【不在者財産管理人の制度の全体像(選任要件・手続・業務終了)】
1 不在者財産管理人の制度の全体像(選任要件・手続・業務終了)
たとえば、土地や建物の所有者が行方不明になった場合に、家庭裁判所が管理人(不在者財産管理人)を選任する制度があります。本記事では、不在者財産管理人の制度について全体的な説明をします。
2 不在者財産管理制度の条文規定
最初に、不在者財産管理人に関する基本的な条文を押さえておきます。条文上は、家庭裁判所が管理について必要な処分をする、と書いてあります。その具体的内容が、管理人の選任なのです。
不在者財産管理制度の条文規定(※1)
第二十五条 従来の住所又は居所を去った者(以下『不在者』という。)がその財産の管理人(以下この節において単に『管理人』という。)を置かなかったときは、家庭裁判所は、利害関係人又は検察官の請求により、その財産の管理について必要な処分を命ずることができる。本人の不在中に管理人の権限が消滅したときも、同様とする。
※民法25条1項
3 不在者財産管理人選任の申立人(請求権者)
不在者財産管理人の選任を家庭裁判所に申し立てることができる者は、利害関係人と検察官です。利害関係人とは不在者との間に法律上の利害関係がある人のことです。失踪宣告の申立ができる者(利害関係人)よりも広めに認められます。共有者Aが不在者である場合、他の共有者Bも申立人になることができます。
不在者財産管理人選任の申立人(請求権者)
あ 条文上の請求権者
利害関係人または検察官(前記※1)
い 利害関係人の意味
利害関係人とは、相続人や債権者等の法律上の利害関係を有する者と解してよい。
利害関係人の範囲は、30条(注・失踪宣告)の場合に比べて広く解してよいとされている(大谷・前掲書685)。
失踪宣告の場合には、失踪者の不利益(死亡に準じて処理される)が問題になるが、不在者の財産管理の場合には、財産管理人の選任それ自体によって不利益を受ける者はいないから、限定的に解する必要はないというのがその理由である。
近時、これを支持する見解もあり(米倉165以下、但し、範囲の限定付けは今後の課題であるとする)、妥当である。
※田山輝明稿/谷口知平ほか編『新版 注釈民法(1)改訂版』有斐閣2002年p447
う 利害関係人の具体例
ア 新版注釈民法
具体的には、配偶者、相続人、債権者等のほかに、共同債務者、親族等も、不在者の財産を保存するについて直接・間接の利益を有する者として広く含まれると解してよい。
したがって、単に不在者所有の土地を購入したいというような者は利害関係人には該当しない。
もっとも、土地収用の要件を充足している場合に、その事前の措置として行われる任意買収のような場合は、実質的には強制収用であるから、利害関係があると解してよい。
※田山輝明稿/谷口知平ほか編『新版 注釈民法(1)改訂版』有斐閣2002年p447
イ 松岡登・不在者の財産管理及び失踪→共有者あり
利害関係人にあたるとされた主要な実例として、不在者の配偶者、子、父母、兄弟姉妹など、債権者、担保権者、債務者、不在者財産につき買収を計画している国・地方公共団体・各種公団など、時効により不在者財産の所有権を取得したと主張する者、不在者財産の共有者、保管者、福祉事務所長などが挙げられる。
※松岡登稿『不在者の財産管理及び失踪』/岡垣學ほか編『講座・実務家事審判法4』日本評論社1989年p122
4 不在者財産管理人の選任の要件
(1)不在者財産管理人選任の要件のまとめ
不在者財産管理人が選任が認められるための主な要件は不在者、財産管理人の不在、財産が放置されていることというものです。
不在者財産管理人選任の要件のまとめ
あ 不在者(概要)
不在者とは、従来の住所または居所を去って容易に帰来する見込みがない者のことである
詳しくはこちら|不在者財産管理人が選任される状況(不在者の解釈と具体例)
い 財産管理人の不在(概要)
不在者が財産の管理人を置かなかった(後記※2)
う 財産の無管理状態
不在者の財産が放置された状態にある
(2)要件に関する学説
不在者財産管理人の選任の要件を説明する学説を整理しておきます。松岡登氏が3つの要件を整理しています。管理する必要がある財産が存在することは条文上明記されていないですが、これも要件に含むのが一般的な見解となっています。
