【遺産分割審判における相続権の有無の審理(非訟手続の前提問題・最決昭和41年3月2日)】
1 遺産分割審判における相続権の有無の審理(非訟手続の前提問題・最決昭和41年3月2日)
遺産分割の審判の中で、相続権の有無を審理、判断してもよいのかどうか、という理論的問題があります。抽象化すると、非訟手続において前提となる権利関係を判断できるかどうかということになります。
本記事では、この問題についての解釈を示した判例(最決昭和41年3月2日)を説明します。
2 事案内容(時系列)
事案内容を整理します。Yは「Xは相続欠格である」と主張しました。相続欠格に該当するのであれば、Yは相続人ではない扱いとなります。
詳しくはこちら|相続人の範囲|法定相続人・廃除・欠格|廃除の活用例
遺産分割、つまりどのように財産を分けるか、という判断以前に、Yはそもそも遺産分割に参加できないことになります。結果に大きな影響を与える判断ですが、第1審、第2審(原審)ともに、相続欠格にはあたらないと判断しました(その上でXも含めた相続人への財産の承継内容(遺産分割)を定めました)。
事案内容(時系列)
あ 被相続人の死亡と相続の開始
父A(XとYの被相続人)が死亡した
XとYが各2分の1の割合で共同相続した
い 遺産分割をめぐる紛争
XとYの間で遺産分割の協議が調わなかった
Xが第一審家裁に遺産分割の調停を申し立てた
Yが調停期日に一度も出頭せず、調停が不調に終わった
家事審判法26条1項の規定により家事審判手続に移行した
う Xの主張(分割案)
Xは以下の分割案を提示した
目録(1)(2)(3)の不動産につき、審判主文のとおりに分割し、分筆登記や引渡等を行う
目録(4)の不動産は政府に物納済みであることを主張した
目録(5)の動産類については、Xは持分権を放棄すると表明した
え Yの主張
Yは、Xが被相続人Aを故意に死亡させたとして相続欠格を主張した
Yは、Xの分割案については格別の主張をしなかった
お 第1審の審判
第1審家裁は、Xの相続欠格の主張を退けた
第1審家裁は、概ねXの分割案に沿った審判を行った
か 抗告審の判断
Yが抗告したが、原審(抗告審)は第1審審判を相当として抗告を棄却した
3 当事者の主張(裁判所は否定または判断なし)
本件は、特別抗告として裁判所が判断することになりましたが、その判断の対象となる事項、つまり当事者の主張を整理します。
まず、審判手続として、裁判所が遺産分割の内容を決めるという枠組み自体が憲法に反する、という主張です。「審判」は「訴訟」と違う特徴があります。たとえば非公開というものです。このように訴訟ではないという点が憲法32条や82条に違反する、という主張です。
ところで、遺産分割の前提となる権利関係を判断する部分は、本来、訴訟として裁判所が判断する内容です。
詳しくはこちら|相続手続全体の流れ|遺言の有無・内容→遺産分割の要否・分割類型・遡及効
そこで、(審判手続で「遺産分割を」行うことは合憲だとしても)権利関係の判断は審判で行うことは憲法32条や82条に違反する、という発想もあります。本件でもそのような主張がなされました。
最後に、以上の2点の両方について、憲法13条、24条に違反する、という主張もなされました。
当事者の主張(裁判所は否定または判断なし)
あ 遺産分割審判の手続的側面に関する違憲主張
遺産分割の審判を非訟事件として扱い、公開の法廷で対審・判決を行わないことは憲法32条(裁判を受ける権利)に違反する
非公開で審判を行うことは憲法82条(裁判の公開)に違反する
い 前提問題の審理に関する違憲主張
遺産分割の前提問題(本件ではXの相続欠格)を審判手続で判断することは憲法32条、82条に違反する
う 個人の権利・尊厳に関する違憲主張
以上の2点(い・う)が、憲法13条(個人の尊重、幸福追求権)と憲法24条(家族生活における個人の尊厳と両性の平等)に違反する
4 裁判所の判断の要点
(1)遺産分割に関する処分の審判の性質→非訟事件(前提)
以上の主張について、裁判所が示した判断を順に説明します。
まず、前提として、遺産分割そのものの性質は非訟事件である、ということを確認的に裁判所は示しました。
遺産分割に関する処分の審判の性質→非訟事件(前提)
民法907条2、3項を承けて行われる
家庭裁判所が民法906条に則り、裁量権を行使して具体的に分割を形成決定する
必要な金銭の支払、物の引渡、登記義務の履行その他の給付を付随的に命じることができる
(2)遺産分割審判一般→合憲
次に、遺産分割を審判手続で行う(訴訟、判決という手続では行わない)ことは合憲である、と判断します。
遺産分割審判一般→合憲
憲法32条、82条に違反しない
(3)遺産分割審判における前提問題の審理判断→合憲
本判例の最も重要な、前提問題となる権利関係を審判(非訟手続)で判断してよいのかという点について、最高裁は合憲であると判断しました。
