【遺言と抵触する「趣旨」の身分行為による遺言撤回擬制(最判昭和56年11月13日)】

1 遺言と抵触する「趣旨」の身分行為による遺言撤回擬制(最判昭和56年11月13日)

遺言作成後の遺言者の行為が遺言内容と「抵触」していた場合、遺言は撤回したものとみなされます。
詳しくはこちら|遺言に抵触する法律行為による撤回擬制の要件(民法1023条2項)
最判昭和56年11月13日は、この「抵触」の解釈の幅を拡げるとともに、身分行為であっても「抵触」にあたるという判断を示しました。本記事ではこの判例について説明します。

2 事案内容(時系列)

事案内容を整理します。遺言者が養子(である夫婦)に対して不動産を遺贈する遺言を作成した後で、関係が悪化して、離縁するに至りました。
なお、遺言の効力を失わせる行為を「遺言の撤回」と表現しますが、本件は古い事案であるため、法改正前の「遺言の取消し」の用語を一部使用しています。

事案内容(時系列)

あ 養子縁組と遺言の作成

A夫婦は、実子がいなかったため、終生の扶養を前提としてX夫婦と養子縁組を行った
Aは、X夫婦に対して、自身の所有する不動産の大半を各2分の1ずつ遺贈する旨の公正証書遺言を作成し、扶養を条件として財産を与える意向を示した
Aは、「実子のY1には居住する家屋敷のみを遺贈し、X夫婦が老後の世話をしてくれるならば、残りの不動産をすべて遺贈する」との意向を持っていた

い X1の経済的問題とAの不信感の増大

昭和49年10月、X1が経営する会社が倒産し、X1がAの同意を得ずに、A所有の不動産に根抵当権を設定していたことが発覚した
X1は、根抵当権の抹消と借用していた1500万円の返済を約束したが、履行しなかったため、AはX夫婦への信頼を失った
A夫婦は、X夫婦に対して養子縁組の解消を申し入れ、昭和50年8月26日に協議離縁が成立した

う Aの死亡と訴訟

昭和52年1月8日、Aが死亡し、その後X夫婦はAの遺言に基づいて不動産の所有権移転登記を相続人(婚外子Yら)に対して請求した
一審および二審は、遺贈と離縁の「抵触」を認め、X夫婦の請求を棄却した

3 裁判所が否定した見解(当事者の主張)

問題は、遺言者による行為、具体的には離縁した行為が、遺言内容と「抵触」したといえるかどうか、です。「抵触」の基本的解釈(判断基準)は、両立不可能というものです(後述)。遺贈すること離縁すること、単純に考えればは両立「可能」です。

裁判所が否定した見解(当事者の主張)

X夫婦は、協議離縁が遺贈と「抵触」しないと主張した

4 裁判所の判断の要点

生前行為による遺言の撤回擬制が適用される「抵触」の基本的解釈は、両立不可能です。典型例は、遺贈目的物を生前に譲渡してしまうような客観的に執行不能となる場合です。また、抵触する行為とは通常、譲渡などの財産行為です。
詳しくはこちら|遺言に抵触する法律行為による撤回擬制の要件(民法1023条2項)
本判例は、「抵触」とは、両立不可能に限られず、遺言と生前行為とが両立しない趣旨で行われたときも、「抵触」に含まれると判断したのです。さらに本判例は、遺言の撤回擬制となる行為について、財産行為だけではなく身分行為も含まれるという判断も示しました。

裁判所の判断の要点

あ 「抵触」の解釈→「趣旨」まで拡げた

後の生前処分が前の遺言と両立せしめない趣旨のもとにされたことが明らかである場合をも「抵触」と解釈する
AとX夫婦の協議離縁は、遺贈と両立しない趣旨のもとに行われたため、遺言は取り消された

い 身分行為→抵触行為に含む

身分行為である協議離縁も、財産行為と同様に「抵触」の対象となり、遺言の取り消しが認められる
本件では、協議離縁によって扶養関係が解消され、その結果、遺言が取り消された

5 判例の評価

本判決は、遺言の撤回擬制となる「抵触」について、従前の解釈を拡大しました。身分行為も含まれるという解釈については、本判例以前から学説や下級審裁判所の判断にも表れていました。
本判例は、最高裁の判断として、これらを認めた点に意義があります。

判例の評価

あ 遺言撤回の拡大解釈

本判決は、身分行為である協議離縁が財産行為と同様に遺言を取り消す理由となることを認め、従来の「抵触」解釈を拡大した
特に扶養と遺言の関連性を強調し、扶養関係の破綻が遺贈の撤回を正当化することが明示された

い 学説との比較

ア 加藤永一説 負担付贈与として、扶養義務の不履行により遺贈が無効となるとする見解
イ 伊藤昌司説 目的的贈与として、扶養の不履行により遺贈の目的が達成されなかった場合に、遺贈が失効するという構成
ウ 中川淳説 養子縁組の信頼関係が破綻したことで、扶養および財産取得の期待が消滅するという見解
エ 太田武男説 遺贈の主張が信義に反する場合、権利濫用として遺贈を無効にすることができるとする見解
各学説は本判決と同じ結論に至るが、それぞれの理論的背景に違いがある

う 判例の影響

本判決は、身分行為と財産行為の抵触を認めた最初の判例であり、今後の類似事例において重要な指針を示した
遺言と協議離縁という異種行為間の抵触を認めることで、遺言撤回の範囲を広げた点で実務的意義が大きい

6 判決文引用

判決文のうち、重要な部分を引用しておきます。

判決文引用

民法一〇二三条一項は、前の遺言と後の遺言と抵触するときは、その抵触する部分については、後の遺言で前の遺言を取り消したものとみなす旨定め、同条二項は、遺言と遺言後の生前処分その他の法律行為と抵触する場合にこれを準用する旨定めているが、その法意は、遺言者がした生前処分に表示された遺言者の最終意思を重んずるにあることはいうまでもないから、同条二項にいう抵触とは、単に、後の生前処分を実現しようとするときには前の遺言の執行が客観的に不能となるような場合にのみとどまらず、諸般の事情より観察して後の生前処分が前の遺言と両立せしめない趣旨のもとにされたことが明らかである場合をも包含するものと解するのが相当である。
そして、原審の適法に確定した前記一の事実関係によれば、Hは、上告人らからとして上告人らと養子縁組したうえその所有する不動産の大半を上告人らに遺贈する旨の本件遺言をしたが、その後上告人らに対し不信の念を深くして上告人らとの間で協議離縁し、法律上も事実上も上告人らから扶養を受けないことにしたというのであるから、右協議離縁は前に本件遺言によりされた遺贈と両立せしめない趣旨のもとにされたものというべきであり、したがつて、本件遺贈は後の協議離縁と抵触するものとして前示民法の規定により取り消されたものとみなさざるをえない筋合いである。
※最判昭和56年11月13日

7 参考情報

参考情報

※塩崎勤稿/『最高裁判所判例解説 民事篇 昭和56年度』法曹会1986年p631〜
※松倉耕作稿/『判例タイムズ505号臨時増刊 主要民事判例解説』p143〜
※『判例タイムズ456号』p86〜

本記事では、遺言と抵触する「趣旨」の身分行為による遺言撤回擬制について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
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