【裁判所を通さない遺産の預貯金の払戻制度の金額上限(民法909条の2)(解釈整理ノート)】
1 裁判所を通さない遺産の預貯金の払戻制度の金額上限(民法909条の2)(解釈整理ノート)
遺産に含まれる預貯金は、判例変更により遺産分割の対象となりました。つまり、遺産分割が完了するまでは誰も使えないことになったのです。これだと困ることが出てくるので、救済的なルールが作られました。
詳しくはこちら|平成28年判例による相続財産の預貯金の払戻し不能問題と解決方法
救済策の1つが、平成31年の民法改正で作られた、一定額は相続人が単独で(裁判所を通さないで)払戻をすることができる制度です。本記事では、この制度で払戻ができる範囲(金額の上限)について、いろいろな解釈を整理しました。
2 民法909条2の条文
民法909条2の条文
第九百九条の二 各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の三分の一に第九百条及び第九百一条の規定により算定した当該共同相続人の相続分を乗じた額(標準的な当面の必要生計費、平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度とする。)については、単独でその権利を行使することができる。この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす。
※民法909条の2
3 払戻可能範囲の基本
(1)払戻可能範囲の上限→3分の1・150万円
払戻可能範囲の上限→3分の1・150万円
あ 基本→裁判所の関与なし+単独で権利行使
家庭裁判所の判断を経ない預貯金の払戻し制度において、各共同相続人が単独で権利行使できる範囲には以下の制限がある
い 割合制限→3分の1
各相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち、その相続開始時の債権額の3分の1に、法定相続分を乗じた額について、単独でその権利を行使することができる
う 金額上限→150万円
同一の金融機関に対して権利行使をすることができる金額には上限があり、法務省令により150万円と定められている
(2)遺産に属する預貯金債権の範囲
遺産に属する預貯金債権の範囲
あ 基本→遺産に含まれる
「遺産に属する預貯金債権」とは、被相続人が死亡時に有していた預貯金債権であり、遺産分割の対象となるものである
い 遺贈・特定財産承継遺言
ア 原則→除外
遺贈された預貯金債権、および特定財産承継遺言に基づき特定の相続人に承継された預貯金債権は、当該受遺者および相続人の単独帰属となり遺産に属しないため、原則として本制度による払戻しの対象とならない
イ 例外→対抗要件未了ケース
遺贈および特定財産承継遺言については対抗要件主義(民法899条の2)が適用されるため、金融機関は、所定の債務者対抗要件が具備されるまでは、当該預貯金債権が遺産に属していることを前提に処理をすれば足り、その後に債務者対抗要件が具備されたとしても、既にされた払戻しの有効性を主張することができる
(3)「相続分」→法定相続分
「相続分」→法定相続分
あ 基本→法定相続分
民法909条の2の「900条及び901条の規定により算定した相続分」とは、代襲相続人の相続分を含めた法定相続分を指す
い 指定相続分・具体的相続分→否定
民法902条の遺言による指定相続分、具体的相続分(特別受益・寄与分)は、ここでの相続分の算定では考慮されない
4 同一の金融機関に複数の預貯金口座がある場合
(1)複数の預貯金の扱いの基本→債権単位
複数の預貯金の扱いの基本→債権単位
(2)複数の預貯金の払戻の具体例
複数の預貯金の払戻の具体例
あ 基本形
被相続人Aが、B銀行の口座に普通預金300万円と定期預金480万円を有しており、相続人はAの子であるC・Dの2名である(法定相続分は各2分の1)ケース
Cが払戻しを請求することができる金額は次のとおりである
(ア)普通預金のうち最大50万円(300×1/3×1/2)(イ)定期預金のうち最大80万円(480×1/3×1/2)
い 上限額を超えるケース
被相続人AがB銀行の口座に普通預金600万円、定期預金900万円を有していた
相続人は子C・Dの2名である(法定相続分は各2分の1)
Cが払戻しを請求することができる金額は次のとおりである
普通預金のうち最大100万円(600×1/3×1/2)
定期預金のうち最大150万円(900×1/3×1/2)
しかし、(合計金額の)上限が150万円であるため、どの口座からいくら払戻しを得るかについては、その請求をする相続人の判断に委ねられる
相続人による指定がない場合には、払戻請求を受けた金融機関は、中途解約の影響が小さい預貯金債権から払戻しをすることになると考えられる
