【不動産の権利・利益や資金の供与(贈与)と特別受益(実例と判断)】
1 不動産の権利・利益や資金の供与(贈与)と特別受益(実例と判断)
遺産分割(相続)の際に、生前贈与が特別受益になるかどうか、という問題が出てくることがよくあります。特によくあるのは、不動産そのものや、不動産に関する財産や利益が移転したというものです。
生前贈与が特別受益にあたるかどうかの判断基準はあります。
詳しくはこちら|特別受益に該当するか否かの基本的な判断基準
しかし、いろいろなケースについて、この判断基準だけでははっきりと判断できないことが多いです。
本記事では、不動産に関して特別受益にあたるかどうかの判断の具体例や傾向について説明します。
2 不動産に関して特別受益が問題となる財産の典型例
被相続人が、不動産そのものを相続人の1人に贈与した場合は通常、特別受益に該当します。それ以外にも、不動産に関する財産(権利)や利益の移転が特別受益に該当することがあります。問題となりやすい財産や利益を整理しておきます。
不動産に関して特別受益が問題となる財産の典型例
あ 不動産(そのもの)
不動産(所有権)の贈与や遺言(遺産分割方法の指定など)
い 住宅購入資金
住宅購入資金として金銭を贈与したケース
う 借地権の承継
被相続人が借地人であったところ、地主との間で相続人を借地人とした借地契約に切り替えた
え 借地権の設定
被相続人所有の土地について相続人が借地人になる借地契約を締結した
お 不動産の無償使用
被相続人所有の不動産を相続人に無償で使用させていた
3 不動産(そのもの)の贈与
まず、不動産そのもの(所有権)を生前贈与した場合、通常は、生計の資本(生計の基礎として役立つ)といえるので、特別受益に該当します。
不動産(そのもの)の贈与
生計の資本としての贈与と認められる場合がほとんどであり、原則として特別受益に該当する。
※司法研修所編『遺産分割事件の処理をめぐる諸問題』法曹会1994年p259
4 田畑(農地)の贈与を特別受益と認めた裁判例
田畑などの農地は、農作物という収益を生み出す財産です。そこで、農地の贈与は生計の資本としてといえます。特別受益に該当します。
裁判例の中には、国から買い取る際に、被相続人が代金を支払って、相続人が取得した(相続人名義にした)というケースも、実質的には贈与といえるという理由で、特別受益であると判断したものもあります。
田畑(農地)の贈与を特別受益と認めた裁判例
あ 田畑
田畑の生前贈与を特別受益に該当すると判断した
※東京家裁昭和33年7月4日
い 農地
ア 購入代金負担は被相続人・取得は相続人(長男)
・・・本件共同相続人中、Sの第二目録記載物件の取得(自作農創設特別措置法に基づく国からの売渡)については、従来この農地を耕作していた被相続人が長男である申立人Sのため、代金を支払い、Sに売渡を受けたものであることが認められるところからして、
イ 特別受益→肯定
結局申立人Sは被相続人から第二目録記載の農地相当の特別受益を得たものというべきである。
※仙台家審昭和49年3月30日
5 不動産の資金の贈与を特別受益と認めた裁判例
実際に、不動産そのものではないけれど、不動産に関係する金銭(資金の負担)の提供が、特別受益(に該当する贈与)である、と認められることがよくあります。具体的には、不動産の購入代金や建築資金を被相続人が支払った、というケースです。
不動産の資金の贈与を特別受益と認めた裁判例
あ 建築請負代金の一部
※大阪高裁昭和49年9月17日
い 建物増改築費用
※大分家中津支部昭和51年4月20日
う 建物建築資金+建築材
次の『ア・イ』の生前贈与
ア 土地購入資金5万円(昭和24年)イ 住宅建築用の木材
※徳島家裁昭和52年9月16日
6 借地権の贈与(借地人の名義の変更)→特別受益肯定傾向
不動産そのものではなく、借地権を贈与した場合も、通常は特別受益として認められます。
実際には、地主の承諾を得た上で借地権の贈与(契約)をした、という単純なケースよりも、借地人を変更する(切り替える)というケースが多いです。理論的には、以前の借地契約(被相続人が借地人)を合意解除にした上で、新たな借地契約(相続人が借地人)を締結する、ということになります。形式では別契約ですが、相続人が権利金を支払っていないなど、実質的には借地権の贈与といえるケースでは、特別受益として認められる傾向が強いです。