要件に関する学説
あ 松岡登・不在者の財産管理及び失踪→要件3つ
不在者財産管理人選任の要件は、不在者が残留財産を管理できないこと、利害関係人又は検察官からの申立があること及び管理の実益のある財産の存在することの三つである。
※松岡登稿『不在者の財産管理及び失踪』/岡垣學ほか編『講座・実務家事審判法4』日本評論社1989年p121、122
い 新版注釈民法→財産放置を含む
住所または居所を去って容易に帰来する見込みのない者を不在者とし、この者に残された財産がある場合に、本人のみならず残された配偶者や相続人となる者のためにも、その朽廃・散逸を防ぎ、善後処置を講ずる必要がある。
このような趣旨から考えると、不在者の財産が放置された状態にあることを財産管理人選任の要件と解すべきである(川島82、幾代85も)。
※田山輝明稿/谷口知平ほか編『新版 注釈民法(1)改訂版』有斐閣2002年p442
5 「財産管理人の不在」の要件の判断
不在者財産管理人が選任されるのは、そのままだと財産が放置されていて困るという状況です。所有者が不在であり管理できない状態であっても、所有者がたとえば知人や親族に管理を頼んであれば財産が放置されることになりません。(所有者から頼まれば)管理人がすでにいるのであれば不在者財産管理人は選任されません。
実際には、一時的、暫定的に財産の管理に関わっている者が存在することもあります。しかし、しっかりした財産を管理する権限がない場合には、財産管理人がいないものとして扱われます。
「財産管理人の不在」の要件の判断(※2)
あ 基本
不在者が財産の管理人を置かなかったこと、は、不在者財産管理人選任の要件の1つである
※谷口知平ほか編『新版 注釈民法(1)改訂版』有斐閣2002年p442
い 事務管理との関係
事務管理(民法697条)として財産管理をしている者がいても、財産管理人がいるとは言えない
※大谷美隆『失踪法論』1933年p697
う 財産管理人該当性判断の例
夫が家出をするにあたり、妻に対し『債権者で来るものがあったら適当に応待すべき』旨を言い置いたのみでは訴訟代理人の選任行為を妻に委任したとは言えず、利害関係人において家庭裁判所による不在者の財産管理人の選任を求めることができる
※東京高裁昭和46年1月28日
6 不在者財産管理人選任の家庭裁判所の手続
(1)不在者財産管理人選任手続の分類
家庭裁判所が不在者財産管理人を選任するのは、利害関係人や検察官が請求(申立)をした時です。家庭裁判所の手続は別表第1事件に分類されます。
不在者財産管理人選任手続の分類
詳しくはこちら|家事事件(案件)の種類の分類(別表第1/2事件・一般/特殊調停)
(2)家庭裁判所による調査
家庭裁判所の審理では、不在(従来の住所・居所を去ったこと)について判断します。通常、自治体や親族への照会が行われます。
家庭裁判所による調査
そのほか相続人に問い合わせて不在であることを確認する場合もある。
※田山輝明稿/谷口知平ほか編『新版 注釈民法(1)改訂版』有斐閣2002年p446
7 管理人の任務終了(選任処分取消)
(1)管理人選任処分取消がなされる状況
不在者財産管理人が選任された後、どこかのタイミングで管理人の任務は終了します。つまり、家庭裁判所が選任処分の取消の審判をすることになります。その状況はいくつかあります。
管理人選任処分取消がなされる状況
あ 不在者による財産管理人の選任
不在者が本条1項の規定による命令後に財産管理人を置いた場合には、家庭裁判所は選任管理人の選任その他の処分を取り消さなければならない(25条2項)。
この処分取消しは、選任管理人、利害関係人、検察官の請求により行われる(同項)。
い 不在者自身による管理再開
このほか、家事事件手続法は、
不在者自身が管理できるようになった場合、
う 管理すべき財産の消滅
管理すべき財産がなくなった場合、
え 財産管理継続の相当性欠如
その他財産管理の継続が相当でなくなった場合
(この中には、管理費用が財産管理の必要性や財産の価値に比べて不相当に高額であるような場合も含まれると考えられている。金子編著・前掲書477頁、佐上・前掲書154頁以下参照)
