【遺産分割の禁止(4つの方法と遺産分割禁止審判の要件)】
1 遺産分割の禁止(4つの方法と遺産分割禁止審判の要件)
相続の際は、一定の割合(法定相続割合)で相続人が遺産を承継します。具体的には、話し合い(協議)や調停や家事審判によって、それぞれの相続人が取得する財産を決めることになります(遺産分割)。
この点、一定期間遺産分割をしない、という結論をとることもできます。本記事では、遺産分割の禁止について、どのように行うのか、また、どのような場合に裁判所が遺産分割禁止を決めるのか(要件)、ということを説明します。
2 遺産分割禁止を定める条文
遺産分割の禁止は、民法と家事事件手続法の条文の中で登場します。最初に押さえておきます。
民法908条4項(平成30年改正前の民法907条3項)と家事事件手続法の別表に、審判として遺産分割の禁止ができることが明記されています。また、民法908条1項には、遺言の中で、遺産分割禁止を定めておくことができると規定されています。
遺産分割禁止を定める条文
あ 民法908条
(遺産の分割の方法の指定及び遺産の分割の禁止)
第九百八条 被相続人は、遺言で、遺産の分割の方法を定め、若しくはこれを定めることを第三者に委託し、又は相続開始の時から五年を超えない期間を定めて、遺産の分割を禁ずることができる。
2 共同相続人は、五年以内の期間を定めて、遺産の全部又は一部について、その分割をしない旨の契約をすることができる。ただし、その期間の終期は、相続開始の時から十年を超えることができない。
3 前項の契約は、五年以内の期間を定めて更新することができる。ただし、その期間の終期は、相続開始の時から十年を超えることができない。
4 前条第二項本文の場合において特別の事由があるときは、家庭裁判所は、五年以内の期間を定めて、遺産の全部又は一部について、その分割を禁ずることができる。ただし、その期間の終期は、相続開始の時から十年を超えることができない。
5 家庭裁判所は、五年以内の期間を定めて前項の期間を更新することができる。ただし、その期間の終期は、相続開始の時から十年を超えることができない。
※民法908条
う 家事事件手続法・別表
(事項)遺産の分割の禁止
(根拠となる法律の規定)民法第九百七条第三項
※家事事件手続法・別表第2第13項
3 協議・調停による遺産分割禁止の根拠
以上のように、条文の中に登場する遺産分割禁止は審判と遺言だけですが、それ以外、つまり協議と調停でも遺産分割禁止を決める(合意する)ことができると解釈されています。遺産分割禁止の合意は、相続人全員が一致することが必要です。
協議・調停による遺産分割禁止の根拠
あ 協議・調停(共通)
(協議・調停による遺産分割の禁止について)
これを直接に認める明文の規定はないものの、被相続人の遺言による分割禁止を認めている(908条)こととのバランス上、および、分割の時期・方法について共同相続人の意思を尊重しその自由処分を認めていることから、協議および調停による分割禁止も認められている。
あるいは、遺産を構成する個別財産の共有者である共同相続人は、不分割契約により分割禁止をすることができるとの規定(256条)も根拠として指摘される。
(参考)共有物不分割特約(分割禁止特約)については別の記事で説明している
詳しくはこちら|共有物分割禁止特約の基本(最長5年・登記の必要性)
い 調停
調停による分割禁止についても、分割禁止の審判を独立した家事事件手続法別表第二の審判事件として申し立てることが可能であり(家事39条別表第二13項)、裁判所はこれをいつでも調停に付する(家事274条1項)ことができることから、当然に可能とされる。
※副田隆重稿/潮見佳男編『新注釈民法(19)相続(1)』有斐閣2019年p406
4 遺産分割禁止の期間
結局、4つの方法(遺言、協議、調停、審判)で遺産分割禁止を決めることができるのですが、禁止できる期間は5年以内です。
禁止期間が終了する時に、相続人全員が合意すれば更新(延長)できますが、その場合でも新たな禁止期間の上限は5年となります。
遺産分割禁止の期間
あ 初回の禁止期間
禁止が認められる場合、禁止の期間については、遺言による分割禁止の規定(908条)、通常の共有の不分割契約の規定(256条1項ただし書)を類推して5年間を超えることができず、5年を超える期間を定めたときは、5年の限度で有効とされ(る)
い 更新の禁止期間
この禁止期間を更新することはできるが、更新の時から5年を超えることはできない(256条2項)。
※副田隆重稿/潮見佳男編『新注釈民法(19)相続(1)』有斐閣2019年p406
5 家事審判による遺産分割禁止の手続
