【遺言に抵触する法律行為による撤回擬制の要件(民法1023条2項)】

1 遺言に抵触する法律行為による撤回擬制の要件(民法1023条2項)

遺言を作成した後に、遺言者が遺言内容と抵触する行為をすると、遺言を撤回した扱いになります。これを遺言の撤回擬制といいます。本記事では、遺言に抵触する法律行為による遺言の撤回擬制の要件の解釈を説明します。

2 民法1023条の条文

最初に条文を確認しておきます。本記事で説明するのは2項の方です。

民法1023条の条文

(前の遺言と後の遺言との抵触等)
第千二十三条 前の遺言が後の遺言と抵触するときは、その抵触する部分については、後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなす
2 前項の規定は、遺言が遺言後の生前処分その他の法律行為と抵触する場合について準用する。
※民法1023条

3 遺言に抵触する法律行為の主体→遺言者自身のみ

遺言の撤回擬制が認められるためには、遺言者自身による(生前処分その他の)法律行為が必要です。これ自体は当たり前なのですが、代理人が抵触行為をした場合は単純ではありません。結論としては、法定代理人本人ではない任意代理人本人と同じという扱いになるのが一般的です。

遺言に抵触する法律行為の主体→遺言者自身のみ

あ 撤回擬制となる法律行為→遺言者自身の行為に限定

撤回権を有する遺言者自身によってなされたものであることが必要

い 遺言者以外による行為→否定

遺言者の債権者による強制競売、目的物の収用、他人の不法行為による滅失などは撤回の効力を生じない
これらの場合、受遺者は代替物の権利や民法999条による償金請求権を持つ可能性がある

う 代理人による行為→場合分けが必要

ア 法定代理人の場合 遺言者の法定代理人による抵触行為は撤回の効力を生じない
かつては法定代理人の行為にも撤回の効力があるとする見解もあった(梅謙次郎)
イ 任意代理人の場合 遺言者が生前行為を他人に委任して代理権を授与し、この任意代理人によって生前行為がなされた場合は、遺言者自身のなした場合と同視する

4 生前処分その他の法律行為→処分行為や身分行為を含む法律行為

(1)生前処分の定義と具体例

遺言の撤回擬制の対象となる「生前処分その他の法律行為」の意味は、文字どおり「生前処分」を含む「法律行為」です。
まず、「処分行為」の方は、もちろん、遺贈目的物(権利や物)を対象とする処分行為という意味です。

生前処分の定義と具体例

あ 定義
遺贈の目的である特定の権利または物についての生前行為たる処分行為
い 具体例

所有権の譲渡、寄附行為、地上権の設定、特定債権の弁済を受けること
有償・無償を問わない
生前処分を狭く解釈し、単なる所有権の制限(地上権等の設定)を含まないとする説もある

(2)その他の法律行為の定義と具体例→身分行為を含む

次に、「法律行為」の方は遺贈目的物とは関係ないものも含みます。「養子に」遺贈する、という遺言の後に遺言者(と養子が)離縁したケースで、この遺贈について撤回擬制を適用した判例があります。つまり、財産に関係のない身分行為も含まれるのです。

その他の法律行為の定義と具体例→身分行為を含む

あ 定義

「その他の法律行為」とは、遺贈目的物についての前記の生前の処分行為(あ)でない法律行為及び財産に関係のない一切の法律行為のことである

い 具体例

養子に遺贈する旨の遺言をした者がその後に協議離縁をしたため、遺贈を撤回したものとみなされた
※最判昭和56年11月13日
詳しくはこちら|遺言と抵触する「趣旨」の身分行為による遺言撤回擬制(最判昭和56年11月13日)
※広島高判昭和56年12月16日

5 遺言と生前の法律行為との抵触→両立不可能な行為

(1)抵触の基本→両立不可能+両立させない趣旨

遺言の撤回擬制が認められるためには、遺言と生前処分その他の法律行為とが抵触することが必要です。抵触とは、前の遺言を失効させなければそれらの行為が有効となり得ない状況を指します。判断基準は、後の行為が前の遺言と両立させない趣旨でなされたことが明白であるかどうかです。