借地権の贈与(借地人の名義の変更)→特別受益肯定傾向
あ 見解
ア 基本→贈与該当
被相続人名義の借地権を被相続人の生前に、相続人の1人の名義に書き換えることがある。
・・・したがって、名義を書き換えた場合は、原則として借地権相当額の贈与となる。
イ 名義書換料→控除する
名義書換に当たり、その相続人が借地権取得の対価と認められる程度の名義書換料を支払っていたときは、相続開始時の借地権価額から、書換料支払当時の借地権価額に対する支払った書換料の割合相当分を差し引くべきであろう。
ウ 合意解除+新規借地契約締結→実質贈与
ときには、被相続人との賃貸借契約が解除、解約又は合意解除され、新たに相続人の1人と契約を締結している場合もある。
形式上、借地権の承謎とはいえなくても、その実態において、被相続人の借地権の喪失による相続人の借地権の取得と認められる場合には、特別受益あるものと認めてよい。
※司法研修所編『遺産分割事件の処理をめぐる諸問題』法曹会1994年p259、260
い 借地人の変更→特別受益肯定(裁判例)
・・・被相続人は、かねて△△の旧建物と△△の借地権を有していたが、二男であるDが婚姻するに際し同人に新居を構えさせるため、賃貸に付していた△△の旧建物からわざわざ店子を立ち退かせてまで、D一家を同所に住まわせたこと、とすれば、
被相続人は、その後Dが地主と自ら借地契約を締結することを了承しているが、
これは新たな借地人が、△△の旧建物への居住を許したDであるからこそ異議なく承諾したものというべきであって、仮にその余の第三者が△△の借地を新たに借り受けようとしたのであれば、△△の借地権者として当然地主に異議を述べたはずであること、したがって地主もまた、そのような第三者に対して△△の借地を賃貸したとは考えられないことが認められるのであって、
かかる経緯に照らせば、結局Dは、何らの対価なくして被相続人の借地権を承認した、すなわち、被相続人から△△の借地権の贈与を受けたものと認めるのが相当である。
※東京家審平成12年3月8日
う 借地権+建物の生前贈与
借地権と建物の生前贈与について、特別受益に該当すると判断した
※神戸家裁尼崎支部昭和48年7月31日
7 被相続人の借地権付底地の購入+借地の解消→特別受益肯定
実質的には借地権の贈与にあたる、というパターンはほかにもあります。それは、被相続人が借地人となっている土地(底地)を、地主(賃貸人)から相続人が買い取る、というケースです。この底地の買い取りの代金は、通常、底地価格(更地価格から借地権価格を差し引いた価格)となります。
そして、底地の買い取りの後は、相続人が賃貸人、被相続人が賃借人の状態ですので、地代の支払が必要ですが、身内なので、地代の支払はしなくなることが多いです。理論的には、借地契約を解消した(合意解除や放棄)といえます。経済的には、被相続人が相続人に、借地権(相当の利益)を無償で渡したことになります。
そこで、特別受益として認められます。
被相続人の借地権付底地の購入+借地の解消→特別受益肯定
あ 前提事実
被相続人の借地権付底地の買取
被相続人が借地権を有していた土地を、相続人の1人が地主から買い取った場合である。
い 経済的評価
・・・被相続人が借地料を支払わなくなって長期間経過するなど借地権が消滅したと認められる場合には、底地を買い取った相続人は、借地権が付着しているから低額で買い取ったところ、結局借地権の負担のない土地を取得したことにより、借地権相当額の利益を得ていることになり、一方被相続人の財産は借地権相当額の減少がある。
う 法的評価→特別受益該当
したがって、借地権の消滅原因が、当該相続人に対する借地権の贈与による混同と認められる場合も、借地権の放棄と認められる場合借地権の贈与同様に、特別受益に該当する。
※司法研修所編『遺産分割事件の処理をめぐる諸問題』法曹会1994年p260、261
8 被相続人による借地権設定→特別受益肯定
実質的な借地権の贈与、にはさらに別のパターンもあります。それは、被相続人が所有している土地に、相続人の借地権を設定する(借地契約を締結する)、かつ、権利金を支払わない、というものです。