前述のように、審判として(つまり裁判所の判断で)遺産分割の禁止を決める方法もあります。その手続は、相続人が遺産分割の禁止を求めた場合にできるのは当然として、相続人が遺産分割を求めた場合にもできます。つまり相続人(の一部)が遺産分割を完了させたいと思っていても、裁判所の判断で(一定期間)ストップする、ということができるのです。
家事審判による遺産分割禁止の手続
この分割の禁止は、遺産分割の審判の申立てがあった場合になしうる(907条3項(注・改正前))が、分割禁止の審判の申立ても独立して認められる
※副田隆重稿/潮見佳男編『新注釈民法(19)相続(1)』有斐閣2019年p406
6 審判による遺産分割禁止の要件(基本)
協議や調停による遺産分割禁止は相続人全員の合意が必要ですが、審判による遺産分割禁止は、相続人(の一部)が納得していなくても裁判所の判断で行うことができます。しかし、一定期間の遺産分割禁止は、解決を先送りするという結果になるので、例外的な措置です。
条文上、特別の事由がある時にだけ裁判所が遺産分割禁止を決定できることになっています。特別の事由とは、相続人全体にとって利益になるという意味です。一部の相続人は不利であっても、相続人の全体として利益であれば分割を禁止できるのです。
審判による遺産分割禁止の要件(基本)
あ 規定
遺産分割を禁止する審判をするには、「特別の事由がある」ことが必要である
※民法908条4項
い 「特別の事由」の解釈
この「特別の事由」とは、即時の分割を求める分割請求の自由という民法の原則に対して、民法906条の定める分割基準からみて遺産の全部または一部を当分の間分割しないほうが共同相続人ら全体にとり利益となるとの客観的状態をいうものと解されている。
※東京高決昭和60年6月13日
※東京高決平成14年2月15日
※副田隆重稿/潮見佳男編『新注釈民法(19)相続(1)』有斐閣2019年p406
7 要件の類型のうち法律上の障害
具体的に、どのような場合に、裁判所が遺産分割を禁止できるのでしょうか。つまり、特別の事由が認められる状況のことです。いくつかのパターン(類型)に分けられます。順に説明します。
まず、現時点で遺産分割をすることについて、法律上の障害があるという状況です。具体例は、相続人の中に胎児がいるケースや、限定承認の手続中であるケースです。ただし、そのような事情があれば必ず特別の事由があると認められるとは限りません。遺産分割を完了させると実際に支障が生じるという状況にあることが必要です。
要件の類型のうち法律上の障害
あ 基本
遺産分割を進めるにつき法律上の障害がある場合に、「特別の事由」が認められることがある
い 具体例
ア 胎児の存在
相続人となりうる胎児がいる場合
イ 限定承認の手続中
相続人が限定承認をして清算中である場合
う 見解
「い」のケースについて、「特別の事由」として認めない見解もある
※副田隆重稿/潮見佳男編『新注釈民法(19)相続(1)』有斐閣2019年p407
8 要件の類型のうち前提問題の争い
遺産分割禁止が認められる状況として、前提問題に争いがあるという類型があります。たとえば、誰が相続人なのか、であるとか、特定の不動産甲は遺産に含まれるかどうかということについて意見が対立している(争いがある)状況です。
ただし、単に相続人の間で意見が対立しているだけで遺産分割を禁止できるわけではありません。訴訟が係属しているなど、激しい対立がある場合でないと、現時点で遺産分割を完了させると支障が生じるとはいえないので、遺産分割を禁止できません。
要件の類型のうち前提問題の争い
あ 基本
遺産分割のいわゆる前提問題に関して争いがあり、その確定のための訴訟が係属中である場合場合に、「特別の事由」が認められることがある
い 具体例
相続人資格や重要な物件の遺産帰属性に争いがあるケース
※副田隆重稿/潮見佳男編『新注釈民法(19)相続(1)』有斐閣2019年p407
う 分割禁止を認めた裁判例
ア 昭和43年鹿児島家審
被相続人名義の不動産全部の帰属について訴訟係属中であった
裁判所は、2年間の遺産分割禁止を認めた
※鹿児島家審昭和43年9月17日
イ 平成2年大阪家審
主要な遺産である不動産全部につき遺産帰属性が争われていた
共同相続人は、訴訟手続による確定を待つことを合意していた
裁判所は、約3年の遺産分割禁止を認めた
※大阪家審平成2年12月11日
ウ 平成15年名古屋高決
重要な財産の遺産性および遺言の有効性について訴訟が提起されていた
その確定になお相当の日数を要する
裁判所は、1年間の遺産分割禁止を認めた(原審判を維持した)
※名古屋高決平成15年3月17日
え 分割禁止を否定した裁判例
