【受遺者・受贈者の債務弁済などによる消滅請求(改正後)】
1 受遺者・受贈者の債務弁済などによる消滅請求(改正後)
2 債務消滅行為による金銭支払債務の消滅請求の条文
3 相続人内部の求償(前提)
4 改正前(求償権)と改正後(消滅請求)の比較
5 免責的債務引受による消滅請求(求償権+相殺との違い)
6 期限未到来時点の弁済による消滅請求(求償権+相殺との違い)
1 受遺者・受贈者の債務弁済などによる消滅請求(改正後)
<民法改正による遺留分の規定の変更(注意)>
平成30年改正民法により,遺留分の規定(制度)の内容が大きく変更されました。
令和元年6月30日までに開始した相続については,改正前の規定が適用されます。
令和元年7月1日以降に開始した相続については,改正後の規定が適用されます。
遺留分に関して,平成30年改正で新たに作られた制度(規定)として,遺留分侵害額請求を受けた者(受遺者,受贈者)が行使できる消滅請求があります。本記事ではこの消滅請求について説明します。
2 債務消滅行為による金銭支払債務の消滅請求の条文
最初に,消滅請求の条文を押さえておきます。
<債務消滅行為による金銭支払債務の消滅請求の条文>
あ 民法1047条3項の規定
前条第一項の請求を受けた受遺者又は受贈者は,遺留分権利者承継債務について弁済その他の債務を消滅させる行為をしたときは,消滅した債務の額の限度において,遺留分権利者に対する意思表示によって第一項の規定により負担する債務を消滅させることができる。この場合において,当該行為によって遺留分権利者に対して取得した求償権は,消滅した当該債務の額の限度において消滅する。
※民法1047条3項
い 遺留分権利者承継債務の意味
『遺留分権利者承継債務』とは
被相続人が相続開始の時において有した債務のうち,民法899条の規定により遺留分権利者が承継する債務のことである
※民法1046条2項3号
3 相続人内部の求償(前提)
前記の条文の言葉は少しむずかしいです。ここは具体的な状況を想定してみると分かりやすいでしょう。
まず,条文には,遺留分権利者が負っている債務を遺留分請求の相手方が弁済する,ということを想定しています。一見おかしなことですが,このようなことが起きることはあります。
相続債務について指定相続分が適用されたケースです。この場合,債権者が指定相続分だと負担がないけれど法定相続分だと負担がある相続人に請求することができてしまうのです。このような債権者の請求に応じて指定相続分だと負担がないはずの相続人が弁済すると,相続人の間では,求償権が生じます。
ちなみにこのことは,遺留分や平成30年改正とは関係ありません。
<相続人内部の求償(前提・※1)>
債権者が法定相続を前提とした請求をして,相続人が,指定された債務を超えて弁済するということが生じる
この場合,相続分指定による債務を超えて弁済した相続人は,相続分指定による債務を免れた相続人に対して求償できる
詳しくはこちら|遺留分侵害額の計算(改正前・後)
4 改正前(求償権)と改正後(消滅請求)の比較
消滅請求は平成30年改正で新たに作られました(前述)。では改正前はどうだったのかというと,民法の他の規定が適用され,遺留分(減殺)請求の相手方が,遺留分権利者が負う債務を弁済した場合,求償権を取得することになります(前述)。
改正後は,同様の状況において,遺留分侵害額請求という金銭債権と遺留分請求の相手方が持つ求償権が対立するので相殺できるような状態になります。
ところで,遺留分侵害額の計算では,遺留分権利者が指定相続分により承継した相続債務を負担していることを前提とすることを平成21年判例が示し,改正後(現在)もこの判例は生きていると思われます。
詳しくはこちら|遺留分侵害額の計算(改正前・後)
実際に遺留分請求の相手方が弁済した場合は前提が違ってくるので是正する必要性がより強いといえます。そこで,一般的な求償権による相殺よりも消滅請求の方が(遺留分請求の相手方にとって)強化されたものとなっています。
<改正前(求償権)と改正後(消滅請求)の比較>
あ 改正前
受遺者・受贈者が遺留分権利者承継債務を弁済した場合
→遺留分権利者に対して求償権を取得する(前記※1)
い 改正後
ア 求償権+相殺
弁済により遺留分権利者に対する求償権を取得する(前記※1)(『あ』と同じ)
この場合,遺留分侵害額請求権(金銭債権)と求償権を相殺することができる
イ 消滅請求
弁済以外の債務消滅行為では『ア』は成り立たない
履行期未到来の時点で弁済した場合は『ア』は成り立たない
これらの場合でも消滅請求は行使できる(後記※2,※3)
5 免責的債務引受による消滅請求(求償権+相殺との違い)
平成30年改正で作られた消滅請求と,従来の求償権による相殺,という処理には違いがあり,違いの1つが,(弁済ではなく)免責的債務引受をしただけで消滅請求をすることができる,というものです。従前の処理をしようと思っても,求償権が発生しないので当然,相殺もすることはできません。
<免責的債務引受による消滅請求(求償権+相殺との違い・※2)>
あ 求償権+相殺の方法の可否(比較)
免責的債務引受の引受人は,債務者に対して求償権を取得しない
※民法472条の3
→相殺を用いることはできない
※『法制審議会民法(相続関係)部会資料16』p19
※中込一洋著『実務解説 改正相続法』弘文堂2019年p192
い 消滅請求
免責的債務引受は民法1046条2項3号の『弁済その他の債務を消滅させる行為をしたとき』に該当する
民法1046条2項3号は2人が互いに債務を負担する場合であることを要件としていない
→受遺者または受贈者の意思表示によって債務を消滅させることができる
6 期限未到来時点の弁済による消滅請求(求償権+相殺との違い)
消滅請求と従前の処理との違いとして,期限未到来の時点で弁済した場合にも消滅請求ができる,というものもあります。期限未到来の時点で弁済をしたとしても,(求償権は発生するけど)相殺はできません。
<期限未到来時点の弁済による消滅請求(求償権+相殺との違い・※3)>
あ 求償権+相殺の方法の可否(比較)
債務が弁済期前のものであれば,受遺者または受贈者は,その弁済期が到来するまで相殺をすることはできない
遺留分侵害額請求がされた後,これによって生じた金銭債権について差押えがされた場合
その後に受遺者または受贈者が第三者弁済をしても,差押債権者には相殺を対抗することができない
※民法511条
※『法制審議会民法(相続関係)部会資料16』p19,20
い 消滅請求
第三者弁済をしたことは民法1046条2項3号の『弁済』に該当する
民法1046条2項3号では弁済期による区別はなく,差押がされた場合に関する規律も規定されていない
→受遺者または受贈者の意思表示によって債務を消滅させることができる
※中込一洋著『実務解説 改正相続法』弘文堂2019年p193
本記事では,平成30年改正により新たに作られた(遺留分侵害額請求の相手方の)消滅請求を説明しました。
実際には,個別的な事情により,法的扱いや最適な対応が違ってきます。
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