【公正証書遺言の『口授』該当性の判断の目安と裁判例】
1 口授の規定と実務における具体的方法
2 口授に関する主張・審理の傾向
3 口授該当性判断の傾向
4 事前の案文清書と口授該当性(事案)
5 事前の案文清書と口授該当性(裁判所の判断)
6 『手を握る』方法と『口授』→無効
7 『うなずく』のみの方法と『口授』→無効
8 声+『うなずく』方法と『口授』→無効
9 法改正による『口授』の代替手段(概要)
1 口授の規定と実務における具体的方法
公正証書遺言の作成に関するいくつかの『方式』が定められています。方式に違反があると原則的に遺言が無効となります。
詳しくはこちら|公正証書遺言の方式に関する規定と法改正による拡張
方式の1つに『口授』があります。本記事では『口授』に関する規定や解釈を説明します。
まずは,実務的な『口授』の方法についてまとめます。
<口授の規定と実務における具体的方法>
あ 口授の規定
公正証書遺言を作成するプロセスにおいて
遺言者が公証人に遺言内容を『口授』する
『口頭で伝える』意味である
い 実務的な方法
遺言の案文を公証人が読み上げる
遺言者が『そのとおりで合っています』と答える
2 口授に関する主張・審理の傾向
口授が欠けるために遺言が無効であるという主張がなされるケースはよくあります。口授に関する主張や裁判所の審理の傾向をまとめます。
<口授に関する主張・審理の傾向>
あ 実務の主張における特徴
遺言能力を欠く,という主張・認定と重複することが多い
<→★遺言能力
い 典型的な主張の類型
ア 口授の不存在
『口授』に該当するものがないという主張
イ 口授以前の内容作成
遺言書or原案が口授以前に作成されていた
ウ 受動的な応答
遺言者が受動的に応答したにすぎなかった
3 口授該当性判断の傾向
口授に該当するかどうかの裁判所の判断の傾向をまとめます。
<口授該当性判断の傾向>
あ 口授が要求される趣旨
=遺言者の意思を確認すること
詳しくはこちら|公正証書遺言の方式に関する規定と法改正による拡張
い 判断の傾向
口授該当性の形式面は重視されない
遺言者の真意が遺言に反映されている場合
→有効と判断される傾向がある
う 法改正の影響
法改正により『口授』の形式の規定が大幅に緩和された
→無効の主張(判断)はより少なくなっている
詳しくはこちら|公正証書遺言の方式に関する規定と法改正による拡張
※『遺言無効確認請求事件の研究(上)』/判例タイムズ1194号p54
具体的な実例や裁判例は後で説明します。
4 事前の案文清書と口授該当性(事案)
公正証書遺言の作成の順序が問題となり,口授が欠けると主張されたケースがあります。実務的な口授の方法(前記)にも関係する影響の大きな解釈論です。最高裁判例を紹介します。まずは,事案内容だけをまとめます。
<事前の案文清書と口授該当性(事案;※1)>
あ 事前準備
公証人は,予め関係者から遺言の内容を聴取した
公正証書用紙に内容を清書しておいた
い 遺言作成日当日
公証人が遺言者に遺言の内容を読み聞かせた
遺言者が遺言の内容と趣旨を口述した
遺言者は内容を承認した
遺言書が書面に自ら署名押印をした
う 問題点
次の順序が逆になっている
ア 遺言者による口授;969条2号イ 公証人による筆記+読み聞かせ;969条3号
※最高裁昭和43年12月20日
5 事前の案文清書と口授該当性(裁判所の判断)
上記事案について,裁判所の判断内容をまとめます。
<事前の案文清書と口授該当性(裁判所の判断)>
あ 事案
前記※1の事案を前提とする
い 解釈論
ア 口授が要求される理由
遺言者の真意を確保する適切な手段であるという点にある
イ 真意の確保の程度
遺言の際の前後の状況や遺言の場所などを考慮に入れる
→遺言者の口述から遺言の骨子を補足する
→これができれば,その口述をもって口授があったとみてよい
う 結論
公正証書による遺言の方式に違反するものではない
→口授にあたると判断された
※最高裁昭和43年12月20日
※柳川俊一『最高裁判所判例解説 民事篇 昭和43年度』法曹会p972
6 『手を握る』方法と『口授』→無効
ここから,口授を簡略化させた実例における遺言の有効性の判断を順に紹介します。
まず,意思を表明する方法を『手を握る』ところまで簡略化させた実例です。口頭・言葉を使っていないので『口授』として認められませんでした。
<『手を握る』方法と『口授』→無効>
あ 公正証書遺言の作成状況
ア 病状
当時の遺言者の病状から
『言葉を発することができない』はずだった
イ 意思伝達の方法
『手を握る』ことについて
→意思伝達の補足に過ぎない
い 裁判所の判断
公正証書遺言を無効とする
※東京地裁平成20年11月13日
7 『うなずく』のみの方法と『口授』→無効
言葉は発しないけれど肯定・否定の表現で意思を伝達した実例がありました。結局,言葉を使っていないため『口授』として認められませんでした。
<『うなずく』のみの方法と『口授』→無効>
あ 公正証書遺言の作成状況
遺言者の声は出なかった
=言語により陳述することはなかった
公証人が遺言者にした質問に対して
遺言者は単に肯定or否定の挙動を示したに過ぎなかった
い 裁判所の判断
民法969条2号の口授があったものとはいえない
→公正証書遺言を無効とする
※最高裁昭和51年1月16日
8 声+『うなずく』方法と『口授』→無効
声と『うなずく』表現の両方で意思を伝達した実例がありました。裁判例では『口授』として認めていません。ただし,声による伝達がメインであれば有効となった可能性があるようにも思えます。
<声+『うなずく』方法と『口授』→無効>
あ 公正証書遺言の作成状況
遺言者の声は出ていた
主要な意思伝達はうなずくことであった
い 裁判所の判断
公正証書遺言を無効とする
※宇都宮地裁平成22年3月1日
う 解釈
声による伝達が主であり,うなずくことで補足する程度であれば
→有効となる可能性がある
9 法改正による『口授』の代替手段(概要)
以上のように,口について不自由な方は『口授』ができない傾向があります。そうすると,公正証書遺言という制度を使えないことになります。これについて,法改正により,口授以外での意思伝達方法が認められるようになりました。
<法改正による『口授』の代替手段(概要)>
平成11年の民法改正において
『口授』『読み聞かせ』の代替手段が規定された
代替手段=筆談・手話
→口・耳が不自由な方の公正証書遺言作成が容易になった
詳しくはこちら|公正証書遺言の方式に関する規定と法改正による拡張
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