単に相続財産の範囲について相続人間に争いがあり、その一部につき民事訴訟が係属しているのみであった
裁判所は、遺産全部を分割禁止とした原審判を取り消した
※東京高決昭和60年6月13日
9 要件の類型のうち「遺産の状態」が分割に適さない
遺産分割禁止が認められる状況として、遺産の状態が分割に適さないという類型があります。具体例としてはいろいろなものがあります。遺産に担保権が設定されているケースや遺産(の一部)が営業・事業用の資産であり、現時点で誰が承継するかを決めると支障が生じるというようなケースです。
この点、遺産分割の(分割)方法として、相続人の共有にするというものもあります。複数の相続人が従事する事業に用いている遺産については、相続人の共有としておくことにより、当面、共同で(事業に)用いることが可能になるケースもあります。このように、分割方法の工夫で現時点での遺産分割が可能である場合には、遺産分割の禁止の措置はとれないことになります。
要件の類型のうち「遺産の状態」が分割に適さない
あ 基本
遺産の状態が即時の分割に適さない場合に、「特別の事由」が認められることがある
い 具体例
ア 担保権が遺産に設定されている
重要な遺産に抵当権が設定されていて、債務を整理しなければ分割に適しない場合
※鹿児島家審昭和43年9月16日(5年間の遺産分割禁止)
イ 遺産価値への著しい損害発生
即時の分割が遺産の価値に著しい損害を与える場合
換価分割が必要なときに、その物の市場価格が著しく下落しているので、価格上昇を待つ
ウ 相続人全員が従事する営業に用いている施設
遺産が営業施設からなっていて共同相続人全員がその営業に従事している場合
エ 事業用資産の後継者への承継
農業・商工業の後継者に包括的に遺産を管理させ、そこから生じる利益を後継者とならない他の共同相続人に分配するという形で他の共同相続人の相続分をたとえ一部でも取得させるなどして、債務負担の割合をできるだけ少なくし、後継者に一括して分割する場合
オ 事業収益を見守る
農作物の成熟や営業の成り行きをみるのが相当な場合
カ 農地の細分化防止
農地が細分化されると農業経営が困難となる場合
う 見解
共有とする分割を選択するなどにより、遺産分割を禁止しなくても妥当な結論を得られる(分割禁止を否定する)見解もある
※副田隆重稿/潮見佳男編『新注釈民法(19)相続(1)』有斐閣2019年p408
10 要件の類型のうち「相続人」の状態が分割に適さない
遺産分割禁止が認められる状況として、相続人の状態が分割に適さないという類型があります。具体例としては、相続人の中に未成年者がいるケースや、相続人間の経済的あるいは感情的な対立が激しいケースがあります。ただし、これらの事情だけでは、遺産分割を禁止しない限り支障が生じるとはいえないことが多いです。つまり、遺産分割を禁止できないことも十分にありえます。
要件の類型のうち「相続人」の状態が分割に適さない
あ 基本
相続人の状態が即時の分割に適さない場合に、「特別の事由」が認められることがある
い 具体例
ア 未成年者の存在
相続人の全部または一部が未成年である場合
イ 経済的・感情的な対立
相続人の経済的・感情的な関係から、即時の分割が円満な家庭生活を破壊するに至る場合
う 見解
分割を禁止しなくても弊害を回避できる(分割禁止を否定する)見解もある
※副田隆重稿/潮見佳男編『新注釈民法(19)相続(1)』有斐閣2019年p409
11 要件の類型のうち相続外の債務の不履行
以上の類型にあてはまらないケースとして、相続人の間に、相続とは関係ないお金の貸し借り(債権債務)がある、というものがあります。相続より前から存在するトラブルを解決するのが(遺産分割よりも)先決だという気持ちは分かりますが、そのトラブルは、遺産分割とは別に解決することも可能です。そこで、単に相続とは関係ない金銭問題があることでは、遺産分割は禁止できないという傾向があります。
要件の類型のうち相続外の債務の不履行
あ 基本(発想)
共同相続人間に求償されるべき金員があり、遺産分割の前にまずその支払がなされるべきであることが分割禁止の「特別の事由」に当たるかという発想(主張)があり得る
※副田隆重稿/潮見佳男編『新注釈民法(19)相続(1)』有斐閣2019年p409
い 遺産分割禁止を否定した裁判例
ア 事案
養子(相続人)が被相続人に対する扶養義務を履行しなかった
被相続人の妻(相続人)が被相続人扶養のために多額の金員を支出した
妻は、「まず養子から妻に当該金員の支払がなされるべきである」ことなどを理由として、遺産分割禁止の申立をした
イ 裁判所の判断
裁判所は、遺産分割の禁止を認めなかった
