【法定単純承認の「処分」の判断基準(民法921条1号)】

1 法定単純承認の「処分」の判断基準(民法921条1号)

相続人が相続財産の「処分」をした場合、単純承認したとみなすルールがあります。
詳しくはこちら|「処分」による法定単純承認の基本(趣旨・「処分」にあたる行為)
「処分」という用語は単純ですが、実際にどのような行為が「処分」にあたるのか、ということが問題になることがあります。具体的事案が、「処分」にあたるかどうかを判定できるように、本記事では、いろいろな解釈(判断基準)を整理しました。

2 民法921条の条文

民法921条の条文

(法定単純承認)
第九百二十一条 次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす
一 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第六百二条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。
二 相続人が第九百十五条第一項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。
三 相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りでない。
※民法921条

3 「処分」の時点→相続放棄・限定承認の前のみ

(1)昭和3年大判→限定承認後も肯定(深掘り)

昭和3年大判→限定承認後も肯定(深掘り)

限定承認後に相続人が被相続人の衣類を処分したケース
民法921条1号に該当する
※大判昭和3年7月3日

(2)昭和5年大判→限定承認前のみ肯定

昭和5年大判→限定承認前のみ肯定

あ 判例

(民法921条)「1号ハ未ダ相続ノ承認又ハ抛棄ヲ為サザル相続人カ相続財産ヲ処分シタル場合ノミニ関スル規定」である
「相続人ガ一旦有効ニ限定承認又ハ抛棄ヲ為シタル後ニ於テ相続財産ヲ処分シタル場合ニ適用セラルヘキ規定ニ非ズ」
「相続人ガ一旦限定承認又ハ抛棄ヲ為シタル後相続財産ヲ処分シタルトキハ之ニ付別ニ其ノ責ニ任ズベキハ格別之カ為曩ニ為シタル限定承認又ハ抛棄ヲ無効ト為スコトヲ得ザルモノトス」
※大判昭和5年4月26日
※大判昭和6年3月14日(同趣旨)

い 学説

判例の解釈を支持する学説が多い
※川井健稿/谷口知平ほか編『新版 注釈民法(27)補訂版』有斐閣2013年p519

(3)限定承認後の処分→賠償責任発生

限定承認後の処分→賠償責任発生

限定承認後の処分については、相続債権者、次順位・共同相続人に対する関係で損害賠償の問題を生じ得る
※川井健稿/谷口知平ほか編『新版 注釈民法(27)補訂版』有斐閣2013年p520

4 「処分」にあたる行為の基本的解釈

(1)「処分」の意味→法律的処分+事実的処分

「処分」の意味→法律的処分+事実的処分

「処分」とは財産の現状・性質を変ずる行為をいう
法律的意義での処分だけでなく、事実的意義での処分(滅失、毀損など)も含む
事実的処分の例=相続財産に属する家屋を取り壊す行為
※川井健稿/谷口知平ほか編『新版 注釈民法(27)補訂版』有斐閣2013年p520

「処分」という用語の意味は、いろいろな場面で問題になります。一般的な「処分」の意味については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|「処分(行為)」の意味や具体例(事実的処分・法的処分)

(2)管理行為→処分に非該当

管理行為→処分に非該当

管理行為は民法921条1号に含まれない
本号ただし書により、保存行為および民法602条に定める期間を超えない賃貸(管理扱い)は許される
このことは民法918条からも導かれ得る
※川井健稿/谷口知平ほか編『新版 注釈民法(27)補訂版』有斐閣2013年p521

多くの場面で、「管理」か「処分」や「変更」のどちらに分類されるか、ということが問題になります。別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|「管理」権限者による賃貸借・用益物権設定の範囲(共有者・各種管理人・被保佐人など横断的まとめ)

(3)処分の意思→必要

処分の意思→必要

(民法921条1号について)
この規定が適用されるためには、相続人が自己のために相続が開始した事実を知りながら相続財産を処分したか、または、少なくとも相続人が被相続人の死亡した事実を確実に予想しながらあえてその処分をしたことを要するものと解しなければならない
※最判昭和42年4月27日

相続を知らないことを理由に救済する理論は、熟慮期間の起算点でもあります。
詳しくはこちら|相続放棄の熟慮期間の起算点とその繰り下げ(限定説と非限定説)

