【遺産分割に関する審判前の保全処分(仮差押・仮処分・仮払い・仮分割)】
1 遺産分割に関する審判前の保全処分(仮差押・仮処分・仮払い・仮分割)
家事調停や審判(相続や離婚)では、最終的な結論に至る前に、暫定的な応急措置を行う方法(審判前の保全処分)があります。
詳しくはこちら|審判前の保全処分の基本(家事調停・審判の前に行う仮差押や仮処分)
本記事では、審判前の保全処分のうち、遺産分割に関するものについて説明します。
2 遺産分割の審判前の保全処分の条文
最初に、遺産分割に関する審判前の保全処分の条文を確認しておきます。家事事件手続法200条2項です。なお、平成30年改正でこの次の3項として仮分割の規定ができていますが、本記事では2項(メインの規定)についてだけ説明します。
遺産分割の審判前の保全処分の条文
※家事事件手続法200条2項
3 審判前の保全処分の要点
最初に、この手続の要点だけを押さえておきます。細かい内容は後述します。
審判前の保全処分の要点
あ 審判または調停の申立が前提
遺産の分割の審判又は調停の申立てがあった場合に適用される
い 「必要性」がある場合に発令
強制執行を保全し、又は事件の関係人の急迫の危険を防止するため必要があるときに命じられる
う 審判・調停の当事者による申立により始まる
当該申立てをした者又は相手方の申立てにより命じることができる
え 民事保全と基本的に同一
民事保全法上の仮差押え、係争物に関する仮処分・仮の地位を定める仮処分と基本的に同一である
4 要件
(1)審判前の保全処分に共通する要件(前提)
「審判前の保全処分」に共通する実質的な要件は本案審判認容の蓋然性と保全の必要性です。
詳しくはこちら|審判前の保全処分の基本(家事調停・審判の前に行う仮差押や仮処分)
民事保全では被保全権利(の存在)が要件の1つです。この点、家事審判では、裁判所が審判として権利を形成する、という性質があるので、審判前の保全処分では「被保全権利」という要件はありません。代わりに本案審判認容の蓋然性が要件となっています。
(2)要件の基本部分
遺産分割に関する審判前の保全処分については、前述の2つの要件のうち保全の必要性の内容については、条文(家事事件手続法200条2項)が具体的に規定しています。
要件の基本部分
(3)処分禁止の仮処分における当該不動産取得の蓋然性
遺産分割に関する審判前の保全処分の種類については後述しますが、その1つに処分禁止の仮処分があります。不動産について処分禁止の仮処分をするケースでの要件のうち、本案審判認容の蓋然性の中身は、当該不動産を取得できる蓋然性(見込み)ということになります。
処分禁止の仮処分における当該不動産取得の蓋然性(※1)
あ 平成2年札幌高決
共同相続人の1人が他の共同相続人に対し、遺産である不動産の共有持分の処分禁止を求める仮処分を認容するには、申立債権者が本案審判において当該不動産を取得する蓋然性及び申立債務者の共有持分の処分を禁止する保全の必要性の疎明を要する
※札幌高決平成2年11月5日
い 令和3年東京高決
遺産分割審判前の保全処分としての、特定の遺産の処分禁止の仮処分の場合には、本案認容の蓋然性として、本案となる遺産分割の終局審判において、当該遺産につき同保全処分の申立人への給付が命ぜられる一応の見込みがあることの疎明を要するとされた
※東京高決令和3年4月15日
(4)「現在の危急を救う差し迫った事情」を必須とした裁判例
保全の必要性として「現在の危急を救う差し迫った事情」が必要です。特殊事情があったのでこの要件を緩和した審判を否定した裁判例があります。
「現在の危急を救う差し迫った事情」を必須とした裁判例(※2)
※仙台高決昭和57年3月31日
5 遺産共有持分の処分とその後の遺産分割における調整(参考)
ところで、遺産分割未了の時点で、各相続人は遺産(のうち自己の共有持分)を処分(売却など)することが可能です。
詳しくはこちら|遺産の中の特定財産の処分(遺産共有の共有持分の譲渡・放棄)の可否
共有持分の処分(売却)があった場合、その後の遺産分割で不公平を是正する措置が必要となってしまいます。完全に是正される(処分前と同じ状態になる)とは限りません。
詳しくはこちら|遺産の中の特定財産の処分(譲渡)の後の遺産分割(不公平の是正)
このように遺産分割の手続中の相続人の行為により不利益や不都合が生じる構造があるので、事前にこれらを審判前の保全処分を活用して予防する、というわけです。