※神戸家姫路支審昭和49年8月10日
12 遺産分割禁止の効果(共有の性質)
実際に、遺産分割を禁止した場合に、その後の状況はどうなるでしょうか。遺産分割をしていない状況がそのまま続きます。法的には、遺産共有の状態ということになります。結局、分割禁止期間が終了したら、改めて遺産分割をするということになります。遺産分割の先送り、ということです。
遺産分割禁止の効果(共有の性質)
分割禁止は一定の事由がある場合、一定期間分割を禁止するだけで遺産共有の性質まで変えるものではないことから遺産共有状態が継続するとみる立場が多数説・実務の運用である
※副田隆重稿/潮見佳男編『新注釈民法(19)相続(1)』有斐閣2019年p409
13 遺産分割禁止の効果が及ぶ範囲(主体)
協議や審判で、遺産分割の禁止が決まった場合、当然ですが、禁止期間は遺産分割をすることはできません。
この点、相続人の1人Aが亡くなった場合、Aの相続人にも、遺産分割禁止の効果は及びます。Aは遺産分割を請求できません。
では、相続人の1人が遺産の共有持分を第三者Bに譲渡してしまったらどうなるでしょうか。この場合も、Bに遺産分割禁止の効果は及ぶと解釈されています。
ただし、Bが(動産を)即時取得した場合は、結果的に遺産分割禁止の効果はお及びません。また、Bが不動産を取得した場合で、分割禁止の登記がなかった場合にも、結果的に遺産分割の効果は及びません。
遺産分割禁止の効果が及ぶ範囲(主体)
あ 基本
遺産分割禁止の効果は、相続財産の包括承継人、特定承継人に及ぶ
い 即時取得との関係
動産を特定承継により取得した者(第三者)に即時取得が成立した場合、第三者は制限のない所有権を取得する
遺産分割禁止の効果は当該第三者に及ばない
う 登記による対抗力
不動産については分割禁止の登記がなければ第三者に対抗できない
※副田隆重稿/潮見佳男編『新注釈民法(19)相続(1)』有斐閣2019年p409
14 遺産分割禁止の登記
前述のように、遺産の中に不動産があるケースで遺産分割の禁止を決めた場合、分割禁止の登記をしておかないと、共有持分の譲受人(買主)には禁止の効果が及ばないことになってしまいます。
分割禁止の登記は、相続人全員で登記申請をすればできます。調停調書や審判書があれば、相続人の1人が単独で登記申請をすることができますが、そのためには調停調書や審判書に分割禁止の登記手続が記載されている必要があります。
遺産分割禁止の登記
あ 協議による遺産分割禁止
共同相続人間で特定の遺産たる不動産につき共有物不分割の特約(協議)をし、相続による所有権移転登記とは別個に変更登記として登記申請できる
※昭49・12・27民三第6686号法務省民事局第三課長回答
い 調停による遺産分割禁止
遺産分割を禁止する調停が成立した場合、共有物不分割の特約の登記申請をすることができる
ただし、調停調書上、分割禁止の登記手続をすることと分割禁止の対象となる物件が表示されていることが必要である
う 審判による遺産分割禁止
遺産分割を禁止する審判が確定した場合、共有物不分割の特約の登記申請をすることができる
ただし、審判主文において、禁止すべき不動産を特定した上その旨の登記手続をすることを命じていることが必要である
※副田隆重稿/潮見佳男編『新注釈民法(19)相続(1)』有斐閣2019年p410
15 共有とする分割+共有物分割禁止という遺産分割審判
以上は「遺産分割」を禁止することの説明でした。これと似ているけれど異なるものがあります。それは、共有とする分割をした上で、つまり遺産分割は完了させた上で、共有物分割を禁止するという手法です。各相続人が共有物分割禁止という制限のついた共有持分を取得するという内容の遺産分割、ともいえます。
実際に、このような遺産分割を実施した(採用した)裁判例(昭和60年東京家審)もありますし、一般的な解釈としても認められています。
この手法の要点(メリット)は、具体的相続分が確定することと、現物分割を回避することの両方を同時に実現するところにあります。
仮に、「単純に遺産分割を禁止する」手法では、文字どおり遺産分割をしないので、承継する割合(具体的相続分)は決まらないままとなるのです。
この点、遺産分割とは別に寄与分を定める手続(調停や審判)がありますが、昭和60年東京家審の事案の相続開始時期は昭和53年であり、寄与分を定める手続がまた存在しませんでした。
なお、昭和53年は妻の法定相続分は3分の1であったのですが、この審判の中で、寄与分を認め、(具体的相続分)は2分の1にアップしています。結果的に(審判の時点で施行されていた)現行法と同じ割合が採用されています。