(4)相続開始認識→必要

相続開始認識→必要

本規定が適用されるためには、相続人が自己のために相続が開始した事実を知りながら相続財産を処分したか、または少なくとも相続人が被相続人の死亡した事実を確実に予想しながらあえてその処分をしたことを要する
※最判昭和42年4月27日(この解釈につながる)
※川井健稿/谷口知平ほか編『新版 注釈民法(27)補訂版』有斐閣2013年p521

(5)一定の経済的価値→必要

一定の経済的価値→必要

あ 一定の経済価値→必要

ア 昭和3年大判 被相続人の所有せし衣類も一般経済価額を有するものは勿論相続財産に属する
(形見分けの事案)
※大判昭和3年7月3日
イ 学説 経済的に重要性を欠く形見分けのような処分は、学説上も民法921条1号の「処分」に該当しないという見方が多い
※川井健稿/谷口知平ほか編『新版 注釈民法(27)補訂版』有斐閣2013年p521

い 価値僅少→「処分」否定事例

ア 昭和37年東京高決 既に交換価値を失う程度に着古したボロの上着とズボン各1着を元使用人に与えたケース
その経済的価値は皆無といえないにしても、いわゆる一般的経済価額あるものの処分とはいえない(民法921条1号の処分に該当しない)
※東京高決昭和37年7月19日
イ 昭和40年山口地徳山支判 亡夫と別居していた妻が相続放棄前に「僅かに形見の趣旨で背広上下、冬オーバー、スプリングコートと位牌を別けて貰って持ち帰り、時計、椅子2脚の送付を受けて受領」したケース
「信義則上相続人に限定承認あるいは放棄の意思なしと認めるに足るが如き処分行為」には該当しない
※山口地判徳山支判昭和40年5月13日

(6)公平性による適用除外

公平性による適用除外

あ 学説

「処分」が衡平ないし信義上やむをえない事情に由来するときには民法921条1号の「処分」に該当しないことがある
※川井健稿/谷口知平ほか編『新版 注釈民法(27)補訂版』有斐閣2013年p521、522

い 裁判例

ア 葬儀費用の支出 「遺族トシテ当然営マサルヘカラサル葬式費用ニ相続財産ヲ支出スルカ如キハ道義上必然ノ所為ニシテ」本号の処分に該当しない
※東京控判昭和11年9月21日
※大阪高判平成14年7月3日(同趣旨)
イ 既存の仮登記の本登記 相続開始前に死因贈与の仮登記を行った
→相続開始後に本登記を行った
※東京地裁平成7年12月25日

葬儀費用については、誰が負担するのか、という問題があります。
詳しくはこちら|葬儀費用は誰が負担するのか(喪主・相続人・相続財産・慣習説)
実務では、葬儀費用の負担者の問題と、法定単純承認の問題が同時に生じることも多いです。

(7)果実の処分→「処分」該当

果実の処分→「処分」該当

果実の処分も経済的価値あるかぎり、「処分」にあたる
※川井健稿/谷口知平ほか編『新版 注釈民法(27)補訂版』有斐閣2013年p522

5 法定単純承認にあたる法律上の「処分」の具体例

法定単純承認にあたる法律上の「処分」の具体例

あ 預貯金の解約

解約(払戻)をした行為

い 債権の取立(受領)

相続放棄の申述・受理前に相続人が被相続人の有していた債権を取り立てて、これを収受領得した行為
※最判昭和37年6月21日

う 財産の譲渡

例=不動産・動産

え 遺産分割協議

※大阪高裁平成10年2月9日

お 賃借権を前提とする訴訟提起

「賃借権を相続で承継し、自己に帰属する」と主張して訴訟を提起した
※東京高裁平成元年3月27日

か 株主権行使・賃料送金口座の変更

被相続人の株主権を行使した
被相続人の賃貸マンションの賃料振込先を自己名義の口座に変更した
※東京地裁平成10年4月24日

き 代物弁済の実行

被相続人が生前不動産につき代物弁済の予約をしていて、相続人がそれを実行した行為
※大判昭和12年1月30日

本記事では、法定単純承認の「処分」について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に相続の承認、相続放棄など、相続に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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