6 保全処分の種類と具体例
(1)仮差押
遺産分割に関する審判前の保全処分(「処分」の種類)は大きく3つに分けられます。
仮差押は申立人が金銭債権を取得する可能性が高い場合、具体的には代償分割の蓋然性が高い場合に認められます。
仮差押え
(2)係争物に関する仮処分
2番目が係争物に関する仮処分です。その中身は、通常は不動産の共有持分の処分禁止です。不正に単独所有名義の登記にされてしまったケースでは当該不動産全体の処分禁止です。
係争物に関する仮処分
あ 遺産共有の不動産
共有持分の処分禁止として、遺産の中の不動産の共有持分を相続人が処分することを禁止する
い 不実の単独所有登記の不動産
単独所有名義の登記を得た相続人の処分禁止として、遺産の中の不動産を相続人の1人が自己の単独名義に登記を移転した上で第三者に売却しようとしている場合に、本案の審判における当該不動産の引渡命令の強制執行を保全するため、当該相続人に対して当該不動産の処分禁止の仮処分をする
(3)仮の地位を定める仮処分
最後は仮の地位を定める仮処分です。現金の仮払いや預貯金の仮払いがあります。
預貯金の仮払いについては、平成30年改正で作られた家事事件手続法200条3項で要件が緩和されています。
仮の地位を定める仮処分
あ 現金の仮払い(遺産の仮分割)
遺産分割までの時間が相当かかることが見込まれる一方、相続人の1人の生活が困窮している場合に、相続財産中の現金をこの者に取得させるため他の共同相続人に仮払を命じる
い 預貯金の仮払い
遺産分割事件を本案として、申立人らが預金の仮分割仮処分を求めた事案において、申立人らの収入状況や相続税の納付期限が切迫していることなどを考慮し、相続税の第1回分納金とその利息の範囲内で仮分割を認め、上記預金を管理する相手方に対し、申立人らへの金銭仮払いを命じた
※大阪家堺支審昭和59年5月28日
7 特殊なケースの扱い
次に、特殊なケースに関する法的問題を説明します。
(1)相続人の債権者による申立の可否→両説あり
相続人の債権者が、遺産分割に関する処分禁止の仮処分の申立ができるかどうか、という問題があります。法的には債権者代位を認めるかどうか、というテーマです。
これを認める裁判例がありますが、疑問がある、という指摘もあります。
相続人の債権者による申立の可否→両説あり
あ 肯定説
相続人の債権者が債権者代位により処分禁止の仮処分の申立をすることを認めた
※東京高決令和3年4月15日
い 否定方向の見解
債権者代位による遺産分割調停の申立ができるかは疑問がある、という指摘がある
(2)遺産性を否認する者による申立→否定
遺産性を否認する者による申立が問題となったケースがあります。たとえば「不動産甲は遺産ではない」と主張している者は、(この主張を前提とすると)「不動産甲は遺産分割の対象ではない」ということになります。そこで、遺産分割の審判前の保全処分は認められない、という結論になります。
遺産性を否認する者による申立→否定
あ 事案
Aは、遺産分割事件において、分割の対象とされている物件についてその遺産性を否認し、生前贈与に基づく所有権を主張していた
Aが、遺産分割事件を本案として処分禁止の仮処分を申し立てた
い 裁判所の判断
実体的権利義務関係の存否確定は審判事項ではなく訴訟手続によるべきであるから、審判前の仮の処分を認める余地がないものとして申立てを却下した
※大阪家審昭和58年9月20日
8 参考情報
参考情報
※宮地英雄ほか稿『審判前の保全処分』/野田愛子ほか編『判例タイムズ688号 遺産分割・遺言215題』1989年4月10日p181
※金子修編著『逐条解説 家事事件手続法』商事法務2013年p633、p634
※池田光宏『家庭裁判月報38巻6号』p83注24
※岡口基一著『要件事実マニュアル 第5版 第5巻』ぎょうせい2017年p377、378
本記事では、遺産分割に関する審判前の保全処分(仮差押・仮処分)について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に遺産分割など、相続に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。
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