遺産分割審判における前提問題の審理判断→合憲
あ 審判における前提問題の審理→可能
相続権、相続財産等の存在は遺産分割審判の前提となる
これらは実体法上の権利関係であり、終局的には訴訟事項として対審公開の判決手続が必要である
しかし、家庭裁判所は審判手続において前提事項の存否を審理判断できる
前提事項に関する判断には既判力が生じない
当事者は別途民事訴訟を提起して権利関係の確定を求めることができる
い 憲法適合性→合憲
前提事項の存否を審判手続で決定しても、民事訴訟による通常の裁判を受ける途を閉ざすものではないため、憲法32条(裁判を受ける権利)及び憲法82条(裁判の公開)に違反しない
(4)判決と審判の前提問題判断の関係→判決に矛盾する審判は失効
「前提問題となる権利関係甲を審判(非訟手続)で判断してよい」(前述)、ということは、違う言い方をすると、「権利関係甲を訴訟と審判の両方の手続で判断する」ということが可能となります。
仮に「権利関係甲が存在する」ことを前提に審判がなされ、確定した後で、別の訴訟で、「権利関係甲はなかった」という判決が出た(確定した)場合にはどうなるのでしょうか。本判例の中で、そのような場合は審判の方は効力を失う、ということが示されています。
判決と審判の前提問題判断の関係→判決に矛盾する審判は失効
(5)憲法13条、24条との関係→判断なし
当事者の主張には、憲法13条、24条に違反する、というものがありましたが、最高裁はこれについては判断を示しませんでした。
憲法13条、24条との関係→判断なし
5 判例の評価
以上のように、本判例の判断事項は複数の論点を含みますが、重要なものは、非訟手続における前提問題の判断(可能)ということを明示したことです。「非訟手続における前提問題」の問題は、遺産分割審判に限らず、多くの局面で出てきます。本判例以前は下級裁判例では別の見解を採用するものもありましたが、本判例以降は見解が統一されました。現在ではこの判断を前提とした運用が定着しています。
判例の評価
あ 遺産分割審判の本質的理解
最高裁が遺産分割審判の非訟事件性を明確に示した
家庭裁判所の裁量権行使の範囲と内容を具体的に示した
い 前提問題の審理判断に関する判断
前提問題について民事訴訟の確定を待たずに審判できることを明示した
実務の迅速性と柔軟性を確保する判断を示した
う 憲法との整合性
遺産分割審判の合憲性を明確に示した
前提問題の審理判断を含めて憲法32条、82条に違反しないことを明らかにした
当事者の裁判を受ける権利を保障しつつ、非訟事件としての特性を維持する判断を示した
え 前提問題と本案の関係
前提問題に関する判断と本案の遺産分割審判の関係を明確にした
民事訴訟による権利関係の確定と遺産分割審判の効力の関係を示した
6 判決文引用
判決文そのもののうち、重要な部分を引用しておきます。
判決文引用
ところで、右遺産分割の請求、したがつて、これに関する審判は、相続権、相続財産等の存在を前提としてなされるものであり、それらはいずれも実体法上の権利関係であるから、その存否を終局的に確定するには、訴訟事項として対審公開の判決手続によらなければならない。
しかし、それであるからといつて、家庭裁判所は、かかる前提たる法律関係につき当事者間に争があるときは、常に民事訴訟による判決の確定をまつてはじめて遺産分割の審判をなすべきものであるというのではなく、審判手続において右前提事項の存否を審理判断したうえで分割の処分を行うことは少しも差支えないというべきである。
けだし、審判手続においてした右前提事項に関する判断には既判力が生じないから、これを争う当事者は、別に民事訴訟を提起して右前提たる権利関係の確定を求めることをなんら妨げられるものではなく、そして、その結果、判決によつて右前提たる権利の存在が否定されれば、分割の審判もその限度において効力を失うに至るものと解されるからである。
このように、右前提事項の存否を審判手続によつて決定しても、そのことは民事訴訟による通常の裁判を受ける途を閉すことを意味しないから、憲法三二条、八二条に違反するものではない。
7 関連テーマ
(1)遺産分割の前提問題
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(3)借地非訟手続における前提問題
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8 参考情報
参考情報
※『判例タイムズ189号』p79〜
本記事では、遺産分割審判における相続権の有無の審理に関する最高裁判例について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
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