【相続における死亡退職金の扱いの全体像(相続財産・特別受益・遺留分)】

1 相続における死亡退職金の扱いの全体像(相続財産・特別受益・遺留分)
2 死亡退職金の法的問題の所在
3 死亡退職金の本質的な性格
4 死亡退職金の法的性質と相続財産性の判断の傾向
5 死亡退職金の特別受益該当性の判断の傾向
6 死亡退職金のタイプ別の相続財産・特別受益該当性の判断の傾向(概要)
7 死亡退職金の遺留分に関する扱いの傾向
8 相続財産としての死亡退職金の可分性(概要)
9 相続における生命保険金・遺族年金・弔慰金の扱い(参考・概要)

1 相続における死亡退職金の扱いの全体像(相続財産・特別受益・遺留分)

会社で働いていた方が亡くなった場合,会社(事業主)から死亡退職金が支給されることがあります。この死亡退職金(請求権)は,相続の際に法律的な扱いについて見解の対立が生じやすいです。具体的には相続財産や特別受益に該当するかどうか,遺留分に関してどのように扱うか,という見解です。
本記事では,相続における死亡退職金のこのようないろいろな法的扱いについて全体的に説明します。

2 死亡退職金の法的問題の所在

まず最初に,死亡退職金についての法的問題の所在・背景をまとめます。

<死亡退職金の法的問題の所在>

あ 退職死亡金規程の例

『従業員が死亡した時に死亡者の相続人に退職金を払う』
『死亡者の相続人』の部分(受給者)は他の記載も多くある

い 問題となる解釈論

ア 相続財産性 相続財産または受給権者固有の財産のどちらか
イ 特別受益性 特別受益として持戻しの対象となるかどうか
ウ 遺留分への影響 遺留分算定基礎財産に含むかどうか
遺留分減殺請求・遺留分侵害額の負担の対象になるかどうか

3 死亡退職金の本質的な性格

死亡退職金の相続におけるいろいろな法的な解釈の中では,死亡退職金の本質的な性格が反映されます。そこでまずは死亡退職金の本質的な性格を整理します。

<死亡退職金の本質的な性格>

あ 契約に基づく債権(給付)

雇用主と従業員の契約により退職金が発生する
受給者が原始的に債権を取得する
生命保険に近い
→受給者固有の財産であるという判断につながる

い 賃金の後払い的性格

賃金の後払い的性格を持つ
→本来従業員が受領する賃金に準じる
→実質は相続財産の性格がある
→相続財産or特別受益として認める判断につながる
※能見善久ほか『論点体系 判例民法10相続』第一法規出版p90

4 死亡退職金の法的性質と相続財産性の判断の傾向

最初に,死亡退職金が相続財産に含まれるかどうかという解釈については,原則的に否定されます。ただし,具体的な死亡退職金を支給する規定の内容によっては相続財産として扱われることもあります。

<死亡退職金の法的性質と相続財産性の判断の傾向>

あ 原則

死亡退職金の受給権者が特定している場合
=受給権者の範囲・順位が相続法の規律と無関係に定められている
→受給権者が固有の権利として取得する
→相続財産ではない
※最高裁昭和55年11月27日
※最高裁昭和58年10月14日
※最高裁昭和60年1月31日

い 例外

個別的事情により相続財産として扱われることもある
例=『相続人』に支給するという内部規定がある場合
→この場合,相続財産としての可分性が問題となる(後記※2

5 死亡退職金の特別受益該当性の判断の傾向

前述の原則のとおりに,死亡退職金が相続財産ではないということになった場合,死亡退職金を受け取った相続人と他の相続人の間に不公平が生じます。そこで,特別受益としてこれを是正すべきではないか,という発想が生まれます。
これについては,生命保険金でも同じような問題が生じていて,最高裁判例が示されています。そこで,死亡退職金についても同じ判断基準が用いられる傾向があります。

