掲最判平成21年3月24日)の考え方を採用し、明文化したものである。
本規律は、相続分の指定に関する現行法(民法899条、902条)との連続性という観点から、これらの規定を維持しつつ、相続債務の性質上、債務者である被相続人にその処分権限を認めるのは合理性に欠けるため、遺言において相続分の指定により、法定相続分と異なる承継割合が定められた場合でも、相続債権者は、各共同相続人に対し、法定相続分に応じた権利の行使を行うことが可能とされることを明確にしたものである。
これにより、相続債権者は、指定相続分の割合による義務の承継を容認しない限り、法定相続分の割合による権利を行使することが認められる。
※山川一陽ほか編著『相続法改正のポイントと実務への影響』日本加除出版2018年p224

(2)平成30年改正前の解釈

前述の民法902条の2のルールは平成30年の民法改正で作られたものです。とはいっても、ルールの内容は法改正より前から実務で使われていた解釈です。判例は理由として、債権者が関与していない(ので債権者に効力を及ぼさない)ということを指摘しています。

平成30年改正前の解釈

あ 平成21年最判・相続分の指定→債権者に効力は及ばない

もっとも、上記遺言による相続債務についての相続分の指定は、相続債務の債権者(以下「相続債権者」という。)の関与なくされたものであるから、相続債権者に対してはその効力が及ばないものと解するのが相当であり、各相続人は、相続債権者から法定相続分に従った相続債務の履行を求められたときには、これに応じなければならず、指定相続分に応じて相続債務を承継したことを主張することはできないが、相続債権者の方から相続債務についての相続分の指定の効力を承認し、各相続人に対し、指定相続分に応じた相続債務の履行を請求することは妨げられないというべきである。
※最判平成21年3月24日

い 債務の承継割合→指定相続分または法定相続分

なお、金銭債務の承継の割合は、指定相続分または法定相続分による―具体的相続分によるのではない―というのが実務的処理である。
※潮見佳男稿/谷口知平ほか編『新版 注釈民法(27)補訂版』有斐閣2013年p302、303

4 「財産全部を相続させる」遺言→原則として相続債務も含む

少し話しが変わりますが、遺言に「財産全部を相続人Aに相続させる」と書いてあった場合、不動産や預貯金をAに承継させる意図はハッキリ読み取れますが、債務もAに承継させる意図であるかどうかが問題となります。
これについては判例があり、原則として「債務もAに承継させる」(「財産全部」には債務も含む)と読み取ることになります。ただし、遺言の別の条項などから「債務は別(Aだけに承継させたいわけではない)」という意図が読み取れるならば別です。

「財産全部を相続させる」遺言→原則として相続債務も含む

・・・相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言により相続分の全部が当該相続人に指定された場合、遺言の趣旨等から相続債務については当該相続人にすべてを相続させる意思のないことが明らかであるなどの特段の事情のない限り、当該相続人に相続債務もすべて相続させる旨の意思が表示されたものと解すべきであり、これにより、相続人間においては、当該相続人が指定相続分の割合に応じて相続債務をすべて承継することになると解するのが相当である。
※最判平成21年3月24日

5 実務における一般的対応とリスク

(1)安達祐介氏指摘

実務でよくあるのは、不動産甲を担保にした銀行融資(ローン)があるケースで、不動産甲と銀行債務の両方を、たとえば(子ABのうち)長男Aに相続させる、という遺言です。相続の後も、不動産甲の賃料収入からローン返済を続ける、というシナリオです。
このようなケースでは、前述のように理論的には銀行はA・Bに半額ずつを請求できるのが原則です。しかし、返済する者と返済原資を生む不動産が一致していることは合理的なので、銀行はAだけに請求することにします。具体的にはAに、債務承認書への署名押印を求めるという運用が一般的です。
ただしこの場合、Bが遺留分侵害額請求(や遺留分減殺請求)をしてきた場合に(遺言内容よりは)Aの資力が悪化することになります。また一般論として、事後的にAB間の訴訟で遺言が無効となるリスクもあります。そこで、銀行がこのように遺言による債務の承継を承認する場合、事前に、一定の実情のチェックをすることが必要になります。

安達祐介氏指摘

あ 実務→承継した相続人による債務承諾書

上記各判決にかんがみれば、本問のように「すべての財産を長男に相続させる」旨の遺言があり、長男に相続債務を返済する意思がある場合には、甲銀行が相続債権者として長男による債務承継を受け入れられるのであれば、長男以外の相続人の同意がなくとも長男から債務承認書などに署名捺印を得ることにより、相続債務を確定的に長男に帰属させることができます。
※安達祐介稿『「すべての財産を相続させる」旨の遺言による債務承継』/『金融法務事情1997号』金融財政事情研究会2014年7月p104、105