経済的には、被相続人が相続人に、借地権(相当の利益)を無償で渡したことになります。そこで、特別受益として認められます。
なお、税務上もこの考え方と同じ扱い(認定課税)があります。
詳しくはこちら|権利金の授受がない借地契約における認定課税(相当の地代・無償返還の届出書による回避)
一方、被相続人の資産の規模が大きい場合は、借地権相当の利益は扶養の範囲内にとどまると評価して、特別受益にはあたらないと判断されることもあります。
被相続人による借地権設定→特別受益肯定
あ 原則(特別受益肯定)
借地権の設定
被相続人の土地上に相続人が建物を建築する際に被相続人の土地に借地権を設定した場合である。
何らかの財産権を贈与されたわけではないので、問題ではあるが、・・・借地権の設定により当該相続人は借地権相当額の利益を得ながらその対価を支払っていない一方、被相続人の財産はその分減少するので、贈与と同視することができ、借地権相当額の特別受益に該当する。
借地権取得の対価すなわち世間相場の権利金を支払っている場合は、贈与と同視できないので特別受益に該当しないこととなるし、後記持戻免除の意思表示が認められる場合もあろう。
※司法研修所編『遺産分割事件の処理をめぐる諸問題』法曹会1994年p260
い 例外(扶養・教育の範囲内→特別受益否定)
さらに、被相続人から特定の共同相続人のために地上権、賃借権が設定された場合にも、それが被相続人の財産状態に相応しい扶養教育のための利益付与とみなされる範囲内では、特別受益にはならないと考えるべきである
(谷口知平「相続における特別受益者の差引計算と寄与者の割増計算」法学教室1号〔昭36〕31)。
※有地亨・床谷文雄稿/谷口知平ほか編『新版 注釈民法(27)補訂版』有斐閣2013年p207
9 借家権の贈与→特別受益肯定・否定あり
以上は、借地権の贈与といえるパターンの説明でした。これに対して借家権の贈与はどうでしょうか。
借家権も、一定の経済的価値があるので、無償で渡した場合は特別受益にあたる、と判断した裁判例があります。
一方で、借家権には(相続人間の不公平を生じるほどの)経済的価値はないと考え、特別受益にはあたらないという見解もあります。
借家(建物賃貸借)契約では、借地と違って、権利金(権利の対価)の支払は通常行われません。この実情から考えると、経済的価値はないので特別受益にはあたらない、という解釈になるでしょう。
借家権の贈与→特別受益肯定・否定あり
あ 見解(特別受益否定)
・・・借家権は、通常は家賃の支払があれば対価を支払っているものと認められるので、原則として、承継、設定とも特別受益の問題は生じない。
※司法研修所編『遺産分割事件の処理をめぐる諸問題』法曹会1994年p260
い 借家権の贈与→特別受益肯定(裁判例)
ア 事実→建物の賃借権の譲渡
(一)本件建物は、被相続人が昭和二三年二月頃申立外Sとの間に賃貸借契約を締結し、前示の如く被相続人家族が居住していたものであるが、T死亡後申立人家族を呼寄せて同居させ、間もなく前示の如く「○○○○荘」を増築したうえ、被相続人、相手方らが相次いで移転居住し、その際被相続人が本件建物の賃借権を申立人に対して無償で譲渡するに至り、以後申立人家族が賃借権を承継したうえで居住しているものである。
(二)申立人は昭和四四年七月本件建物をSから金四七万円で買受けたが、この価格は賃貸借関係にない者の間の取引価格の約半額の値段であつた。
イ 当事者間の主張→贈与につき争いない
本件建物の賃借権が申立人に対する生前贈与にあたるものであることは当事者間に争いがなく、
ウ 財産的価値の有無(権利の贈与)→肯定
家屋賃借権が借家法等により保護された権利として、財産的価値のあることは明らかであり、現に申立人も財産的利益を受けているものである以上権利の贈与と評価すべきものである。
エ 生計の資本該当性→肯定
そして、本件贈与が申立人の居住の用に供するためのものであるから民法九〇三条一項の生計の資本としての贈与にあたり、想定遺産に組入れるべきものであることは明らかである。
※大阪家審昭和51年3月31日
10 土地の使用利益→特別受益肯定