も、家庭裁判所が処分取消しの審判をしなければならないとしている(家事147条)。(後記※3)
お 不在者の死亡の判明・失踪宣告
なお、不在者の死亡が明らかになった場合(失踪宣告があった場合も同じ)は、旧家事審判規則37条と異なり、家事事件手続法は取消事由とは明示していないが、同法147条の「その他財産の管理を継続することが相当でなくなったとき」に該当し、やはり処分取消事由と解されている
(金子編著・前掲書477頁)。
※岡孝稿/山野目章夫編『新注釈民法(1)』有斐閣2018年p593
8 財産の供託による管理人の任務終了
不在者の財産管理を継続することが相当でなくなった場合も、管理人の選任処分の取消がなされます(前記)。具体例の1つは、財産は金銭だけになったので、法務局に預けてしまえば済む、という状況です。具体的には、家庭裁判所に選任処分の取消をしてもらって、預かっている(管理している)金銭を供託する、ということになります。
ここで、供託金の還付請求権は通常どおり消滅時効にかかります。不在者が何も知らない状態だとしても10年間で消滅時効が完成します(客観的起算点)。これを避けるために、不在者名義の預金口座に入金する、という方法もあります。預金債権も消滅時効にかかりますが、金融機関(銀行)の対応の実情として、消滅時効の援用はしていません。
詳しくはこちら|債権の消滅時効の期間(原則(民法)と商事債権・商人性の判断)
そこで、預金口座へ入金しておけばたとえば11年後に不在者が現れた場合でも、金銭を失わずに済むということになります。
財産の供託による管理人の任務終了(※3)
あ 条文
ア 供託可能(明文化)
第百四十六条の二 家庭裁判所が選任した管理人は、不在者の財産の管理、処分その他の事由により金銭が生じたときは、不在者のために、当該金銭を不在者の財産の管理に関する処分を命じた裁判所の所在地を管轄する家庭裁判所の管轄区域内の供託所に供託することができる。
※家事事件手続法146条の2第1項
イ 供託後の任務終了(処分取消)
第百四十七条 家庭裁判所は、不在者が財産を管理することができるようになったとき、管理すべき財産がなくなったとき(家庭裁判所が選任した管理人が管理すべき財産の全部が供託されたときを含む。)その他財産の管理を継続することが相当でなくなったときは、不在者、管理人若しくは利害関係人の申立てにより又は職権で、民法第二十五条第一項の規定による管理人の選任その他の不在者の財産の管理に関する処分の取消しの審判をしなければならない。
※家事事件手続法147条
い 原則→弁済供託
ア 弁済供託の方法
選任処分が取り消された場合、供託の手続に移ります。
供託の申請をするには、オンラインでの申請をする又は専用のOCR用供託書を委任状等の必要書類とともに提出する必要があります。
OCR用供託書は、供託の種類ごとに供託所に備え付けてあり、郵送でも請求できます。
供託書に記入する際の注意点は、以下のとおりです。
管理人選任処分取消し後であるため、供託者は管理人ではなく、個人になります。
供託の原因たる事実としては、管理人選任処分が取り消され、供託者が被供託者(不在者)に対して管理していた金員の支払債務を負ったこと、そして、同債務を弁済しようとしたものの、被供託者は所在不明で、受領させることができないことを記載します。
※尾島史賢ほか編『相続人不存在・不在者 財産管理の落とし穴』新日本法規出2020年p273
イ 供託のデメリット
供託金還付請求権は前記のとおり5年(供託の日の翌日から10年)の消滅時効にかかりますので、供託した場合、不在者が帰来したときに、既に供託金還付請求権の消滅時効が完成しているおそれがあります。
そのため、不在者の帰来可能性が高い事案においては、供託による管理終了は望ましくない場合があると考えられます。
う 例外→預金口座への送金
このような場合の管理終了の方法として、不在者本人名義の預貯金口座に管理していた財産を入金し、口座を凍結しておくという方法が考えられます。
※尾島史賢ほか編『相続人不存在・不在者 財産管理の落とし穴』新日本法規出2020年p273、74
9 他の種類の手続との関係
(1)不在者財産管理人と失踪宣告の比較