い リスク

ア 遺留分減殺による資力劣化(平成30年改正前) また、長男以外の相続人が遺留分減殺請求権を行使した場合、相続債務は債務承認書などに基づき長男に帰属する一方、遺言により長男に承継されると思われた相続財産の一部が他の相続人に帰属することとなり、事後的に長男の返済資力が劣化するリスクがあります。
よって、長男に相続債務の返済資力があるか否かの判断にあたっては、他相続人による遺留分減殺請求権行使の可能性を考慮の上、遺留分減殺請求権行使があっても長男には十分な返済資力があるとの判断が必要です。
イ 遺言の有効性 なお、長男以外の相続人が相続手続に非協力的ということは、相続人間で何らかの紛争が生じていることが想定されます。
当然ながら、その紛争の原因が遺言の有効性にある場合には、長男のみの署名捺印で債務承継を完結させることにはリスクが伴います。
ウ その他の紛争リスク 仮に遺言の有効性以外が争点となっている場合であっても、相続人間の紛争に巻き込まれるリスクを回避するためにも、相続人間で何らかの紛争がある場合には、可能な限り、長男への相続債務の承継手続について他の相続人の承諾を得るよう努めることも重要です。
※安達祐介稿『「すべての財産を相続させる」旨の遺言による債務承継』/『金融法務事情1997号』金融財政事情研究会2014年7月p105

(2)鈴木健之氏指摘

金融機関の対応について、同じような指摘がなされています。

鈴木健之氏指摘

あ 実務→承継した相続人による債務承諾書

したがって、例えば、アパートローン等の残債務について相続が発生した場合、本判決を前提として、金融機関が、遺言によりアパートおよびローンをともに承継した相続人との間で、最低限、同人の債務承認(署名・押印)を得ることで、他の相続人の関与なくして債務承継手続を完了したものと扱う対応は、改正法下でも引き続き許容されると解される

い リスク→遺言の有効性

(もちろん、当該遺言の有効性自体が争われている等の状況では、実際には他の相続人の承諾を得る必要があろう)。
※鈴木健之稿/『金融法務事情2102号』2018年11月p46

6 相続人による「差額」の弁済による求償

遺言で債務の承継について法定相続分とは異なる定め(指定相続分)があるケースでは結局、相続人間では指定相続分が使われる一方、対債権者では法定相続分が使われる(のが原則)となります。このようにずれ(差額)が生じます。
分かりにくいので具体例を使って説明します。相続人が子ABのケースで、遺言に「1000万円の債務をAが100万円、Bが900万円相続する」と書いてあったと想定します。
法定相続分だとそれぞれ500万円ずつです。
Aが債権者(銀行)に500万円を支払った場合、指定相続分である100万円よりも(差額)400万円を超過して支払ったことになります。そこでAB間では「AがBの債務400万円を肩代わりした」ことになります。結局、AはBに対して不当利得として400万円を請求(求償)できることになります。
ちなみに、遺言に書かれてない遺産があって遺産分割の協議や調停、審判が進行中であったとしても、この「400万円の請求(求償)」は遺産とは別次元の請求権なので、遺産分割の中で処理することはできません。

相続人による「差額」の弁済による求償

あ 求償権の発生(前提)

ア 設例 相続債務=1000万円
相続人 法定相続分 指定相続分 A 50%(500万円) 10%(100万円) B 50%(500万円) 90%(900万円)
債権者CがAに500万円を請求し、Aが500万円を弁済した
イ 求償権の発生 Aの弁済のうち、指定相続分(100万円)を超える部分(400万円)は、Bの肩代わりをしたことになる
AはBに対して400万円の請求(求償)をすることができる

い 求償権の行使方法(手続)→通常訴訟(遺産分割ではない)

抗告人が、その所論の如く、他の共同相続人のために、相続債務の立替弁済をしたことを認めるに足る証拠がなく、かりに立替弁済をしたものとしても、共同相続人に対しこれが償還を求めるには、通常の民事訴訟によるべきであつて、遺産分割の審判事件において、右の如き償還を求めることができないのは、遺産分割の性質に照していうまでもないところであつて、この点に関する抗告人の所論も理由がない。
※大阪高決昭和31年10月9日

7 遺言による相続債務の承継の遺留分への影響(概要)

以上のように、遺言で債務の承継について定めた場合、相続人間ではストレートに効力があります。この点、遺留分相続人間の問題です。そこで、遺言で債務の承継を定めた場合、遺留分侵害額の計算に直接影響を与えます。
詳しくはこちら|遺留分侵害額の計算(改正前・後)

本記事では、相続債務の承継について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に債務の承継を指定する遺言に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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