【遺産分割『前』の第三者と遺産分割の優劣(権利保護要件としての登記)】
1 遺産分割『前』の第三者と遺産分割の優劣
2 遺産分割前の第三者と遺産分割の優劣の基本
3 遺産分割前の第三者の権利取得のバリエーション
4 権利保護要件としての登記(対抗要件)
5 遺産分割の保全(処分禁止の仮処分・概要)
6 完全な無権利部分と民法909条ただし書による保護(否定・参考)
1 遺産分割『前』の第三者と遺産分割の優劣
遺産の権利を取得した第三者と遺産分割の結果が対立することがあります。
法的な扱いは,この『第三者』が権利を取得した時期によって理論が多少異なります。
詳しくはこちら|遺産を取得した第三者と遺産分割の優劣の全体像
本記事では,遺産分割の完了前に第三者が権利を取得したケースにおける法的な扱いを説明します。
2 遺産分割前の第三者と遺産分割の優劣の基本
遺産分割前に権利を取得した第三者については,これを保護する民法上の規定があります。
具体的事情と条文の規定を整理します。
<遺産分割前の第三者と遺産分割の優劣の基本>
あ 譲渡と遺産分割の対立
ア 遺産の処分の可否(前提)
遺産分割が未了の状態で,遺産の中の特定財産(の共有持分)を処分することは可能である
詳しくはこちら|遺産の中の特定財産の処分(遺産共有の共有持分の譲渡・放棄)の可否
イ 具体例
相続人=A・B
Aが遺産の土地甲について法定相続の登記を行った(登記上はA・Bとなった)
AがAの共有持分を第三者Cに譲渡した(登記上はC・Bとなった)
その後,土地甲をBが取得する遺産分割が完了した(実体上はBの単独所有となった)
BとCの間に対立状態が生じた
い 遡及効による原則論
遺産分割の効力は相続開始時に遡る
→相続開始時から遺産甲をBが取得(単独所有)したこととなる
※民法909条本文
う 遡及効の例外
ア 条文規定の内容(※1)
遺産分割によって第三者の権利を害することはできない
※民法909条ただし書
イ 大まかな結論
Aの法定相続分について
Cの権利取得(共有持分)が認められることもある
3 遺産分割前の第三者の権利取得のバリエーション
第三者が権利を取得することが前記の規定の保護を受ける前提です。
この権利の取得の代表例は売買や贈与などの譲渡ですが,それ以外にも含まれるものがあります。
<遺産分割前の第三者の権利取得のバリエーション>
あ 持分の譲渡
売買や贈与など
い 持分の担保提供
抵当権設定など
う 持分の差押
共同相続人の1人の共有持分についての差押
※谷口知平ほか編『新版 注釈民法(27)相続(2)補訂版』有斐閣2013年p430
4 権利保護要件としての登記(対抗要件)
遺産分割前の第三者は民法909条ただし書で保護されます(前記)。とはいっても,無条件で第三者が保護されるわけではありません。保護されるためには登記(などの対抗要件)が必要とされています。
対抗関係ではないのですが,優先となるためには登記が必要という結果だけをみると,対抗関係と同じ扱いであるといえます。
<権利保護要件としての登記(対抗要件)(※2)>
あ 第三者保護のための対抗要件
第三者が前記※1によって保護されるためには
取得した権利の対抗要件が必要である
い 主な対抗要件の種類
ア 不動産
登記
※民法177条
イ 動産
引渡
※民法178条
ウ 債権
債務者への通知or債務者による承諾
※民法476条
※谷口知平ほか編『新版 注釈民法(27)相続(2)補訂版』有斐閣2013年p430
対抗関係になる,という結論だけをみると,遺産分割後の第三者と同じ状況です。
詳しくはこちら|遺産分割『後』の第三者と遺産分割の優劣
5 遺産分割の保全(処分禁止の仮処分・概要)
以上のように,遺産分割が完了するまでの間に相続人の1人が法定相続登記をして,共有持分を第三者に譲渡し,持分移転登記までしてしまうと,他の相続人が当該共有持分を取得することはできなくなってしまいます。
この点,事前に審判前の保全処分(処分禁止の仮処分)をしておけばこのようなことを予防できます。しかし,家裁が処分禁止の仮処分を認める状況は限定されています。これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|遺産分割に関する審判前の保全処分(仮差押・仮処分・仮払い・仮分割)
6 完全な無権利部分と民法909条ただし書による保護(否定・参考)
以上の説明は,相続人の1人が遺産分割前に有していた権利を譲渡(など)により第三者が取得した,というものでした。一方,相続人の1人がもともと有していなかった権利を第三者が取得するという状況も実際に生じることがあります。似ているけど結論はまったく異なりますので注意が必要です。具体例を用いて説明します。
<完全な無権利部分と民法909条ただし書による保護(否定・参考)>
あ 事案
相続人=A・B
Aが遺産の土地甲について不正にAが単独で相続した登記を行った(登記上はAの単独所有)
AがCに土地甲を譲渡し,移転登記を行った(登記上はCの単独所有)
い 完全な無権利部分
相続人Bが取得した遺産甲のうちBの法定相続の範囲内の部分について
Aは完全に無権利であった
→AからCへの譲渡の効力は生じない
→Bが優先となる(登記の有無とは関係ない・民法909条やそのただし書は適用されない)
※最高裁昭和38年2月22日
詳しくはこちら|民法177条の第三者に該当しない実質的無権利者の具体例
う 遺産分割とのコンフリクト部分
Aの法定相続分の範囲内について
→Cは遺産分割前の第三者となる
→権利保護要件としての登記があれば優先される(確定的に権利を得る・前記※2)
本記事では遺産分割前の第三者について説明しました。
実際には,個別的な事情によって適用される規定や判例(解釈)は違ってきます。
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