【公正証書遺言の無効と国家賠償責任(裁判例)】
1 公正証書遺言の無効と国家賠償責任(裁判例)
一般的に公正証書は公証人が当事者の身分(本人)確認や意思確認をしっかり行って作成されるので、後から無効となることはほぼありません。遺言は公正証書で作成することが推奨される主要な理由です。
しかし、公正証書(遺言)が無効となるレアケースもあります。
詳しくはこちら|公正証書遺言の無効リスク極小化と無効事由(全体・主張の傾向)
本記事では、公正証書(遺言と遺言以外)が無効となったケースを紹介します。
2 公正証書遺言を無効とした裁判例
公正証書遺言が無効となった裁判例を紹介します。無効になった理由は、本人確認の不備(なりすまし)や意思確認の不備ではありません。
遺言作成における証人となった者が、遺言者の推定相続人だったのです。推定相続人は、欠格者(証人になれない者)です。
詳しくはこちら|公正証書遺言の証人の『承認』の内容と欠格・不適格と有効性
結局、形式的な理由で公正証書遺言が無効になってしまったのです。
公正証書遺言を無効とした裁判例(※1)
あ 事案
公正証書遺言が作成された
証人として遺言者の推定相続人が立ち会った
遺言者が亡くなった
い 遺言の有効性
証人が欠格者であった
→遺言が無効となった
相続人Aにとって、遺言内容よりも不利な遺産承継となった
※大阪地裁平成5年5月26日
3 公正証書遺言の無効による国家賠償責任
前述のように、公正証書遺言が無効になったので、相続としては、遺言は存在しない扱い、つまり法定相続となりました。
相続人の1人は、遺言が有効だとしたら得られた財産よりも少ない財産しか取得できない結果となりました。この損害について、国家賠償請求が認められました。つまり、遺言が有効である場合と無効である場合の差額について、国(政府)が賠償する、ということになりました。公証人は公務員と同じ扱いなので、公証人個人が賠償するわけではありません。
公正証書遺言の無効による国家賠償責任
あ 公正証書遺言の無効(前提)
公正証書遺言が無効となった(前記※1)
い 責任の有無
公証人には証人欠格者を除外する義務がある
→公証人には過失があった
→国に賠償責任が認められる
う 損害算定方法
次の2つの差額を基礎とした
ア 遺言が有効であったらAが取得できた財産の評価額イ 実際にAが取得できた財産の評価額
遺留分相当分は控除した
実際には代償金の差額が算定された
え 損害額=国の賠償額
差額(上記『う』)=約1800万円
慰謝料=50万円
弁護士費用=100万円
※大阪地裁平成5年5月26日
お 公証人の責任(参考)
遺言作成業務は公務の一環である
→公務員個人は責任を負わない
詳しくはこちら|使用者責任/国家賠償責任|比較・まとめ|求償・逆求償|不合理な違い
4 慰謝料合意の公正証書を無効とした裁判例
前述のケースとは別の、公正証書が無効となったケースを承継します。
これは、不貞行為(いわゆる不倫)が発覚して、不貞相手が慰謝料を支払うことになったという事案です。被害者である夫(妻を寝取られた者)が、怒り狂って、不貞相手(加害者の男性)に暴力や脅迫を繰り返し行いました。そして(実質)3000万円の慰謝料を支払う、という内容の公正証書を作成しました。
当然、公証人は本人確認や意思確認をしています。この部分だけを考えると、公証人がいるのだからその場で夫が暴力を加えることはない、不貞相手は不当な内容だと思えば拒否できた、と思ってしまいます。つまり、脅された状態で公正証書を作成したとはいえないということです。
しかし、公正証書作成前の暴力や脅迫が尋常なものではなかったので、公正証書作成の時点でも強迫状態から脱していなかったと判断されました。結論として取消が認められ、公正証書の内容は無効となりました。
慰謝料合意の公正証書を無効とした裁判例
あ 公正証書作成までの経緯
夫は妻の不貞の相手方Aに対して、慰謝料3000万円を要求し続けた
夫はAの自宅に押しかけ、深夜まで長時間怒鳴る、顔を殴る、河川敷に連れ出して竹刀でAの足・肩・尻などを殴打する、包丁の箱を指し示して「おまえを殺そうと思って、包丁を持って来た」と言って脅す、などの暴行・脅迫を繰り返した
い 公正証書作成
夫とAは、「3年後までに2940万円(3000万円から既払の60万円を控除した金額)を支払う」内容の公正証書を作成した
う 裁判所の判断
Aの意思表示は、夫の強迫によって形成された瑕疵ある意思表示である
公正証書作成の手続を経てAの意思が公証人によって確認されているものの、これをもって強迫状態から脱したとはいえない
裁判所は、強迫による取消を認めた(合意を無効とした)
※千葉地佐倉支判平成22年7月28日
本記事では、公正証書(遺言やそれ以外の内容)が無効となったケースを紹介しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
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