抵触の基本→両立不可能+両立させない趣旨

あ 抵触の定義と具体例

ア 定義 前の遺言を失効させなければそれらの行為が有効となりえないこと
イ 具体例 先に甲に遺贈した不動産を後に乙に贈与する場合

い 抵触するかの判断→遺言者の意思を重視

必ずしも後の行為によって前の遺言が法律上または物理的に全く執行不能となった場合に限らない
後の行為が前の遺言と両立させない趣旨でなされたことが明白であればよい
遺言の解釈と行為の解釈の両面から判断する
遺言者が生前行為の前または同時に前の遺言を撤回する旨の遺言をした場合は、本規定を待たずに撤回される
遺言者が生前行為の際に前の遺言を撤回しない意思を表明した場合の扱いについては見解が分かれる

う 抵触すると認められた具体例(判例の要点)

ア 昭和56年最判 遺言作成後の協議離縁は遺言と両立させない趣旨であるとして撤回擬制を認めた
詳しくはこちら|遺言と抵触する「趣旨」の身分行為による遺言撤回擬制(最判昭和56年11月13日)
イ 昭和18年大判 妾関係の維持を条件とする遺贈の後、妾関係を断ち、遺言書を焼却し、代わりに贈与をした場合、遺贈は撤回されたと解される
※大判昭和18年3月19日
ウ 昭和13年大判 子女6人への遺贈後、3子に株式分与、3子に財産贈与した場合、遺言全部を不可分的に取り消す意思が推認できれば、遺言全部と抵触すると解される
※大判昭和13年12月7日
エ 昭和53年東京地判 全遺産を長女に遺贈した後、二女にも相続分があることを認め、金銭支払の和解をした場合、和解は遺贈と両立せしめない趣旨でなされたものと認定され、遺贈は撤回されたとされた
※東京地判昭和53年1月25日

(2)包括遺贈の特殊性→抵触否定

包括遺贈については注意が必要です。遺言の後に遺言者が個別の財産を処分しても原則として抵触したことにはなりません。

包括遺贈の特殊性→抵触否定

包括遺贈後、遺贈者がその財産の属する特定の物または権利を生前処分しても、包括遺贈と抵触せず、撤回は擬制されない
包括遺贈は相続開始時点における相続財産の処分を内容とするため
ただし、撤回される遺贈は特定物遺贈に限定されない(不特定物遺贈でも撤回擬制の対象となり得る)

(3)法律行為の無効・取消→両方の見解あり

遺言者が遺言と抵触する法律行為をしたけれど、それが無効になった場合は抵触する法律行為はなかったことになるのでしょうか。これについては見解が分かれています。

法律行為の無効・取消→両方の見解あり

あ 抵触肯定説

生前処分が無効である場合、遺言に抵触しないとする見解がある
※名古屋高判昭和58年6月28日(虚偽表示の事例)

い 抵触否定節

意思欠缺の場合を除き、遺言者にはこの種の行為をする意思はあったのであるから撤回の効力を生ずるとする見解もある

(4)財団法人設立の抵触の基準時→許可時と行為時の2説あり

遺言で、財団法人設立(寄附行為)をすることができます。その後、遺言者が生前に寄附行為をした場合、遺言と抵触したことになるでしょうか。ここで、寄附行為をしただけでは財団法人は設立に至りません。行政庁の許可があって初めて設立に至るのです。どちらを基準として抵触の有無の判定をするかによって結論が違ってくることがあります。この解釈について、判例は許可の時点を採用していますが、別の見解もあります。

財団法人設立の抵触の基準時→許可時と行為時の2説あり

あ 財団法人設立(許可)時点

ア 最高裁判例 遺言による寄附行為後の生前寄附行為は、主務官庁の許可により財団法人が設立された時点で初めて遺言と抵触し、遺言が撤回されたとみなされる
※最判昭和43年12月24日
※最判昭和44年6月26日
イ 下級審裁判例 財団法人設立の許可があって初めて遺言が失効する
※名古屋高判昭和40年3月31日
※名古屋高判昭和40年5月31日
※名古屋高判昭和40年11月30日

い 抵触する行為の時点

寄附行為は財産を出捐する意思と行為が含まれており、主務官庁の設立許可以前であっても財産の処分行為として存在する
※津地判昭和38年1月24日
※津地判昭和36年11月18日
※津地判昭和39年2月1日

参考情報

※山本正憲稿/中川善之助ほか編『新版 注釈民法(28)補訂版』有斐閣2004年p405〜409

6 関連テーマ

(1)遺言に抵触する法律行為による撤回擬制の効果

本記事では、遺言に抵触する法律行為による撤回擬制の要件を説明しましたが、効果については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|遺言に抵触する法律行為による撤回擬制の効果(民法1023条2項)

本記事では、遺言に抵触する法律行為による遺言の撤回擬制の要件について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
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