次に、被相続人が相続人に、不動産を無償で使わせる、というパターンについて説明します。無償で使わせる、ということは、使用貸借契約ということもできますし、経済的には使用利益を無償で与えたということになります。
最初に、土地の無償使用(使用貸借)については、一般的に、経済的には更地価格の1〜3割程度の価値があると評価できます。そこで、被相続人が相続人に土地の使用利益を無償で渡した、と考えて、特別受益として認める傾向があります。
土地の使用利益→特別受益肯定
あ 見解
ア 特別受益該当性→肯定
土地の無償使用は、通常、被相続人と建物を建築する相続人との間に使用貸借契約があるものと認められる。
したがって、その相続人は、第三者には対抗できないが、換価されにくいため事実上占有することができ、他の相続人には主張することのできる占有権原を有することになる。
被相続人の財産はこれにより、使用借権相当額の減少となる。
よって、この利益は、特別受益となる。
イ 使用借権相当額の評価→更地の1〜3割
評価はなかなか難しいが、通常、更地価額の1割から3割までの間で事情によって決定されているようである。
持戻免除の意思表示が認められる場合のあることは前同様である。
※司法研修所編『遺産分割事件の処理をめぐる諸問題』法曹会1994年p261
ウ 一般的な使用借権相当額の評価(参考)
土地の使用貸借の評価の相場として、借地権価格の3分の1、更地価格の20%などがある
詳しくはこちら|土地の使用借権の評価額(割合方式・場所的利益との関係)
い 特別受益として認めたと読める裁判例
申立人らは、相手方が別紙遺産目録A記載5の土地を昭和51年1月から平成17年4月まで無償使用していることにより、1256万3000円の特別受益を受けている旨主張する。
相手方は、昭和51年ころ、被相続人夫婦が居住していた別紙遺産目録A記載3の土地の隣地である同目録A記載5の土地(被相続人所有)の上に自宅を建設し、同所で生活するようになったものであるが、被相続人としては、長男である相手方にそばにいてほしいとの考えから、同目録A記載5の土地の上に相手方の自宅を建設させ、特に土地使用料もとらなかったものと考えられ、その後、被相続人夫婦が次第に高齢となるに従い、相手方夫婦を頼りにし、その世話になることも増えていったことが窺えるものであり、被相続人の意識として、相手方の別紙遺産目録A記載5の土地の無償使用を遺産分割において特別受益として扱うことは予定していなかったものと推認される。
(当サイト・結論として特別受益として扱わなかった)
※大阪家審平成19年2月8日
11 建物の使用利益→同居の有無で異なる
では次に、建物の無償使用(使用利益)はどうでしょうか。土地と同様に(金額は小さいけれど)経済的価値があるといえます。たとえば、家賃20万円のグレードの建物に無償で住ませた場合、本来得られる20万円を、被相続人が相続人に毎月渡していた、といえます。特別受益として認められる傾向があります。
ただし、被相続人と相続人が同居している場合、本来毎月20万円を得られたとはいえません。そこで、特別受益としては認められない方向性となります。
建物の使用利益→同居の有無で異なる
あ 建物の無償使用の実態(パターン)
建物の無償使用は、相続人の1人が被相続人と同居していたが、単なる占有補助者であって独立の占有権原があるものとは認められない場合、相続人の1人が被相続人と同居しており、その時点で使用貸借契約の存在が認められるか、又は被相続人の死亡を条件若しくは始期とする条件付若しくは始期付使用貸借契約の存在が認められる場合及び被相続人と同居していない場合とがある。
い 同居なし→使用貸借(占有権原あり)
被相続人と同居していない場合は通常使用貸借契約があるものと認められる。
う 同居あり→占有権原なし
使用貸借契約の存在が認められず相続人に独立の占有権原がない場合は、当該相続人には同居したことにより家賃の支払を免れた利益はあるが、被相続人の財産は何らの減少もなく遺産の前渡しという性格がないので、特別受益には該当しない。
使用貸借契約による占有権原がある場合は、前記土地の場合と同様、使用借権相当額の特別受益となる。
※司法研修所編『遺産分割事件の処理をめぐる諸問題』法曹会1994年p261、262