いずれにしても、現在とは違うルールであった時期の審判ですが、遺産分割の内容は現在でも採用できるものです。
共有とする分割+共有物分割禁止という遺産分割審判
あ 共有とする分割(前提)
遺産分割では共有とする分割(遺産共有から物権共有に変わる)も採用できる
詳しくはこちら|遺産分割における共有分割(共有のままとする分割)
い 判決文引用
そうすると、本件においては、前記の具体的相続割合である各二分の一の割合をもつて申立人及び相手方に本件土地建物を共有取得させるにとどめることとし、かつ、母親である申立人が存命中は民法の規定による共有物の分割を禁止することとする(双方に対しその期間内の分割禁止の制約付きの共有持分権を取得させる。)のが、本件の遺産分割方法として最も妥当であると考えられる。
もつとも、共有物につき分割することができない制約があまり長く継続するのは相当でないから、その期間は三年間を限度とすることとする。
※東京家審昭和60年9月27日
う 制限つきの共有持分取得という方法の可否
遺産分割は、遺産に属する物または権利の種類および性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態および生活の状況その他一切の事情を考慮してこれを行うものとされているのであるから(民法九〇六条)、審判においても、相当とする特段の事情があるときは、遺産の全部または一部を相続人に共有させる審判をすること、そしてまた一切の事情を考慮したうえ、本審判におけるように、共有取得させた財産(不動産)につき五年を超えない期間共有物分割を禁止すること、すなわち当事者に対しその期間内の分割禁止の制約つきの共有持分権を取得させることも可能であるといえよう。
え 制限つきの共有持分取得方式のメリット(狙い)
申立人としては、あくまで自己の生存中に寄与分を勘案した具体的相続分だけは確定しておきたかったのであろう(家庭裁判所としても民法九〇七条三項による遺産分割自体の禁止の措置はとり難かったものと思われる)。
すなわち、本件は、申立人側からすれば、現実の分割はしないで、ただ具体的相続分を確定させることが狙いの事件であったわけである
※『判例タイムズ579号』p69〜
16 審判による分割禁止の事後的な変更
審判として、遺産分割を禁止したケースの話しに戻ります。審判が確定した後に、状況が代わり、禁止期間が満了していないけれど遺産分割をしたい、ということになったとします。
この場合、改めて裁判所に、分割禁止審判の取消(や変更)の審判を申し立てる方法があります。一方、相続人全員が現時点で(前倒しして)遺産分割を行うことに納得している場合は、審判の取消の審判を行わずに、単に協議や調停で遺産分割を成立させるだけでも問題はありません。
審判による分割禁止の事後的な変更
あ 遺産分割禁止の審判の取消・変更の申立
審判による分割禁止がなされたが、その後禁止の原因となった事情が予想より早く解消するなど事情が変更し禁止の継続の必要性がなくなった場合
相続人の申立により、家庭裁判所に対して、分割禁止審判の取消、変更を求めることができる
※家事事件手続法197条
い 取消・変更の審判の省略
遺産分割禁止審判の取消を待たずに、全相続人の協議あるいは調停により遺産分割をすることについて
こうした協議調停は無効とする説もあるが、分割禁止が公益を目的とするものではないことから全共同相続人が合意するのであれば有効と解してよい。
※副田隆重稿/潮見佳男編『新注釈民法(19)相続(1)』有斐閣2019年p410
17 共有物分割との比較(参考)
遺産分割と似ている手続として、共有物分割があります。共有物分割を裁判所が判断する時、つまり、共有物分割訴訟の判決では、一定期間の分割禁止を採用することはできません。権利の濫用などの特殊なケースを除いて、必ず分割を完了させることが必要になります(最近はこれとは異なる見解も提唱されていますが)。
詳しくはこちら|共有物分割訴訟の性質(形式的形成訴訟・処分権主義・弁論主義)
分割を求められても裁判所が拒否(禁止)できるというのは遺産分割だけに認められている措置なのです。共有物分割を阻止できるのは権利の濫用くらいです。その意味で、遺産分割禁止は、共有物分割の権利の濫用と似ているともいえますが、要件(発動する状況)には違いも大きいです。
詳しくはこちら|共有物分割訴訟における権利濫用・信義則違反・訴えの利益なし(基本・理論)
本記事では、遺産分割の禁止について説明しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
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