5 使途の限定→なし
(1)払い戻した金銭の使途の限定→なし
払い戻した金銭の使途の限定→なし
(2)立法過程での議論→標準的な必要金額(参考)
立法過程での議論→標準的な必要金額(参考)
もっとも、金融機関ごとの上限が150万円と定められた過程においては、標準的な生活生計費や平均的な葬式費用の額が考慮要素とされており、これらの使途の必要額が間接的に考慮されていると指摘される
6 相続開始後の預貯金額の変動
(1)基準額の基本→相続開始時の債権額
基準額の基本→相続開始時の債権額
(2)相続開始後の金額減少→無関係
相続開始後の金額減少→無関係
金融機関としてはあくまで相続開始の時を基準として算定すればよく、相続開始後に残高が減少して各共同相続人の権利行使に全額応じることができなくなるリスクは相続人が負担する
(3)相続開始後の金額増加→無関係だが別の見解あり
相続開始後の金額増加→無関係だが別の見解あり
あ 立法担当者見解→増減は無関係
相続開始後に普通預金口座からの引出し、引落しがされたために預貯金額がいったん減少し、その後振込み等によって残高が回復した場合について
法務省の立案担当者は、相続開始後に何らかの理由によって預貯金債権の額が増減した場合でも、金融機関は相続開始の時の預貯金債権の額を基準として計算すれば足りるとする
い 他の見解→入金反映あり
他方で、学説には、相続開始後の入金額が遺産に属さない性質のものであるときは否定されるべきであるが、普通預金債権の一個性を強調するときは肯定的に解する余地があるとする見解がある
(4)賃料が入金されたケース→反映方向
賃料が入金されたケース→反映方向
あ 賃料債権の性質→可分(前提)
共同相続した不動産から生じる賃料債権について、最高裁は、可分債権として法定相続分に応じて各相続人に分割して帰属するとの判断を示している
※最判平17年9月8日民集59巻7号1931頁
い 入金後の預貯金→両説あり
普通預貯金の特殊性として、1個の債権として同一性を保持しながら常にその残高が変動し得る点が指摘されており、相続開始後に預金口座に振込み等がされた場合の取扱いについて、以下の見解がある
(ア)預金口座等に賃料が入金された時点で、賃料債権としての性質を失い、遺産分割の対象となるとする見解(イ)相続開始後においても被相続人の口座を閉じなかったことをもって、相続人間で賃料債権を遺産分割の対象とする合意の存在を推定する余地を指摘する見解
7 勝手払い後の仮払請求ケース
(1)勝手払い後の仮払請求→原則ノーカウント
勝手払い後の仮払請求→原則ノーカウント
あ 払戻→有効
共同相続人の一人が、相続開始後、金融機関に対する相続届があるまでの間に預金の払戻しを受けていた(いわゆる「勝手払い」があった)場合に、当該共同相続人が重ねて909条の2に基づく払戻しを請求したときも、金融機関は払戻請求に応じることができる
相続開始後に勝手払いを受けた共同相続人に対して金融機関が民法909条の2に基づく払戻しをしたとしても、それは適法な弁済として有効と解される
い 金融機関の調査義務→なし
相続人の資金需要に対して簡易迅速な払戻しを行うという民法909条の2の趣旨によれば、共同相続人の一人による民法909条の2に基づく払戻請求を受けた金融機関が、当該相続人による勝手払いの有無の調査をした上で払戻しを行うという義務までは認めがたい
(2)勝手払いの認識あり→仮払請求拒否説もあり
勝手払いの認識あり→仮払請求拒否説もあり
学説には、金融機関が勝手払いのあったことを知りながら漫然と権利行使に応じてよいかは疑問であり、勝手払いを受けた額と民法909条の2に基づく払戻額を加えると当該共同相続人の法定相続分を超えることが明らかな場合には、金融機関が民法909条の2に基づく権利行使に応じると民法478条は適用されず、免責を受けられないとする見解もある
8 預貯金債権以外の権利への適用→なし
預貯金債権以外の権利への適用→なし
支払可能額に関する基準が明確である必要性が高いことから、その対象を預貯金債権に限定している
預貯金以外の権利(例えば、信託受益権などの金融資産)は対象とならない
9 参考情報
参考情報
本記事では、裁判所を通さない遺産の預貯金の払戻制度の金額上限について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に預貯金の払戻など、相続や遺産分割に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

2021年10月発売 / 収録時間:各巻60分
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