12 不動産の使用利益を特別受益と認めたその他の裁判例(集約)
不動産の無償使用のケースで、使用する利益が特別受益として認められるかどうかを判断した裁判例はほかにもあります。結論として認めた裁判例をいくつかまとめておきます。
不動産の使用利益を特別受益と認めたその他の裁判例(集約)
あ 全体
不動産の使用貸借があったケースにおいて
『い〜え』の内容で特別受益として認められた
い 負担付きの持戻し免除
負担付きで持戻し免除が認められた
※東京家裁昭和49年3月25日
う 一部は持戻し免除
2人のうち1人につき持戻免除が認められた
※大阪家裁平成6年11月2日
え 遺留分減殺の前提
遺留分減殺の算定の前提として
特別受益として認められた
※東京地裁平成15年11月17日
13 相続開始「後」の使用利益の実務における便宜的扱い
以上で説明した不動産の使用利益が特別受益に該当するかどうか、という問題は、生前贈与にあたるかどうか、という判断でした。ということは、相続開始前だけが対象です。
相続開始後に、被相続人が所有していた財産(相続財産)を相続人が無償で使用している場合は生前贈与にあたりません。特別受益になりようがありません。
ただし、実務では便宜的に特別受益に準じるものとして、特別受益と同じように扱うこともあります。
相続開始「後」の使用利益の実務における便宜的扱い
あ 実務の扱い
さらには、相続開始後における被相続人の自宅の継続使用につき特別受益であるとの主張がなされることもある。
こうしたものは、本来的には遺産管理の問題であり、本条が予定する特別受益とはいえないが、遺産分割の実務においては、特別受益に準じるものとして考慮されるようである。
相続開始後の借地の利用、駐車場の管理収入の取得なども、実務では特別受益ないしそれに準じるものとして清算が考慮されるようになっている。
い 批判
こうした相続人各位の受けた利益を事細かく並べ立てて計数的な平等を求めることは、遺産の分割協議をいたずらに紛糾させるものであり、特別受益の持戻制度の本来の趣旨(被相続人からの相続分の前渡し分の清算)からすると、いささか行きすぎではないかと思う。
※有地亨・床谷文雄稿/谷口知平ほか編『新版 注釈民法(27)補訂版』有斐閣2013年p214
14 不動産の資金や利益を特別受益と認めなかった裁判例(集約)
以上のように、不動産そのものや不動産に関する利益が被相続人から相続人に渡った場合、特別受益として認められることが多いです。
一方で、事情や解釈によっては、特別受益として認められないこともあります。特別受益を否定した裁判例をまとめておきます。
不動産の資金や利益を特別受益と認めなかった裁判例(集約)
15 土地建物の生前贈与を特別受益と認めなかった裁判例
前記の、特別受益を否定した裁判例のうち1つは、土地と建物の生前贈与のケースです。正確には、多くの土地・建物があり、直接的な贈与もあれば、第三者(売主)から被相続人が購入した上で、登記は売主から相続人の1人に移転した、という中間省略登記を用いた、というものも含まれていました。
裁判所は、贈与であることは認めましたが、生計の資本のためにはあたらない、と判断しました。
この判断は、現在の一般的な考え方とは異なると思います。不動産は、相続人が自ら住む場合でも、第三者に賃貸する場合でも、生計の基礎として役立つので、生計の資本のためといえると解釈するのが通常なのです。
土地建物の生前贈与を特別受益と認めなかった裁判例
あ 事案内容
亡Mは、
昭和一五年一〇月一六日他より大阪市○○区(当時○区。以下同じ。)○○町○丁目○四番地宅地三一坪六合六勺、同所一五番地宅地一六坪七合一勺、同所九五番地の二宅地三九坪七合三勺、同所九六番地の二田一〇歩を買い受けて同日売主より直接抗告人Z名義に所有権移転登記を経由し、
昭和一八年一月二九日他より、大阪市○○区○○○○丁目七番地宅地七四七坪(当時田二反四畝二七歩)を買い受けて同日これを自己、抗告人K及びR三名の共有名義に所有権移転登記を経由し、
昭和一八年三月一五日他より大阪市○○区○○○○丁目七番地上
家屋番号同町第一、二二六番の二木造瓦ぶき二階建住家一棟建坪三八坪四合ほか二階坪三五坪二合、