ところで、人が行方不明になった場合に利用する制度として、不在者財産管理人とは別に失踪宣告があります。失踪宣告は生死不明の状況が一定期間継続することが必要であり、また、死亡したものとみなす結果となる制度です。この点で不在者財産管理人の制度とは違います。
不在者財産管理人と失踪宣告の比較
あ 不在者財産管理制度
不在者が生存しているものと推測して、残留財産を管理し帰来を待つ
行方不明や生死不明になっている必要はない
詳しくはこちら|不在者財産管理人が選任される状況(不在者の解釈と具体例)
い 失踪宣告
不在者が死亡したものとみなして、法律関係を確定させる
生死不明の状態が一定期間経過しなければならない
失踪宣告の前提として、不在者財産管理人を選任する必要はない
※民法30条
詳しくはこちら|普通失踪(失踪宣告)の基本(要件・効果・手続)
(2)不在者財産管理人と成年後見との関係
本人(所有者)が財産を管理できない状況としては、不在者以外にも成年被後見人などもあります。
詳しくはこちら|成年後見人の制度の基本(活用の目的や具体例と家裁の選任手続)
実際には、不在者財産管理人の選任も成年後見人、保佐人、補助人の選任もできるという状況がよくあります。
この2種類の制度については、優劣関係はありません。
どちらか一方だけの選任を申し立てることも、両方申し立てることもできます。
不在者財産管理人と成年後見との関係
あ 優劣関係
財産管理人制度と成年後見制度の関係について
利用上の優劣関係はない
い 2つの制度の競合
被補助人(被後見人)の要件を満たす者(判断能力が不十分な者)について
例=高齢者・知的障害者
→不在者財産管理人の選任は可能である
う 両方とも利用するニーズの例
施設入所の手続をすぐに行いたい
→先行して不在者財産管理人を選任する
その後、財産全体の管理のために後見人を選任する
※谷口知平ほか編『新版 注釈民法(1)改訂版』有斐閣2002年p443、444
え 実務の実情
被補助人(被後見人)の要件を満たす者を対象として不在者財産管理人を選任することについて
家庭裁判所では否定的な処理がなされている
※最高裁家庭局第2課長回答
→実際の申請自体がなされない傾向にある
=不在者財産管理人の制度は用いられていない
谷口知平ほか編『新版 注釈民法(1)改訂版』有斐閣2002年※p445
(3)共有物に関する変更・管理の裁判
共有者の1人が所在不明となった場合に使える手続が、令和3年の民法改正で作られました。まず、変更や管理の決定をできるようにするための裁判があります。
詳しくはこちら|所在等不明共有者がいる場合の変更・管理の裁判手続(令和3年改正)
(4)不動産の共有持分の取得・譲渡権限付与の裁判
さらに、所在不明の共有者がもっている共有持分を他の共有者が強制的に買い取ることができる裁判、また、第三者に(共有不動産全体として)売却することができるようにする裁判の制度も作られました。
詳しくはこちら|所在等不明共有者の不動産の共有持分取得手続(令和3年改正)
詳しくはこちら|所在等不明共有者の不動産の共有持分譲渡権限付与手続(令和3年改正)
10 関連テーマ
(1)不在者財産管理人を活用する状況の例
不在者がいるだけで不在者財産管理人の選任の申立が必要なわけではなく、実際には、すぐに財産の管理が必要な状況にある場合に申立を利用することになります。たとえば、建物が倒壊しそうであるため、被害を防止する物理的な対応が必要な場合や、不在者の不動産を売却することが必要な状況などが挙げられます。
詳しくはこちら|生死不明→不在者財産管理人→失踪宣告→相続,生命保険金支払となる;普通失踪,危難失踪
(2)行方不明の相続人がいる場合の遺産分割
不在者財産管理人を活用する状況の1つとして、相続人の1人が行方不明であるケースもあります。不在者財産管理人が選任されれば、遺産分割を実現することができるのです。
詳しくはこちら|行方不明の相続人がいる場合の遺産分割(不在者財産管理人選任・失踪宣告)
本記事では、不在者財産管理人の制度の基本的事項を説明しました。
実際には、具体的な状況によって法的扱いや最適な対応は違ってきます。
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