<死亡退職金の特別受益該当性の判断の傾向>

あ 原則

死亡退職金は特別受益として認めない

い 例外

到底是認できないほど著しい不公平が生じる場合(※1)
→持戻しの対象となる
※東京地裁平成25年10月28日

う 補足説明

※1 生命保険金に関する平成16年判例を流用したものである
(参考)平成16年判例を説明している記事
詳しくはこちら|相続人が受取人の生命保険金の特別受益該当性

6 死亡退職金のタイプ別の相続財産・特別受益該当性の判断の傾向(概要)

以上のように,死亡退職金については,原則的に相続財産ではなく,また特別受益でもないという扱いとなる一方,例外的に相続財産として扱う,あるいは特別受益として扱うということもある,ということになります。
実際には,死亡退職金の給付の規定の内容によって例外にあたるかどうかが決まってくるといえます。どのような規定の内容(タイプ)についてどのような判断がされるか,ということについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|死亡退職金のタイプ別の相続財産・特別受益該当性の判断の傾向
一方でそのような死亡保険金のタイプをあまり考慮せずに,特別受益として扱った裁判例もあります。これについても別の記事でえ説明しています。
詳しくはこちら|死亡退職金を特別受益として認めた裁判例(タイプ分けなし)

7 死亡退職金の遺留分に関する扱いの傾向

<民法改正による遺留分の規定の変更(注意)>

平成30年改正民法により,遺留分の規定(制度)の内容が大きく変更されました。
令和元年6月30日までに開始した相続については,改正前の規定が適用されます。
令和元年7月1日以降に開始した相続については,改正後の規定が適用されます。

以上の説明は相続財産や特別受益にあたるかどうか,というものでしたが,死亡退職金について,別の問題もあります。それは遺留分に関してどのように扱うか,という解釈です。一般的な見解(多数説)は,遺留分には影響しないとしています。ただし,前述の特別受益の判断と同様に,個別的事情によっては例外的に遺留分算定基礎財産に含めるという判断となる可能性もありえます。

<死亡退職金の遺留分に関する扱いの傾向>

死亡退職金は遺留分算定基礎財産に算入しない
(遺留分減殺請求・遺留分侵害額の負担の対象にはならない)
※中川=加藤編『新版注釈民法(28)補訂版』p468
※潮見佳男『相続法 第5版』弘文堂2014年p295
※能見善久ほか編『論点体系 判例民法11相続 第3版』第一法規2019年p493

8 相続財産としての死亡退職金の可分性(概要)

例外的に,死亡退職金が相続財産として扱われるケースもあります(前述)。この場合は次に,債権の可分性の解釈が問題となります。結果としては,可分であるため,遺産分割をしなくても当然に分割承継となります。

<相続財産としての死亡退職金の可分性(概要・※2)>

あ 金銭債権としての扱い

死亡退職金請求権は金銭債権である
→可分である
→当然分割承継となる
原則的に遺産分割の対象ではなくなる
※最高裁昭和29年4月8日

い 預貯金との違い

預貯金(債権)は,平成28年判例により,遺産分割の対象とされる扱いに変わった
しかし平成28年判例は預貯金債権以外の金銭債権は対象外(射程外)である
死亡退職金(請求権)については『あ』の扱いから変更はない
詳しくはこちら|一般的金銭債権の相続(分割承継・相続分の適用・遺産分割の有無)

9 相続における生命保険金・遺族年金・弔慰金の扱い(参考・概要)

以上で説明した死亡退職金の扱いと似ている問題が別にあります。それは,生命保険金や遺族年金・弔慰金の相続における扱いです。
これらについてはそれぞれ別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|相続における生命保険金の扱いの全体像(相続財産・特別受益・遺留分)
詳しくはこちら|相続における遺族年金と弔慰金の扱いの全体像(相続財産・特別受益・遺留分)

本記事では,相続における死亡退職金の扱いを全体的に説明しました。
実際には,個別的な事情により,法的扱いや最適な対応が違ってきます。
実際に相続における死亡退職金の問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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