家屋番号同町第一、二二六番の三木造瓦ぶき二階建住家一棟建坪三八坪四合ほか二階坪三五坪二合、
家屋番号一、二二六番の九木造瓦ぶき平家建住家一棟建坪三二坪、
家屋番号同町第一、二二六番の一〇木造瓦ぶき平家建住家一棟建坪二九坪六合、
家屋番号同町第一、二二六番の一一木造瓦ぶき平家建住家一棟建坪二四坪九合二勺
を買い受けて同月一七日売主より直接抗告人R名義に所有権移転登記を経由し、
昭和二七年四月一一日抗告人Fに対し自己所有の大阪市○○区○○○○町三〇八番地の三宅地二八坪、
同地上家屋番号同所第二五四番第一号木造亜鉛鋼板ぶき平家建車庫一棟建坪一〇坪三合三勺、同付属第二号木造亜鉛鋼板ぶき平家建居宅一棟建坪八坪二合
につき同月一〇日付贈与による所有権移転登記を経由していること、
亡Mは前示不動産について抗告人Tに対し自分が死亡したときはこれを前示登記簿上の所有名義人らに贈与する旨述べていたこと、
前示家屋については、亡Mが火災保険契約を締結し、かつこれを他人に賃貸してその家賃を自己の所得としていたことが認められ、
この事実と抗告人Tが亡Mの死亡後の昭和三〇年一一月分以後の前示家屋の家賃は前示名義人らに取得させている旨自認していること(同第二冊四九五丁裏)によつて推認されるその事実を合わせ考えると、
い 法的評価→生前贈与+履行は死後
亡Mは生前前示不動産を前示名義人らに贈与したものであつてその引渡を死後にすることとしたものと認めるのが相当である。
う 「生計の資本」の判定→否定
しかしながら亡Mが前示名義人らの生計の資本とするためその他民法九〇三条一項所定の目的で前示不動産を贈与したことを認めうる資料はない。
かえつて前記認定のように亡Mは贈与した家屋の家賃をその賃借人から受け取つていた事実によると、亡Mはこれを前記名義人の生計の資本等にするため贈与したものではないことが推認される。
そうすると、その贈与の価額を前示名義人の相続分の中から控除すべきではない。
※大阪高決昭和34年4月25日
16 共有持分放棄の特別受益該当性→否定
前記の裁判例のうち、不動産の共有持分の放棄を特別受益にあたらない、と判断した裁判例を説明します。
共有持分放棄によって、放棄した者(被相続人)の共有持分は消滅するとともに、他の共有者(相続人)は、消滅した分の共有持分を取得します。これだけみると、贈与と同じですが、共有持分放棄の法的性質は、単独行為であって契約ではないということになっています。
詳しくはこちら|共有持分放棄の基本(法的性質・通知方法など)
形式に着目すると贈与(契約)ではないので、それだけで特別受益にはあたらない、という結論に至ります。
一方、実質的には共有持分に相当する利益が被相続人から相続人に渡っています。そこで、裁判例とは反対の見解もあります。
共有持分放棄の特別受益該当性→否定(※2)
あ 裁判例(引用)
(遺留分減殺請求について)
共有持分の放棄が他の共有者に対し贈与する意思をもつてなされた場合といえども他の共有者が放棄された持分を取得するのは法律の規定(民法第二五五条)によるのであつて、放棄という単独行為の効果意思によるものではなく、その放棄者が共有関係から離脱する結果、所有権同様に弾力性を有している共有の本質上他の共有権者に帰属することは当然の帰結ともいうべきであり、債権契約である贈与と同一に観ることはできないから右各山林を相手方の特別受益財産に組入れないこととする。
※岡山家新見支審昭和42年2月25日
い 裁判例の批判
この事案は遺留分減殺請求権の行使に関するものではあるが、当該法律行為の性質からのみ贈与ではないと判断するのは疑問であって、山林の共有持分の放棄の形式をとりながら、放棄の目的は贈与のためであったか否かを実質的に判断し、実質的に贈与の目的でなされているならば、贈与とみるべきであろう。
※有地亨・床谷文雄稿/谷口知平ほか編『新版 注釈民法(27)補訂版』有斐閣2013年p204
本記事では、不動産そのものや不動産に関する権利や利益が特別受益にあたるかどうかを判断した裁判例を紹介しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
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